おっさん人魚はプリンセスの夢を見るか ~ 宇宙遊泳はこりごりじゃ… ~
@dekai3
第1話 スニオンに集う者達
ここはカリブ海の場末にあるスナックのスニオン。
今日も都会の喧騒に疲れた人魚達が軽食を摘みながらお酒を飲んでいて、日頃溜め込んだ嘆きを洩らしています。
「ワシだって…ワシだってプリンセスになりたい……」
スニオンの一番奥のテーブル席で、一匹の人魚がいいちこをオリーブのお湯割りでちびちびやりながら叶わぬ望みを呟きます。
お腹がたるんで頭の寂しい彼はこのスナックの立ち上げからの常連で、周りの人魚に迷惑をかけるので一番奥のテーブル席を指定席にされているおっさん人魚です。
「どうしたのガイちゃん?また変な本でも読んだの?」
「大ママ!?」
そんな迷惑な客でもお得意様だからと、珍しく出勤していたスニオンの初代ママのアテママがおっさんに話しかけます。
おっさんは過去に店内で女性においたをした時にアテママにきつく叱られた事があるので、アテママには頭が上がりません。
「いや、いいんじゃよ大ママ…どうせワシの悩みなんて……」
「そうやってぐじぐじ言って周りが気を使ってくれるのを待つ癖は止めなさいと言ったでしょう?」
「大ママ…」
アテママはおっさんの面倒臭い性格をよく知っているのでバッサリと切りました。
「で、今度はなんなの?言ってみなさいな」
しかし、身一つでこのスナックを繁盛させただけはあり、ちゃんと悩みを聞いてあげる事は忘れません。
こういう優しさがあるからこそ、おっさんもこの店に通うのでしょう。
そんなアテママの優しさに、おっさんも観念して面倒くさい悩みを語り出します。
「ワシも…女の子が憧れるプリンセスになりたいんじゃ……」
「その顔と体形じゃ無理よ、諦めなさい」
アテママは再度バッサリ切ります。おっさん相手はこれぐらいが丁度良いのです。
変に期待させたり持ち上げたりすると直ぐに調子に乗ってしまうのが面倒くさい中年です。皆さんも気をつけましょう。
「でもママだってあるじゃろう!プリンセスを夢見たことが!!」
バシーン!!
急におっさんが声を荒げ、尻尾で床を叩きます。
いつもなら少し構ってあげる事で愚痴を止めるはずでしたが、どうやら今日の悩みは深刻なようです。お酒もまだそれ程回っていないのに顔が真っ赤で、茹でた蛸のようです。
「そうね、私にもそんな時期があったわ」
床を叩かれてもアテママは冷静に返します。これぐらいの事は慣れっこなので今更驚いたりしません。
「じゃったら!!」
「でもね、私は自分でこのお城を作って、自力でプリンセスになったの。あなたみたいにうじうじしないで自分の力で夢を叶えたの。そりゃガイちゃんみたいな色んなお客さんに助けられることはあったけれど、私は行動をした。今のあなたとは違うわ」
「うっ…」
アテママに真っ直ぐ見られながら正論をぶつけられ、おっさんはたじろぎました。
そうです。このお店はアテママが作ったお城。
という事はアテママはこのお城のプリンセスなのです。頭髪を散らすこととお腹に脂肪を付けることに努力を重ねたおっさんとは訳が違うのです。
「いくらガイエオさん相手とはいえ、言い過ぎなんじゃないのかアテママ?」
今にも泣き出しそうなおっさんを見かねたのか、ゲイ人魚のリーさんがアテママを止めに入りました。
リーさんはおっさんを狙っていて下心もあるのですが、おっさんは既婚者です。
「そうね、リーさんの言う通りだわ。少し熱くなっちゃったみたい。ごめんね、ガイちゃん」
「いや、いいんじゃ…」
「ガイエオさん気を落とすなって、ほら、飲みなよ飲みなよ」
リーさんは気を落としたおっさんの肩を叩きながら、自分が口をつけたジンジャーエールの瓶を渡します。こういう所がリーさんの小ざかしい所です。
「うぅ…すまん…」
「いいって事よ、俺とガイエオさんの仲だろう?」
お礼を言いながらジンジャーエールを飲むおっさんを見てニヤリとし、さりげなく肩から腕へと手を動かしておっさんの二の腕を撫でるリーさん。
おっさんはリーさんの下心に気付いていません。まさか自分が男に狙われているとは夢にも思って無いからです。
アテママは店内での強引なお誘いは止めさせたいのですが、おっさんもおっさんで女の子に粉をかける事が多いのでリーさんの行動を諌めるかどうか迷っています。これは何か合ってもおっさんの自業自得ですね。
「そなたの悩み、我が聞き遂げた!」
と、ややこしい事になっている一番奥のテーブル席に、一匹の女性人魚の声がかかりました。
「このカリブ海の神であるハゥフルに任せるがよい!」
彼女はハゥフルさん。カソックの上から袈裟を着て烏帽子を被った風変わりな女性人魚で、自分を神様だと思い込んでいる異常者です。
「ハゥフルさん、こちらの方はこう見えて…」
「お主!プリンセスになりたいのであろう!!」
「はい!そうですじゃ!!」
これ以上この場をややこしくさせてはいけないとアテママがなんとか我慢しながらにこやかにハゥフルさんを止めようとしたのですが、当のおじさんがハゥフルさんの言葉に反応してしまいました。
アテママは笑顔を崩さないまま奥歯を噛み締めて苛立ちを抑えます。
「私に従えばお主をプリンセスにして進ぜよう!」
「本当か!本当にワシがプリンセスになれるのか!?」
「いや、このおばさんじゃ無理だろ…」
「おばさんでは無い!神だ!!」
「ワシをプリンセスにしてくれるのならばなんでもよい!!」
段々と一番奥のテーブル席のボルテージが上がってきました。
アテママは思わず頭を抑えて海面を見上げますが、そこには月の光を受けてたゆたう波があるだけで助けなど何処にもありません。
このお城のプリンセスはアテママなのですから、とても面倒くさくてもアテママが対処しないといけないのです。
「早く!ワシをプリンセスに!」
「ガイエオさん待つんだ。そのダンディな見た目を失うのはまだ早い。具体的には一晩ぐらい早い。だから今から…」
「ちょっとリーさん!それにハゥフルさんも!」
おっさんがプリンセスになってしまう焦りからかリーさんが強引な手段に出ようとしたので、アテママは流石にそれは止めます。
いくら自由恋愛と言っても正常な判断が出来ない状態の相手に強引に迫るのはよくありません。
そして、ハゥフルさんには店内で宗教の勧誘をしないでくれと以前に注意しているので、今回は少しキツめに声をかけます。
「我には出来ん!」
「「「は?」」」
しかし、急にハゥフルさんが梯子を外したので三人とも虚を突かれました。
「なんじゃ貴様!ワシの気持ちを弄びおってからに!!」
「そうだ!俺だってガイエオさんに弄ばれたいのに!!」
「ハゥフルさん、適当な事を言うだけなら口を挟まないでいただけるかしら?」
三人の言葉に怒気が孕まれているのも仕方ないでしょう。
でもハゥフルさんはそんな事は気にしません。怒られたぐらいでへこたれるのならば神様を自称はしないのです。
「我は出来ぬが、お主をプリンセスに変えれる者の心当たりがある」
ハゥフルさんは自信満々にそう答えました。
これはどうしたものかとスニオンの一番奥のテーブル席に沈黙が訪れます。
『私に従えば』と言っておいて他人に頼るのはどうなのでしょう?ハゥフルさんの考えは常人には理解できません。
「どいつじゃ!どいつに頼めばプリンセスになれるんじゃ!?」
それでも僅かでも可能性があるのならと、おっさんはハゥフルさんにすがり付いて乞います。その姿はかなりみっともないですが、決して曲げられてはいけない信念と世界に向けたかくあれかしという理想があり、痛切な祈りがあります。
ハゥフルさんはおっさんにすがり付かれながらも意に介さずに続けます。
「その者の名はウェスタ。我のライバルの魔女である」
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