第2話 決戦、海上軍事国家ランティス

「がぼぼ、がぼぼぼぼ」

「ああ、嬢ちゃんはここで待っていてくれ。ここから先は俺が一人で行く」

「がぼっ」


 潜水服から伸びるホースを揺らしながら、るいちゃんはリーさんに頑張ってとエールを送ります。

 リーさんは女性に興味は無いのですが、ああいった仕草は女の子がやると本当に似合うんだなと思いながら、砲撃の降り注ぐ珊瑚礁の合間を縫って行きました。




Ψ Ψ Ψ




 あれからスニオンでのおっさんの痛切な祈りの後、


「ウェスタ?誰じゃ、誰なんじゃそいつは!?」

「それを教えるにはお主はまだその領域に達しておらん。具体的には私のツケを支払うという心意気の領域だ」


 というやりとりがあり、アテママが呆れながらも(チャンス!)としておっさんにハゥフルさんのツケを支払って貰う事で話が進みました。おっさんみたいなタイプは簡単に壺とか版画を買いそうですね。

 ツケを払ってもらったハゥフルさんは、おっさんの『プリンセスになりたい』という望みに対して、


・ウェスタという人魚がどんな相手も美少女化させる魔法を編み出した。

・その魔法が便利で使い道が多岐にわたる為、ウェスタは軍事国家に捉えられた。

・ウェスタを自分が助けた事にすれば、これから先ウェスタにマウントが取れる。

・だからウェスタの捕まっている場所を教えるからウェスタを助け出せ。ついでにプリンセスにして貰え。


 という応えを出しました。

 他人に結構な額のツケを支払わせおいてそれか?とリーさんは思いましたが、おっさんがハゥフルさんの手を握ってぶんぶんを振りながら何度もありがとうと言うので仕方なく追求はしませんでした。


 おっさんはハゥフルさんにお礼を言ってから単独で軍事国家に乗り込もうとしたのですが、流石に一人で行くのは危険だからとリーさんが下心込みで仲間に立候補し、ハゥフルさんもウェスタが惨めに捕まっている姿が見たいとの理由でついていく事になったのです。

 そして、三匹がスニオンを出ようとした時に


「がっぼ!!がぼぼぼがぼ!!!」


 と、潜水服を着た少女の理糸塁りいとるいちゃんから声がかかり、おっさん、ゲイ、異常者、潜水服のパーティーが結成されました。

 るいちゃんは参戦の理由を「がぼんぼぼぼ…がぼぼん!」とだけ言っていて、三匹は特別な事情があるんだろうなと判断して詳しくは聞きません。大人の対応って奴です。


 そして海上軍事国家ランティスに潜り込む為、おっさんとハゥフルさんは潜入チーム、リーさんとるいちゃんは陽動チームと分かれたのです。

 るいちゃんは潜水服のため素早く泳ぐ事が出来なかったので、リーさんが一人で矢面に立つと提案をして冒頭のやりとりになりました。

 るいちゃんは自分がお荷物になっている事に心を痛めていますが、リーさんは元特殊部隊の退役軍人。こういう場合は一人のほうが都合が良いのです。


バシューン ヴィウン ジジジ


「ハッ、ワンパターンなんだよ!」


 海上から降り注ぐ水中用レーザーの網を掻い潜り、海中に群れ成すメカタカアシガニの足だけ壊して無力化しながら、リーさんはどんどん泳ぐ速度を上げていきます。

 現役時代、リーさんは泳ぐのが速すぎて敵の目に濃紺の魚影しか残らない事と、残像によって一匹のはずなのに三匹居ると誤解された事から『ブルー・スリー』と呼ばれていました。

 その速さは子供達の憧れとなっていて、今でも教科書に載っています。


「俺を止めれるものなら止めてみ……あれはっ!?」


 しかし、そんなリーさんにも弱点があります。


「今だ!」

「かかれー!」

「おおー!」


 養殖されたバイオ人魚ソルジャー達です。

 彼女達は自由意志を持たない人工生命体で、既存の海中兵器よりも安価で作成でき、水さえあれば簡単に量産できる便利な兵器です。

 一見は普通の人魚ですが兵器なので短命かつ命令に忠実であり、今回のような戦いで使い捨てにされる事が多いのです。中には戦いではなく慰安に使われる事もあると言われています。

 リーさんはそんな彼女達を戦場で相手にし続け、その境遇を不憫に思い、自分の戦いに疑問を持ってしまって有機物に刃を向けることが出来なくなったのです。

 そしてリーさんは軍を辞めました。ゲイは元々なので関係ありません。


「(クッ…ガイエオさん、あんまり長くは保たないぞ……)」


 浮き止まってはレーザーの餌食になるため、リーさんは攻撃の手は止めても鰭は止めずに泳ぎ続けます。

 これは陽動なのでウェスタを救出する事さえ出来ればこちらの勝ちなのです。

 リーさんは現役を退いてから体力が落ちている事を心配しつつ、後どれだけ自分が逃げ続けれるのかを計算しながらおっさん達の事を考えました。




Ψ Ψ Ψ




「なんじゃこりゃ?」


 リーさんが陽動で暴れ始めた頃、おっさんとハゥフルさんは排水用のパイプからランティスの内部に入り込んでいました。

 パイプはそのまま中心部に続いていて、抜けた先は様々な機械が並んでいます。


「知らぬのか?あれは“永遠の揺り篭”。死にたくないと願う者達を肉体の楔から解き放ち、必要最低限の臓器のみを残して生き永らえさせている装置よ」

「気持ち悪いのぉ…」


 緑色の半透明な液体が詰まったガラスケースの中には、脳と背骨と内臓の一部が機械に繋がって浮いています。

 それがいくつもこの部屋には並んでいるのです。まるでお墓みたいですね。


「ウェスタめが考案した魔法は対象がどのような外見でもとびきりの美少女に変える魔法でな。ここに眠る者達をその魔法で人に戻そうとしておるのだ」

「とびきりの美少女に!?それじゃ!ワシも美少女がいい!!」


 二匹はパイプから這い上がり、潜入している事を忘れて大声で話しながら床の上をのそのそと奥へと進みます。


ヴィーン ヴィーン プシュー ゴゥンゴゥンゴゥン


 暫く進むと警告音が鳴り響き、巨大な円柱が下りてきました。

 円柱の表面は鉄で出来ているようで、鈍色に不気味に光っています。


「な、なんじゃ!?なんじゃ!?」

「ええい落ち着かんか!」


 びっくりしたおっさんはハゥフルさんにしがみ付いて慌てます。

 ハゥフルさんは鬱陶しそうにおっさんを払いのけようとしますが、思ったよりおっさんの力が強くて困っています。


『侵入者が来たと言うからどんな者かと思ったが、まさかただの人魚とはな』


カシュー ギュゥイーン


 スピーカーから部屋中に響き渡る厳かな声が聞こえ、円柱に切れ目が入って表面がスライドしていきます。

 中には先程の通り道にあったのと同じで緑色の半透明の液体が詰まったガラスケースがあり、中には脳と背骨と内臓の一部が機械に繋がって浮いています。

 ただ、その大きさは段違いで、鰯と鯱ほどの差がありました。


「気持ち悪いのぉ…」


 おっさんが素直な感想を漏らします。確かにちょっと気持ち悪いです。


「お前がここの主か?」

『答える義理は無いがそうだと言ってやろう』

「ならば話が早い。我が終生のライバルのウェスタめを返してもらおう」


 ハゥフルさんは自分以外の生き物は全てプランクトンと同じと思っているので、巨大な脳みそが現れたぐらいでは屈しません。

 例外としてウェスタの事はライバルと認めていますが、これはきっとツンデレなのでしょう。素直じゃないおばさんにはよくある属性です。


『断る。あの実験体は我々にとって重要な存在だ」

「ふんっ、あんな奴を重要視するとは。それだから貴様等はそんな水槽に篭っておるのだぞ!」

『何をっ!』

「ワシにとっても重要な存在なんじゃが…」


 ハゥフルさんは適当な事を言っているだけですが、どうやら巨大脳みそさんは痛い所を突かれたようで声を荒げます。

 例え脳だけになったとしても誰にでも触れて欲しくない一点はあるものです。たまたまそれにクリーンヒットしてしまいました。


『たかが人魚如きが!焼き魚にしてくれるわ!!』


ギュイーン ガショイン ガショイン


 円柱の下部からいくつものアームが伸びて、二匹を焼き払おうと先端のレーザー砲にエネルギーを溜め始めます。

 しかし、ハゥフルさんはそれを見ても怯むことなく、堂々としています。


「ほれ、今こそお主の力を魅せる時であるぞ」

「へっ?ワ、ワシ?」

「何を惚けておる。お主、大地を司る者であろう?」


 そうです。おっさんは“大地の所有者ガイエオコス”と呼ばれる存在で、スナックで管を巻くだけの情けないおっさんではないのです。


「でも、ワシの力って加減が難しくてじゃな…」

「ええい!いいからやらぬか!死ぬぞ!」


 目の前のアームから今にもレーザーが飛び出しそうで、ハゥフルさんは少し焦っています。

 そんなハゥフルさんに対して、おっさんは渋々といった様子で先端が三叉に分かれている槍を取り出しました。


「じゃあいくからの?後で怒るんじゃないぞ?」

「早くやれい!」

「分かったわい……せーのっ!」


ザスッ


 掛け声と共におっさんが槍を床に突き刺しました。


ゴゴゴゴゴゴ


 途端に床やこの部屋だけでなく、ランティス全体が震え始めます。


『な、何が起きた!?このランティスで地震だと!!?』


 二匹が何をするのを興味深そうに眺めていた脳みそさんは、ランティス全体の急な揺れに慌て始めます。

 無理もありません。ランティスは島ではなく海に浮いている巨大な箱舟なのです。それがこんなに揺れるとは、箱舟の基盤が崩壊でもしない限りありえないのです。


「おおう、す、少し揺れすぎではないか?」

「じゃから言ったのに…」


 思ったより効果がありすぎたのでハゥフルさんが少し引いています。あのハゥフルさんを驚かせるとはおっさんも中々やりますね。


『クッ、ランティスはもう駄目か。かくなる上はっ!!』


ガッシィーン ガタン ガタン ガタン


 急に床が大きく動き、天井が開いて青空を覗かせます。


『点火マデ残リ30秒。カウントダウンヲ開始。29、28、27…』


 スピーカーから脳みそさんとは違う声が流れ始めました。


『やってくれたな侵入者め。ランティスはもうお仕舞いだ。だが、実験体は宇宙へ送り届けさせてもらう!!』


 揺れが大きくなり、巨大なガラスケースにはいくつものヒビが入っています。

 脳みそさんはもう自分が助からない事を理解し、最後にロケットを打ち上げようとしているのです。


「こ、今度はなんじゃ?」

「不味いっ!逃げるぞ!」


 今一何が起きているのか分からないおっさんを引っ張りながら、ハゥフルさんが急いで来た道を戻り始めます。

 しかし、二匹は人魚です。

 地上ではのそのそとしか動けず、パイプまで間に合いそうにありません。


『15、14、13、12…』

「早くせいっ!」

「ま、待ってくれ…わき腹が…」


 おっさんが日頃の運動不足を痛感している間にもカウントダウンは進みます。このままでは二匹ともロケットの噴射炎に巻き込まれてこんがりとしてしまうでしょう。


ドゴォォォン!!


「うおっ!?」

「なんじゃあ!?」


 二匹が諦めかけた時、急に壁から巨大な何かが突っ込んできました。


『ガボボッボ!!』


 そして機械越しですがるいちゃんの声が聞こえます。


「これは腕か?」

「巨人はもう死んだはずじゃ…」

『ガボ!』


 巨大な腕は驚いて棒立ちになった二匹を掴むと、急速にランティス中心部から離れて行きます。


『3、2、1、点火』


ゴォー ボシュー


 そして崩れ行くランティス中心部で、ロケットが噴射炎で全てを燃やし尽くしながら発射されます。

 ランティスは地震と噴射炎で破壊され、永遠の揺り篭も含めて全て跡形も残りませんでした。

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