第24話

赤毛の少女に連れられるまま、校舎の二階に上がる。

道中さっきの二人組に襲われるのではないかと警戒は怠らなかったけど、結局その心配は意味をなさなかった。

アニーちゃんは長く続く廊下の中腹部で足を止めた。


「ここが教室?」

「ええ。人によって使う教室は違うのよ? あたしたちは4組ねっ」


2−4と書かれたプレートが入り口の上に飛び出している。

2年生なのかと思ったけど、ここでいう2は2階の2だろう。

見ると他の教室にも同様のプレートが付いていた。他のクラスには他の生徒がいるのかな?人気は全くないのだけど……


私のそんな不信感など知る由もなく、アニーちゃんは少し高さのあっていない取っ手に手をかけて扉をを開けた。

彼女に続いて教室に入ってみると、先ほど職員室にいた……確かオリヴィアという名前の先生が既に教卓に腰掛けていた。

教室の中は日本のそれと随分と変わっている。

真っ白な長椅子が一列3つずつで2列並んでいて、黒板の代わりにホワイトボードが配置されていた。

オリヴィア先生は教卓から降り、スーツの皺を伸ばす。

ブロンドカラーの髪を手櫛で整えるとにっこりと笑った。


「先生こんにちはっ」

「今日はもう初めてじゃないのだから挨拶はいらないわよ、アニー」

「お昼ご飯を食べたら忘れてしまったわっ」

「アニーは相変わらずおっちょこちょいね。立花さん、改めて自己紹介をさせてもらうわね。今日から数日の間、貴方の授業を担当するオリヴィアよ。よろしくね」


先生は軽くお辞儀をすると柔和な笑みを浮かべた。

私も反射的に頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします……立花理子です。ええっと……数日の間、なんですか?」

「そうね。授業と言っても、ここでするのは学校でするようなものとは少し違うのよ。聖女になって抱える不安を少しでも和らげるために簡単な現状説明と質疑応答を行う……これがこの学校における授業ということになるわね」

「そうなのよっ! あたしは既に先生から色々お話しを聞いているから、あたしも理子の質問に答えるわっ! 先生と呼んでもいいのよっ!」


えへんと胸を叩き彼女はそう言う。

なるほど……授業というからテストとかあるのかなとか変な心配をしていたけどそう言うわけではないみたいだ。

白百合ちゃんからちょっとは聖女について聞いているけど、魔女を殺さないと死んでしまうとかそういう基本的なことしか知らない。

もしかすると抜け道のようなものがあったりして……


「それでは授業を始めるわ。席につきなさい」


指示通り席に着く。

机は日本の学校で使われているものと違って真っ白い長椅子だったけど、オリヴィア先生を見上げると一気に学校で授業を受けている雰囲気を感じた。

アニーちゃんも隣に座り、授業が始まった。



オリヴィア先生はホワイトボードに何やら文字を書こうとしたところで一度手を止めた。


「そういえば、立花さんは寿命のことは知っているのよね?」

「えっ、あ……はい。一応……」

「それは助かるわ。毎回、授業の最初はそれを説明することになっているのよ。大抵の人は泣いたり喚いたりで大変だから」

「そ、そうですか……」


そういえば葉山さんが目の前で死んだとき、私も随分とショックを受けた。

私がレアケースなだけで、普通はここで真実を知ることになるのか……

大抵の人は泣くと言っていたけど、アニーちゃんはどうだったのだろうか。

私のそんな疑問を見透かしたように彼女は先手を打ってきた。


「あたしは泣かなかったわよっ!えへん!」

「そ、そうなの? 本当ですか、先生?」

「彼女の言う通り。アニーは泣かなかったわね。肝が据わっているわ」

「あたし、こう見えても精神年齢は高い方だからっ!」

「あはは……」


そんなわけないと心の中でツッコミを入れつつ、私は苦笑いを浮かべた。


「それでは、寿命の詳しい説明から入っていくわね。辛いかもしれないけど、現実を受け止めないといけないときもあるわ」

「よ、よろしくお願いします」


スラスラと先生はホワイトボートに板書を始めた。

横に長い矢印を先生は引くと、そこにいくつか縦の波線を入れていった。


「寿命と言っても、突然ころっと死んでしまうわけではないわ。私たちには死ぬまでの猶予が与えられている。1ヶ月。これが私たちの最初に与えられる命の時間」


私の顔を伺いながら先生は言う。

大丈夫だ。それは既に白百合ちゃんからも聞いている。


「だけど実際のところ私たちは1ヶ月では死なない。何故なら寿命を延ばす方法があるからよ。この世には魔女という悪しき存在がいる。その魔女は倒すとこれくらいの黒い塊……魔女の心臓と呼ばれる球体を落とすの」


先生は片手でOKマークを作る。

なるほどドロップアイテムってやつかもしれない。


「それを破壊することで、私たちはその瞬間から1週間の寿命を得ることができるのよ。ただ、ここで注意が必要なのは魔女の心臓はその魔女を殺した本人にしか使用できないということよ」


確か私がお菓子の魔女を倒そうとしたときにそれっぽいことを言っていた気がする。魔女の心臓って話は知らなかったけど、嘘は言っていなかったみたいだ。


「だから例えば、私と立花さんが協力して魔女Aを倒したとしましょう。このとき、立花さんが魔女Aにトドメを指したのに魔女の心臓を私が横取りしたとするわよ。そうなった場合、どうなると思う?」

「ええっと……本人にしか使用できないと言っていたから……先生は魔女の心臓を使えないんですか?」

「その通りよ。私は魔女の心臓を使うことができず、1週間の寿命を得ることもない。ただの嫌がらせになるわ」

「ふ、不毛ですね……これまでそんなことあったんですか?」

「あることにはあるけど少ないわね。トドメの奪い合いは度々起きるけど、魔女の心臓の奪い合いは立花さんが言った通り不毛だからあまり起きないわね。2人もそんなことをしないように」

「もちろんだわっ!」

「は、はい……わかりました」

「よろしい。魔女の心臓の注意事項はもう一つ。それは消費期限があることよ」

「消費期限……ですか? たべものみたいな……?」


消費期限と聞いて思いつくのはそれしかない。

先生は首を傾げていた。

微妙に的外れな質問だったのだろう。

先生は私の戯言を軽くスルーして先へ進めた。


「単純に期限が決まっているというだけよ。魔女の心臓は魔女が落とした後、1ヶ月で消滅する。それまでに使用しないと寿命を延ばすことは出来ないの。ということはつまりどういうことかしら、アニー?」

「いくらたくさん魔女を倒したとしても、何ヶ月も魔女を倒さないでいるのはダメってことよっ!」

「あっ、そうか! 1ヶ月で消滅するってことは……例えば1度に10体魔女を倒しても……?あれ、この場合10週間寿命が伸びたりしないんですか?」

「それがしないのよ。魔女の心臓は1度に2つ使っても1週間しか寿命が伸びないの」

「そんな……どうしてそんな仕様に……」


そこで、先生は目をきらりと輝かせる。

どうやら私がこの反応をするのを待っていたようだ。


「それにはちゃんと理由があるとされているわ」

「理由ですか……?」

「そう。それは私たちが授かったこの不思議な力を持つ本たちが魔女を殺すために作られたからよ」

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異端裁きの五書聖女(ペンタチューク) 長雪ぺちか @pechka_nove

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