第22話
宿舎を出て、私たちは一度お昼ごはんを食べることにした。
どうやら学校の方に食堂があるらしい。
「リコは何を食べる? あたしはええっと、かつ丼が良いわねっ」
「アニーちゃんかつ丼が好きなの?」
「ううん。食べたことがなかったから、食べてみたいのよ!」
「た、食べたことないんだ。まあ日本食だから……当然かな?」
「あたし、聖女になってから日本食を食べたのっ! 最初はソバ?を食べたのだけど、すっごく美味しかったわ! だから他の日本食にも挑戦しているのよっ!」
はえ〜と私は首を縦に振りながら感心した。
随分と好奇心旺盛だ。私はそんなに挑戦できないからちょっと羨ましい感じがする。
「というか、食堂には日本食があるんだね」
「もちろんよ! 日本出身の聖女は多いから、それで作るようになったって、オリヴィア先生に聞いたことがあるわっ」
「そうなんだ」
何はともあれ、日本食が食べれるのは嬉しい。あんまり食べたことのない食べ物ばかりだったら何も食べずにお昼を終えてしまっただろうに。
挑戦しろ私。でも不安だからやっぱり無理かも。
そのままテクテクと歩き、校門の前で私は立ち止まった。
「アニーちゃん、ちょっと待って。トラップは私が対処するね」
来た時にナイフのトラップがあったことを思い出して、アニーちゃんを止める。
年齢は年下だけど、アニーちゃんは先輩なのでトラップ解除は後輩の私がやっておこう。
私が校門の扉を開けると、最初に来た時と同じようにナイフがひゅっと飛んでくる。
来るのが分かっていれば大丈夫。
私はナイフを聖女の杖で弾いて、落ちたナイフを拾い上げる。
「はい、これで安心。アニーちゃん、食堂はどっち?」
「おいお前!」
突然、校舎の中から怒声が響く。
声のする方をみると、金髪の少女が2人明らかに不機嫌な様子で立っていた。
1人は金髪ショートで目つきがすごく悪い背の高い女の子──170くらいはありそう。
もう1人は金髪セミロングで私と同じくらいの身長の女の子だった。
多分2人とも年下だと思うけど、彼女たちから発せられるいじめっ子オーラを感じ取り、私は後退りした。
「さっきもお前やったよな! 俺たちの罠を勝手に起動しやがってよ!」
「えっ……あの……ごめんなさい」
「ごめんじゃねえんだよ! 邪魔すんなアホ女!」
どうやらこのトラップはこの子たちが設置したらしい。
申し訳ないことをしてしまった……
経験上、彼女たちみたいなのと関わってよかった試しはないので全力で謝ってこの場を立ち去ろう。
「本当にごめんなさい。これ……返します」
「お、おう。そうか」
なんだか金髪ショートちゃんは戸惑っている。
今がチャンスだと思い私はアニーちゃんの手を引いてその場を立ち去ろうとした。
しかし……
「おい」
「はっ、はい!」
「そのガキは置いていけよ。俺たちはそいつに用があるんだ」
「えっ? アニーちゃんに?」
足を止めて振り向いた。そこですぐに気がつく。
アニーちゃんは俯いたまま、体を震わせていた。
直感的に、この人たちにいじめられているんだと理解してしまった。
不意に、岩田たちにいじめられていたときの記憶がフラッシュバックする。
気づけば、私の手がアニーちゃんと同じように震えていた。
ど、どうしよう……聖女の力をもらったところで私の中身はそんなに変わらない。
きっと、私がここでアニーちゃんを置いていったら酷いことをされてしまう。
だけど、彼女を連れて行ったら今度は私が……
ゆっくりと、手から力が抜けていく。
冬の寒さで凍えるように震える手はするりとアニーちゃんの手を離してしまった。
しかし、今度はアニーちゃんがギュッと手を握って来た。
私の人差し指から小指にかけてを掴むのが精一杯な小さな手だ。
こんな小さな子が助けを求めているというのに私は逃げるのか……?
そんなことしたら……私は人として……
彼女を抱き寄せると、祈りを捧げた。
「アーメン」
小さくつぶやき、聖書を武器と防具へと変化させる。
外套でアニーちゃんを包み、杖を前へと突き出した。
突き出した腕の震えは抑えられなかったが、それでも少女を守ると決めた。
「や、やめてください。アニーちゃん、怖がってます」
「なんだぁ……テメェ?」
「ひぇっ……い、威嚇したってだめです! に、逃げさせてもらいます!」
私はアニーちゃんを抱えたまま、走り出す。
「おい待て、アホ女!」
「来ないでください! ゼカリヤ!」
瞬間、ロザリアが発光する。
空中に水球が現れ、それをさらに拡大させる──即席の水の防壁で廊下を遮断した。
「行こうアニーちゃん! どこに逃げればいい!?」
「食堂がいいわっ! あそこなら……誰も手出しできないからっ」
「道案内よろしくね……!」
杖で床を叩き、後方へと跳躍する。
聖女用の校舎だからか、床は傷ひとつついていない。
水の壁の向こうでは、金髪の2人が私の作ったそれに攻撃を加えていた。
金髪ロングの女は、長い槍を構え先端に雷を纏わせて切り掛かる。
「クソッ! 俺の雷が効かねェ。ブルーナ! 頼む!」
「うん。主は昨日も今日もいつまでも同じ……『ヘブル』」
ブルーナと呼ばれた少女は杖を構えると花が咲いたかのように校内が凍りつく。
無差別に咲き乱れた氷の花により、ゼカリヤの防壁は凝固した。
「なっ……氷の魔法!?」
「お願い、ルチア」
「うっしゃあ! あとは俺の槍で……ぶっ壊す!」
再びショート髪が雷属性の槍で氷の壁を斬る。
水のときでは物理攻撃を吸収できていたけど、凍ってしまっては全くの無力だった。
初めにスッと斜めに1本線が入り、2本3本とそれが増えていく。
乱雑に繰り出された斬撃は、ついに厚さ2メートルはあろうかという氷壁を木端微塵にした。
廊下は先ほどの斬撃で上から下まで抉られたような跡ができていた。恐ろしいほどの切れ味だ。
だけど、私だって負けてない。
葉山さんがやっていたあの技を思い出す。
どうすればあの技が出せるのか、大雑把な情報は彼女の日記に書かれていた。
「時間を稼いで! ドラゴンさん!」
私を最初に襲った中学生の使う最強の技、ウォータードラゴン──完全再現とは行かずとも6割ほどの完成度で、水の龍を召喚した。初めて使うにしては上出来だろう。
狭い廊下を埋め尽くす太さの龍を2人の少女たちに向けて打ち出した。
「龍だぁ!? こんなの聞いてねぇ! ブルーナ!」
「もうやってる。でも……止めきれない」
ルチアは『ヘブル』の出力を最大にするが、動きのある水を完全に止めることは叶わない。
少女の長い髪が水龍の勢いでたなびく。
龍の顔面は完全に止め切った。
しかし、後ろから続く胴体の勢いによって凍った龍の顔が少女を喰らおうと今まさに面前へと迫っていた。
「手伝って」
「おうよ! 俺に任せとけぇえええ!!!!」
繰り出される高速の斬撃。巨大な弾丸となって襲いかかる氷の龍を彼女の槍は次々に捌いていった。
そしてついに……
「はぁ……はぁ……ありがとよ、ブルーナ」
「うん」
ほんの数秒のことであったが、持てる力全てを使い、ルチアは肩で息をする。
呼吸を整えると、彼女は肩を落とした。
「逃げられたか」
「うん。また今度」
少女たちは聖装を解く。
斬られ凍りついた廊下は気がつけば元に戻っていた。
「時間がない」
そう呟くと彼女たちは踵を返し姿をくらました。
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