第3話 無に還る宇宙

『ウェスタを乗せたロケットは月の裏側にある人工衛星へ向かった様です』


 大気圏突破機能を付与したグランギニョールの背部居住用コンテナの中に、多目的サポートAIのFlanの声が響きます。

 コンテナ内にはおっさん、リーさん、ハゥフルさんのそれぞれに水槽が用意されていて、るいちゃんは潜水服を着たまま中央の椅子に腰掛けています。


「がぼ、がぼぼばがぼばばべがぼばべ」

『了解しました』


 るいちゃんはその声に応え、とりあずの指示を出したようです。


「で、聞かせてもらえるのであろうな?」


 地球を離れてからここまで四者の間では沈黙が続いていたのですが、先程のるいちゃんとFlanの会話を皮切りにハゥフルさんが問いかけました。

 この問いにはおっさんもリーさんも同じ思いです。

 三匹は潜水服を着ていようがるいちゃんを同じ人魚仲間だと思っていたのですが、こんなロボットに乗っている人魚というのは聞いた事がありません。ましてやロボット単独で宇宙へ上がれる技術力となるとあのランティスをも上回る技術の持ち主の可能性があります。警戒するのも仕方ないでしょう。


「がぼぼば、がぼぼばがぼばべぶ」

「なんじゃと!?」

「なにっ!?」

「やはりか」


 るいちゃんの答えにおっさんとリーさんは驚き、ハゥフルさんは予想が付いていたのか納得します。


「がぼがぼぼっぼば、がぼばぼぼ…」


 るいちゃんはそう言い、潜水服の装置を弄ります。


ヴィン


 すると、潜水服の顔の部分の遮光スクリーンが解除され、中の様子が見えました。


「なんじゃと…」

「oh…」

「そうか……済まなかったな。戻してもよいぞ」


 潜水服の中に居たのは人です。

 人ですが、目は白く濁り、鼻と耳は腐り落ちていて、肌は筋肉繊維が見えるほど薄くなっています。

 辛うじて輪郭からそうだと分かるだけの人が、緑色の半透明な液体で満たされた潜水服を着ていたのです。


「がぼ…」


ヴィン


 るいちゃんは再度潜水服の装置を弄り、遮光スクリーンをONにしました。


「お主が『プリンセスになりたい』とい言っていたのは、その体の為だったのだな」

「がぼ…がぼべぼべべ、がぼぼぼぼ…」

「よい。お主が居なければ死んでいた。それに比べたら些細な事よ」

「そうじゃ、るいちゃんはワシらの命の恩人じゃ。じゃから安心するんじゃ」

「がぼぼ…」


 最初から人魚とは言っていないので騙していたわけではありませんが、おっさんとハゥフルさんはるいちゃんの事を許します。命も救ってもらいましたしね。

 しかし、リーさんはるいちゃんの素顔を見てからずっと苦い顔をしていました。


「俺は納得出来ん。掟を守るべきだ」


 リーさんの言う事も最もです。本当なら人と人魚は別々の世界で生きるべきで、お互いに関わってはいけないというのが海の掟なのです。


「だが、ここは宇宙だ。海の掟は海の中だけの事。ウェスタを取り戻すまでは大目に見よう。嬢ちゃんが人魚じゃないと見抜けなかった俺自身にも責任はあるからな」

「がぼぼ!」


 リーさんはイケメンですが、心もイケメンでした。ゲイなのが勿体無いですね。

 先程までギスギスしていた三匹と一人でしたが、もうそんな空気はありません。彼等は種族を超えた仲間なのです。

 リーさんはおっさんと仲間を越えた関係になりたがっていますが、それはまた別の話なので置いておきましょう。


『人工衛星の姿を捉えました。スクリーンに映します』


 丁度良い所でFlanから声がかかり、壁の一部に外の様子が映し出されます。

 そこに見えるのは夜空で見上げるのとは比べ物にならない程の大きさの月と、月によく似た形をした機械で出来た球状の要塞です。


「機械で出来た月か…まるで死の星じゃな…」


 余りにも異様なその姿に四者は言葉を忘れ、辛うじておっさんだけが呟きました。




Ψ Ψ Ψ




ビュゥン ドガァン ズダダダ

 

「がぼっ」

『重力フィールドの出力低下。耐えれるのは後三回です』

「がぼっぼぶ!!」


 モニターに映し出された機体各部のステータスが徐々に赤色に変わっていくのを見ながら、るいちゃんは巧みな操作で死の星へ向けて機体を走らせます。


ドォン!!


「がぼっぼ!」

『バインダーを一本犠牲にして直撃を免れました。最高速度が13%落ちますが現状の問題はありません』


 背部コンテナに直撃したかと思われたミサイルはFlanの緊急時の判断でバインダーを盾にする事で防げました。るいちゃんはホッとして操縦管を握り直します。


 るいちゃんはこう見えてもグランギニョールのパイロットの腕前は高く、パーソナルカラーが黄色な事から帝国で『イエロー・ブルーム』と呼ばれていたエースパイロットです。宇宙ではるいちゃんも人魚なんですね。

 しかし、そんな二つ名持ちのエースパイロットのるいちゃんでも近づけないとなると、単機での死の星攻略はとても難しいのではないでしょうか。

 このままでは徐々に装甲とエネルギーを削られるだけで、いつまで経っても辿り着けません。


「(何か…何か手は無いの…あそこまで行くための何かが……)」


 るいちゃんは突破口に繋がる物が無いか考えますが、現役時代と違って装備が十全で無く調整も不十分なグランギニョールでは切札も使えません。

 この体を治すために軍を抜けたのですが、それがここに来て仇となるとは。


『周辺にワープ反応有り』

「がぼぼ!?」


 るいちゃんが一旦引くべきかを考えていると、突然るいちゃんの周りにワープの兆候が現れました。この反応は帝国の物です。


シュン シュン シュン シュン


 現れたのは赤、緑、白、黒のグランギニョール。


「水臭いじゃないかルイ、私たちに黙って軍を抜けるなんて」

「そうそう、なんでも一人で背負っちゃうのがルイの悪い癖だよ~」

「あいつをこわせばいいの?」

「壊すんじゃなくてルイを送り届けるの」


 そして広域で届く通信。

 彼女達はるいちゃんが居た隊の仲間達。帝国軍第18独立グランギニョール小隊ドーターズ・オブ・トリトンです。


「がぼば…がぼぶべ…」

「言っただろう、私達は仲間だ。仲間の窮地にはいつでも駆けつける」


 赤いグランギニョールが接触回線で語りかけます。


「それと、これ忘れ物~」

「こっそりもってくるのたいへんだった」


 緑のグランギニョールが突撃槍を、白のグランギニョールがシールドブースターをるいちゃんのグランギニョールに取り付けます。どちらもるいちゃんの現役時代の装備です。


「私からはこれよ」


 黒のグランギニョールからは機能制限の解除のコードが送られてきました。


『コードを受領。マスター、行けます』

「がぼば…」


 軍を抜けて一般人となったるいちゃんにここまでするのは明らかな軍機違反です。しかし、数々の死線を潜って来た彼女達の絆は強く、これぐらいの事ではその絆を断つ事は出来ません。


「さあ、行くんだルイ。道は我々が作る。いつもの戦いと同じだ」


 赤いグランギニョールが剣を構え、他の三機もそれに応えてフォーメーションを組みつつ武器を構えます。


『コード承認。<外套プッチーニ>を解除』


ガギィン ガギィン


 五機のグランギニョールの拘束具が外れ、リアクターから漏れる余剰エネルギーがバインダーから後方へと伸び、それぞれの色に応じた光の翼となりました。


「がぼぼぼ、がぼば。がぼぼ……がぼぼぶ!!」


 るいちゃんは仲間達に感謝をし、死の星へ向けてグランギニョールを走らせます。

 ビームやミサイルがその行く手を阻みますが、真の姿となったグランギニョールとるいちゃんの前ではそんな物は最早障害にはなりません。

 仲間達を信じて、ただ真っ直ぐに進みます。

 それは光り輝く黄色い閃光。帝国のエースパイロット、『イエロー・ブルーム』の理糸塁りいとるいちゃんです。




Ψ Ψ Ψ




ゴンッ!!!


「ぐえぇ!」

「大丈夫かガイエオさん?」


 初めての宇宙遊泳が上手く行かずに壁にぶつかったおっさんを、リーさんが優しく介抱します。

 宇宙も水の中と同じで『泳ぐ』と言いますが、宇宙空間には鰭を動かしても抵抗する物が無いので勝手が違うみたいです。

 おっさん、リーさん、ハゥフルさんの三匹はるいちゃんから腰に個人用小型スラスターを付けてもらったのですが、それを使っても宇宙遊泳は難しいのです。


「おーイタタ…じゃが、プリンセスになるためじゃ。なんとしても進…ぐぇ!」


ドンッ!!!


 今度は背中から壁にぶつかりました。


「何を遊んでおる。早く行くぞ」

「がぼばば、がぼばぼぶ?」


 意外にもハゥフルさんは宇宙遊泳に直ぐに適応し、リーさんも元軍人だからか徐々に慣れてきています。

 おっさんはそもそも運動不足でしたね。人魚なのに水の中で泳ぐのも苦手そうです。


 あの後、るいちゃんの仲間の力を借りて死の星にまで辿り着いたのは良いのですが、ウェスタを探すのに死の星を壊すのはまずいという事で、仕方なく三匹と一人はグランギニョールから降りて探索を始めました。

 死の星内は人間が歩ける程度の大きさの通路があり、とりあえず道なりに沿って真っ直ぐ進んでます。

 方角からして死の星の中心へと向かっているようですね。案内看板ぐらい設置してもいいと思うのですがどうでしょうか?


ギュイーン


「ほう、ここがゴールのようだな」


 いくつ目か分からない自動ドアを抜けると、今までのような通路ではなくとても広い部屋に出ました。

 ここにはいくつものバルコニーが弧を描きながら中心を向いていて、部屋の中央には青く光る球体が浮かんでいます。おっさん達はその数あるバルコニーの内の一つに辿り着いたのです。


「がぼばぼば」

「ああ、俺達は誘い込まれたんだ」


 るいちゃんとリーさんがエネルギー銃と珊瑚の短剣を構えて警戒します。おっさんも一応三叉の槍を取り出そうとしましたが、ここで地震を起こすとシャレにならないのでハゥフルさんから仕舞うように言われました。


((まさか勇者ではなく、一般人とモンスターが来るとはな))


キィィィィィィィィィン


「モンスターでは無い!神だ!!」

「な、なんじゃ、頭が…痛い…」

「これは一体…」

「が…ぼ…」


 突如頭の中が軋む様な感覚と共に何者かの声が響きます。

 おっさんとリーさんとるいちゃんは頭を抑えて蹲りますが、元から頭のおかしいハゥフルさんには効果が無い様で声に対して反論をします。


((神だと?面白い。それならば私を止めてみよ!!))


カシャ グルン カシャ グルン カシャ グルン


 再度頭に響く声と共に部屋の中心にある青い球体が音を立てながら動き出し、真ん中から互い違いに捻ったり、左右に伸びたりしながら小さくなります。

 やがて青い小さな十字架となり、そこには顔全体を覆うヘルメットを被せられた女性の人魚が貼り付けにされています。


「ウェスタではないか。返す気になったのか?」


 おっさんとリーさんとるいちゃんが頭を抑えている中、ハゥフルさんはやれやれといった感じでバルコニーの手すりを乗り越えてウェスタの元へ向かおうとします。しかし、そこでウェスタの様子がおかしい事に気付きます。


「貴様!ウェスタに何をした!?いや、!!」


 一見、ただ貼り付けにされているだけのウェスタですが、良く見ると強制的に魔法を発動させられています。

 それも今だけではなく、ここに運び込まれてからずっとなのでしょう。体の節々に魔力の過剰反応が見えます。


((魔法を使わせているだけだ。自らが生み出した、世界改変の魔法をな))

「貴様!この次元の者ではないな!!」

((ほう、お前もただのモンスターではないようだな))


 ウェスタが生み出した対象を美少女に変える魔法ですが、これは正確には対象の姿を変える物ではなく、高次元へ干渉して対象の存在を書き換える魔法です。

 これは世界を超えた場所へのアクセスであり、使い方が限定されているとはいえ既存の枠を外してしまうとても危険な魔法なのです。


((その通り、私はここより高次元の存在。この次元で発生した悪意が昇華された魔王であり、世界を消滅させる者だ))

「いかに我が神とは言え分が悪いな…」


 ハゥフルさんは頭がおかしいだけの普通の人魚なので分が悪いにも程があります。


((もう少しでこの魔法によって世界は終わる。いや、次元が終わる。そして私が存在する次元までの全てを消滅させよう。それが生きる者達の願いなのだからな))


 悪意の主は自己で行動を決めているわけではありません。

 この世界に生きる一人一人が思う(会社が無くなればいいのに)や(動物に痛みを与える者は死んでしまえ)や(あの人に近付く雌は全員さよならさせないと)という悪意を元に行動をしているのです。

 ただの人魚にはこの悪意の主を止める手段はありません。いえ、この次元の存在では手も足も出ないでしょう。

 それこそ人々の願いを受けた勇者でもない限り、勝ち目は無いのです。


「それが正しいと思うのならばやってみるが良い」


 しかし、ハゥフルさんはいつもと同じで自信満々です。本当に頭がおかしくなってしまったのでしょうか?


((言われずともそうなる。さあ、魂をも消し去る無を迎えるがいい))


ビガァァァァ


 悪意の主の言葉と共にウェスタの肉体が輝き始めます。

 その光は床に倒れているおっさんやリーさんやるいちゃんやニヤリとしているハゥフルさんを飲み込み、死の星や月や地球も飲み込み、太陽系、銀河、宇宙、そして次元全てを飲み込んで無に返しました。

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