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「…エル、ノエルってば!」



自分の名前を呼ぶ声に、ハッと意識を取り戻せば、目の前に座るフローラがこちらをじっと見ていた。



『あ、ごめん』


「もー、話聞いてるの?」


『聞いてる聞いてる。寄宿学校時代の話でしょ?』



そう答えれば、なによ、ちゃんと聞いてるんじゃないなんて、再びその小さな口が忙しなく動く。



同じメイドであるフローラの、この終わりの見えないマシンガントークは、私たちが働く王城でもなかなかに有名だ。黙っていれば可愛いと、フローラが言われているのはよく聞いたものだった。



古くなったえんじ色のカーテンをチクチクとクッションカバーへ変化させながらも、その薄ピンクの唇は止まらない。



「そういえば、寄宿学校時代の制服ってまだ持ってる?」


『え、制服?んー、どうだったかな。卒業のタイミングで捨てたかも』


「ええっ嘘でしょ!?」


『そんなに驚くこと?持ってたってしょうがなくない?』



琥珀色の瞳をまんまるにして、これでもかというほど驚きを表現してくる。大きな瞳がこぼれ落ちそうだ。



「何言ってるのよ、着るタイミングなんて、いーっぱいあるんだからね??」


『この歳で?フローラも私も、もう二十代後半になるのよ。さすがに制服なんて…』


「ひらっひらのメイド服着といてよく言うわ。そんなの、彼氏が着てほしいって言うからに決まってるじゃない」


『グラディウスの性癖なんて聞いてないんだけど…、』



呆れる私に、この世界の男性全員の夢と希望なんだからッ!!と、なぜかフローラに熱が帯びる。



男性というよりもフローラの夢みたいになってるけど?



「ほらだってさ、基本的に大人になってから出会った人たちって寄宿学校時代のことを知らないじゃない?あの時代に出会ってたらとか考えるとまたそれがいいんじゃない!」


『うーん、まぁ、わからなくもないような』


「制服デートなんて憧れるでしょ!」


『制服デートって言っても、あの当時だって街になんて出れなかったじゃない』


「だからこそよ!」



このリアリストめ!なんて、怒られるけど、いまいち制服デートには惹かれないかも。ただ服が変わるだけじゃん。



こんなことを言えば、またフローラがありえないなんて言うんだろうけど。



『制服デートがしたいなら、寄宿学校の制服じゃなくてもいいんじゃない?メイド服とか、グラディウスなら騎士団の礼服とか』


「騎士とメイドが連れ立って歩いてたら目立ってしょうがないわ!」


『いや寄宿学校の制服の方が一億万倍目立つと思うけど』


「寄宿学校の方は、ある程度の人は理解してくれるでしょ。誰しも一回くらいやったことあるわよ。寝る前にふと思い出して恥ずか死ぬだけだから」


『そんな覚悟背負いたくないよ』


「礼服の騎士なんか連れて歩いたら、下手したら連行されてるメイドとでも思われかねないわよ…、」


『王宮メイドの制服が泣くね』



ちらりと濃紺の制服に視線を落とす。



濃紺に混じって少しわかりづらいが、えんじの布くずがスカートにいくつか付いていた。



「どうせ目立つって言うなら、いっそのこと王太子様と連れ立って歩きたいな」


『また派手に行くね』


「あぁ、王太子様の制服姿なんてぜーったいかっこよかったんだろうなぁ」



ぽやんとした表情で、突如彼女はそう言った。それに少しドキリとしながら、確かにかっこよかったよ、なんて、口にはできない返事をする。



今朝、夢を見たばかりの私の脳内には、まだオフホワイトの制服を纏ったユリウス先輩が立っていた。




『…まあそうだね、かっこよさそう』


「学年に1人はいたよね、カッコいい子って。当時の同級生たちも、まさか王太子だったなんて思ってなかっただろうなあ」


『だろうねぇ』




ぽわぽわとした妄想に適当に相槌を打っていれば、ガチャリと裁縫室のドアが開いた。




「ノエル、殿下がお茶を飲まれるわ。準備を手伝ってくれる?」


『はい、ただいま』



訪ねてきたのは、今日もキリッとした雰囲気をまとうメイド長で。作りかけのクッションカバーをフローラに託し、足早に部屋を出るメイド長の後に続く。



ふわふわとなびくメイド長のスカート。



言われてみれば、メイドの制服ってかなり可愛らしい。汚れが目立たないよう、濃紺がベースカラーになっているとはいえ、精巧なレースがふんだんに使われている。



寄宿学校時代の制服は真っ白で、入学した頃は制服を汚したくない一心だった。



どうせ、卒業する頃にはボロボロになってしまうのに。





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