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「その彼との恋愛は楽しくなかった?」


『…そんなことは』



朝、まさに先輩の夢を見たばかりだからか、今日は感情が態度に出てしまいやすい。殿下の前だというのに、妙に感傷的になってしまっている自分がどこか恥ずかしい。



『楽しかったですよ、とても』



だだ、その分辛いことも多かったというだけ。



感傷的になりやすいことを反省したそばから、頭に浮かんでくる情けない言葉。そんな私の気持ちも露知らず、カップのお茶を飲む殿下を眺めた。



「彼は、どんな人だったのかしら?」


『どんな人って言われると難しいですね…、彼のこと誰かに紹介する機会もあまりなくて』


「学友に紹介しなかったの?フローラは、学生時代なんて、みんな恋愛話にしか興味がなかったと言っていたけど」


『私も若かったというか…、みんなに話すのが恥ずかしかったんです。それで、彼もみんなには内緒にしてくれていて。だから、友達に話す機会もなくて』


「私も、もし自由な恋愛が許されるのなら、ノエルと同じだった気がするわ」



そう言って殿下はにっこりと微笑んだ。それからふわりと席を立つと、大きな窓を覗き込む。



自由な恋愛は、殿下にとって最も遠い存在だ。



『…好き同士で付き合えば、きっと幸せで楽しいばかりだと思ってました』



殿下が席を立ったので、そっと私も椅子から立ち上がる。どうしても先輩について、殿下に語ることだけは避けたかった。実の妹に惚気るなんて、恐ろしすぎる。



殿下の白い指先がそっと厚いガラスに触れる。



先輩とのことを内緒にしてほしかったのは私。それでも、先輩が女の子に囲まれているのを見て、隠したことを後悔したのも私。





『よくある物語もだいたいヒーローとヒロインが結ばれるところで終わりますが、現実で大切なのはその後です』




気持ちが通じ合って、先輩も私を好きだと言ってくれたのに。柔らかな言葉も、溶けるような優しさも、全部私にくれたのに。



私はそれを大切にできなかった。




『ルナ様を前に、恋に落ちぬ人などいません』




私の言葉が殿下を励ませるなんて、思ってはいない。この国のために、私よりいくつも歳下の殿下が担う役目の重さは計り知れない。



ガラスを撫でていた手はとまり、ゆっくりと殿下が振り返る。それはまるで、スローモーションのように流れ。



サラリとユリのにおいがする。






「知ってるわ」




歩く姿はユリの花。

風を受ける、その姿は美しい。



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@ 吉野まるみ @horeboresuruwa

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