第23話

案内されるまま校内を全速力で走った。

数十秒の逃走ののち、私たちは食堂にたどり着いた。


開かれた大きな鉄のドアをくぐると、急ブレーキをかける。


「はぁ……なんとか逃げきれた……ね」

「そ、そうねっ……リコありがとう。あなた速いのね」

「そうかな?」


やっぱり私の力は相当強いのかもしれない。

これまで隣にいた白百合ちゃんは私と同じくらいの速度を出していたからこれが当然だと思っていたけど、私の周りだけインフレしていた可能性がある。


入口の方に意識を集中させているが、追手が来る様子はない。

アニーちゃんが言っていた通りだ。


私はグルりと食堂を見渡す。

食堂というものは私の学校にはなかった。

私の市には『〇〇(地域の名前が入る)食堂』とかいうチェーン店があったから、私の中の食堂のイメージはそれしかないのだけど、ここの食堂は『〇〇食堂』とは雰囲気は違うがシステムは同じっぽい様子だった。


真っ白い床にこれまた真っ白い机と椅子が並べられており清潔感のある巨大なスペース──たぶん生徒たちがご飯を食べるであろう場所がまずあって、お腹くらいまでの高さの銀色の敷居の向こうにが調理場になっている。

銀色の敷居のところにはお盆が置かれており、ああここでお盆をとって料理をもらうんだということはすぐに理解できた。


「リコ、何か食べましょう」

「えっ、この状況で!?」

「さあ行くわよっ!」


アニーちゃんは繋いでいた手をスッと離すと食堂の配膳レーンに並びに行ってしまった。並ぶと言っても、他に人はいないんだけど。

ふと、手汗をかいていることに気がついた。

胸に手を当てると、心臓が激しく動いていた。


「早く早く!」

「あっ、ごめん……」


慌てて彼女を追いかけた。

真っ白なお盆をもって2人で並んでみると、銀色の配膳台の上にメニュー表が置かれているのを見つける。

アニーちゃんはそれを見ながら悩ましい表情を浮かべていた。

2つのメニューを反復させながら指差している。

どうやらカツ丼と親子丼で迷っているらしい。なんだか可愛い。

あまりに決めかねている様子だったので


「私が親子丼頼むから……一緒に食べる?」

「いいの!?」

「う、うん」

「ありがとうリコっ! 本当に助かるわっ!」

「あはは……」


アニーちゃんはパァっと弾けるような笑顔で私の胸に飛び込む。

誰かに喜んでもらうのってすごく幸せな気分だ。

赤髪の少女は顔を上げて厨房の奥へ大きな口を開けた。


「おばさん! 注文がしたいわっ! 出てきてちょうだい!」

「え、そんな注文システム……」


小心者にはハードルのあるシステムに驚きを隠せずにいると、厨房の奥からズンズンと大きな音が響く。

そして、料理の準備をしていた厨房の従業員を押し退けて、音の主がやってきた。

やって来たのは身長170、スリーサイズが上から全て100は超えていそうな巨大なおばさんだった。

コック帽からはみ出るカールされたブロンドヘヤーのおばさんは鬼の形相で配膳台から身を乗り出した。


「アニー! 私はおばさんじゃあないって何度言えばわかるんだい! ご飯出してあげないよ!」

「えへへ……ごめんなさい。それよりカツ丼が食べたいわっ! この子は親子丼ね」

「あっ、その……お願いしまう……」

「あんたは……見ない顔だね。新入りかい?」

「リコは今日から学校に通うことになったのよっ! ねっ、リコ?」

「あっ、うん。立花理子です……よろしくお願いします」


コックのおばさんは私をじっと見つめると、肩をポンと叩いた。

手が大きいのもあって、ずっしりとした感触が身体全体に走った。


「よろしくね、理子ちゃん。私はルーシー。学校のみんなは敬意を持って私のことをルーシーお姉ちゃんと呼ぶから、あなたも是非そうしてちょうだい」

「えっ、あ……はい。ルーシーおね」

「おばさん嘘つくのはよくないわっ! みんなルーシーさんかルーシーおばさんじゃない!」

「だまらっしゃい! 全く、失礼な娘だよ。……さっきのは冗談さ。私のことはルーシーさんとでも呼んでおくれ」


豪快な笑顔を浮かべ、私の肩をバシバシと叩きながら彼女はそう言った。

ちょっと乱暴だけど、悪い人ではなさそうだ。


「ところで、理子ちゃん。その聖装は解きなさい。ここでは争い事は禁止だよ」

「あっ、忘れてた……ごめんなさい」


慌てて外套と杖を聖書へと戻す。

制服の内側へと聖書を押し込むとそれはすっかりなくなった。

制服姿になった私をまじまじとルーシーさんは見ていた。


「ど、どうかしましたか……?」

「なんでもないよ。ただ、申し訳なくってね」

「申し訳……?」

「2人ともここで待ってなさい。おばさんがすぐにお昼ごはんを作って来てあげるから」


私の質問は届かぬまま行ってしまった。

厨房の奥から段々と美味しそうな匂いが漂ってくる。

醤油のいい匂いだ。

料理を待っている間、アニーちゃんは配膳台に肘をついて待ち遠しそうに首を振っていた。

なんだか小動物みたいで可愛い。


落ち着きなく脚をバタバタさせていると、厨房の奥からルーシーさんが戻ってきた。

湯気が立ち上る親子丼とカツ丼、そしてお箸をお盆に乗せると彼女は笑みを見せた。


「おまちどうさま。さあ、冷めないうちに食べちゃいなさい」

「わーい! おばさんありがとうっ! 理子、早く食べましょ!」

「い、いただきます……」


またもおばさんと呼ばれたルーシーさんは何か言いたげだったが、それよりも早くおてんば娘は食堂の席へと行ってしまった。

なんだか申し訳ない気持ちで私もそそくさとその場を立ち去った。


広い食堂のど真ん中、アニーちゃんの向かいの席に座り親子丼を見下ろした。

湯気を伝って甘じょっぱいいい匂いが鼻の奥を刺激する。

反射的にお腹がグルルとなった。


「いただきます」


手を合わせた後、箸を取る。

半分火の通った卵に包まれた鶏肉をつかみ口へと運んだ。

鶏肉はジューシーで柔らかく、肉汁を吸った卵から旨味が校内へと流れ込んでくる。

そして、少し甘すぎるくらいの味付けがまた良かった。


「お、美味しい……! これすっごく美味しいよアニーちゃん」


過去一美味しい親子丼を前に興奮気味の私は思わず感想を口にする。

是非ともアニーちゃんにこの美味しい親子丼を食べてほしい! そんな気持ちでいっぱいだったけど、私は一度その気持ちを押しとどめた。

だって、彼女は今すっごく幸せそうな顔をしていたから。

どうやらカツ丼の方もすっごく美味しいみたい。


半分ずっこするするのが楽しみだ。

親子丼を食べ進めながら美味しそうに食べるアニーちゃんを見ていると、彼女はフォークでカツ丼を食べていることに気がついた。

私の方ではフォークは用意されていなかったし、やっぱり優しい人だ。


半分ほど食べたところでルーシーちゃんは水を一口飲むと丼を差し出した。


「リコ! 交換しましょ! 親子丼も気になるものっ!」

「う、うん!」


そして私たちは互いの丼を交換する。

カツ丼にはソースがたっぷりかかったカツが乗っかっていた。

ソースを少し下にあるキャベツに移して、一口。

油の少なめのお肉だったけど、お肉の旨味の感じられるカツだった。

衣はカリッと上がっていてすごく美味しい。

キャベツと一緒にご飯を口に運び咀嚼する。

かけすぎだと思っていたソースもお米と一緒なら丁度いい塩梅だった。


2切れ目のカツに手をつけたところで、アニーちゃんがこっちを見ていることに気がつく。

どうやらもう食べ終えてしまったみたいだ。


「親子丼好きだった?」

「ええ! あたしはカツ丼よりこっちの方が好きね。ちょっとカツ丼はしょっぱかったわ」

「あはは……アニーちゃんソースかけすぎだったんだよ」

「そうなの!? 失敗したわね……」

「ほら、ソースを落としたカツ食べてみて」


箸でカツをつまみ彼女に渡すと、彼女はそれをパクリと食べた。

図らずもアーンをしてしまい、私はちょっと恥ずかしくなってしまった。

ソースが適量となったカツに彼女は瞳を輝かせる。


「なんださっきより全然美味しいじゃない! これは私大好きよ!」

「良かった……悪い思い出が残ったら嫌だもんね」


ホッと胸を撫で下ろす。

別に日本代表ってわけでもないのに、なんだか日本の料理がまずいと思われるのに、私は妙な責任感を感じていた。

たぶん日本の観光地で外国人に話しかけられた時に精一杯良い人っぽくするのもこの心理かもしれない。


結局、カツ丼を気に入ったアニーちゃんにカツ丼を半分あげるて、私たちのお昼ごはんは終了した。

食器を返却しに配膳台に戻ると、ルーシーさんが出迎えていた。


「味は大丈夫だったかい?」

「最高だったわっ! 今日もありがとうねっ」

「は、はい。美味しかった……です」

「そうかい、そうかい! それは良かったよ。日本食は実物をそんなにたくさん食べてはいないからねぇ。味が心配でこうして聞いてるんだよ」

「そうなんですか」


そういうとルーシーさんは嬉しそうに笑った。

彼女は……見た目的にも日本人ではないとすぐわかる。

日本でブロンドの髪なんてほとんどいないから。

それでもあれだけ美味しく親子丼とかを作れてしまうだなんて、彼女は本当に料理が上手なんだなと私は感心した。


「リコ、午後は教室で授業を受けるわよっ!」

「う、うん。いきなり学校っぽい……」

「友達と一緒に授業を受けるなんて、楽しみっ」


アニーちゃんはそういうと両手を広げて走り出してしまった。

子供は元気だなぁと心の中で呟きつつも、私も少し軽くなった足取りで彼女を追いかけるのであった。

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