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考え事をしながら歩けば、殿下の部屋まで一瞬だった。ドアの前に立ち、控えめにノックをするメイド長の後ろで扉が開くのを待つ。



「殿下、お茶のご準備に参りました」


「はい、どうぞ」



扉越しに鈴のような声が聞こえる。



前に立っていたメイド長が扉を開くとふわりと香る花の匂い。ホワイトで統一された上品な部屋。一歩踏み出すとカツンとローファーが音を立てた。



「今日は少し暖かいから、スッキリとしたお茶がいいわ」


「かしこまりました」




大きなガラスの窓のそばに、小さなティーテーブルと椅子が置いてあり、この部屋の主人、ルナ様は優雅に本を眺めていた。



サラリと流れる白い髪。綺麗に切り揃えられた前髪から金色の瞳が覗く。全体的に色素の薄い彼女は、完全に風景に溶け込んでいた。



その場で一礼をしてから、リビングルームに併設されている簡易キッチンへ移動する。殿下が好みそうな茶葉を取り、お茶の準備を進める。



キッチンワゴンに淹れたお茶とメイド長が準備していたレモンゼリーを乗せる。それから、こぼさないように気をつけながら、リビングルームにワゴンを運んだ。



それに気が付いたルナ様がパタンと本を閉じ、顔をあげる。



じっと見られているのを感じながらも、ティーテーブルにお茶とレモンゼリーを並べた。




「あなた」


『はい、殿下』


「ここに来て、何年だったかしら」



唐突にかけられた声に、動作を止める。



『7年になります』


「そう」



ルナ様は短くうなずくと、また手元の本を開く。それ以上、用はないらしい。



ルナ・ノービルス・カッツェ。



この国で2番目に高貴な女性。私はそのルナ様が暮らすリーリエ宮の専属メイドだ。


リーリエ宮は他の宮と比べて、雇用人数が少ない。そのおかげが、ルナ様はメイド一人一人の顔を認識しているようだった。



ふと、再びルナ様は顔を上げた。



「カミラ、今日はもう下がりなさい」


「かしこまりました」


「さっき頼んだこと、お願いね」


「かしこまりました」



ペコリと頭を下げ、メイド長が部屋を出て行く。パタンと閉まった扉のこちら側には、ルナ殿下と私の二人きり。殿下はメイド長の姿を見送ることもなく、また、手元の本に視線を落としている。



長いまつ毛がうっすらと頬に影を落とす。



その姿はどこか絵画のようで。しばらく、私に声はかからなさそうだ。ワゴンをキッチンへ戻し、扉のそばにひかえた。




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「ノエル」



どれくらい時間が経っただろうか。



本をその細い太ももに置きながら、殿下が私の名前を呼んだ。



『はい』


「そこに座りなさい」



殿下が白い手で示したのは、向かいにある椅子。逆らう理由もなく、そこへ腰掛ける。



「昨日は、フローラがここへ来たわ」


『はい』


「その時に騎士の話を聞いたのよ」



ふふっとその時の様子を思い出してか、笑みをこぼす。フローラのことだ。殿下相手もマシンガンを繰り広げたに違いない。



「あなたも、寄宿時代の制服を持っていて?」


『残念ながら、私は、とうに処分してしまいました』


「あら、そうなの?私、あの制服がとても好きなのに」


『…?それなら、お取り寄せしましょうか?』


「いえ、必要ないわ。そんなことだろうと思ってたからね」


『…かしこまりました』




話の意図が掴めず、頭上にハテナを飛ばす私を殿下は楽しそうに眺めていた。



月のように美しい彼女に、白い制服はよく似合うだろう。フローラとともに一体どんな話をしたんだろうか。




「ノエル、あなた恋人はいて?」



唐突な殿下の問いかけ。

その質問から大方フローラとどんな話をしていたのか、予想がつく。



『いえ、いません』


「まあ、そうなの?こんなに綺麗で、慎ましい性格なのに」



金色の瞳をまん丸にして驚く。その瞳からあふれでる好奇心という文字に苦笑い。慎ましい性格だなんて、大抵殿下の前のメイドはそうなると思うんだけどな。



『殿下にお褒めいただけるのは大変嬉しいのですが、どうやら私は異性にはあまり評判が良くないようです』


「そんなことないわ。今まで、1人も恋人がいなかったわけではないでしょう?」


『今まで、といわれるとそうですね。学生時代に1人だけ、お付き合いしていました』


「ほらやっぱり」



両手を自分自身で握り、柔らかく笑う。こちらを見つめるガラスのような瞳は、あの頃のユリウス先輩と同じだ。



王族が受け継ぐとされる黄金の瞳。



母親が違うお二人の唯一の共通点といえるだろう。あの頃、この事実を知っていたなら、きっと私たちの関係性は違っていた。



お付き合いなんてきっと、そんなこと出来なかっただろう。




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