ザクロ定食

夏伐

ザクロ定食

 ある休日、同僚に食事に誘われた。


 彼の趣味は食べ歩き。

 毎週通ってしまうほどにおいしい定食屋があるらしい。

 それは是非とも行ってみたい。


 定食屋には極秘メニューなるものが存在するらしく、それがとても人気らしい。


 「ザクロ定食」。

 私は不思議に思った。フルーツの定食?


 同僚は店に休みの度に通っているものの、材料が手に入らないことがあり何度も振られているという。


 場所を聞くと結構な山奥にあった。


 私は彼に勧められるがまま山に入ったことを後悔した。


 山道に『命は大切』『STOP』などの看板がたくさんあった。


「本当にここに定食屋なんてあるのか?」


 私は思わずつぶやいてしまった。

 それは彼に聞こえてしまったようで、


「ああ、勿論。老夫婦が隠れるようにやっているところで本当におススメなんだよ!」


 振り向いて力説されてしまった。


 意気揚々と歩く彼の後姿を見ながら、山道を歩く。


 そもそも私と彼は休日に一緒に出歩くほど仲良くはない。何となく性格が合わないのだ。


 彼は私との人間関係を良くしようとしているのだろう。


 だから私は気分が乗らないまでも彼の後ろを歩いていた。

 その定食屋に着いたのは疲れて足が棒になりそうな頃だ。


 かなりボロになった外装と、民家を改築したかのような内装。


 彼は常連ぽく「おっちゃんおばちゃん! 久しぶり! 今日こそはあるよね!!」老夫婦に話しかけた。


 老夫婦の方も彼を見て嬉しそうに笑っている。


「ああ! ちょうど良いものが手に入ってね。早く食べさせたいと思っていたところだよ」


「じゃあザクロ定食一つ。こいつには日替わり定食、メニューにある方ね」


 手慣れた様子で注文する。

 椅子に座り、私は彼に聞いた。


「自分だけ秘密のメニューなのか?」


 秘密のメニューを人に食べさせたくて私を連れてきたのではないのか?


「俺はどうしても食べたかったんだよ」


 会社では見たことがないような笑顔だった。


 結局彼と私は同じようなものを食べた。彼はしきりに「うまいうまい」と食べていた。


 普通のロースカツじゃないか。

 私は食べる前にはそう思っていたが、食べた後には前言を撤回していた。


「これ、凄くおいしいよ!」


 彼に言うと、満面の笑みで「それは豚肉だけど美味いよな」と返ってきた。


 帰り道、彼に「お前のあれはロースカツじゃないのか?」と聞くと、楽しそうに「あれはザクロだよ」と笑っていた。


「鬼子母神の持ってる果物からザクロって名前にしたんだってさ。神様にあやかってるってわけ。

ここらには材料は自分からやってくるからな」


 同僚はケラケラ笑いながら、山道を慣れたように降りる。


 鬼子母神に釈迦は人の子供を食べるのをやめ、その代用にザクロを食べるように勧めた。

 その伝説を知っていた私は同僚の背中をじっと見つめた。


 今日、定食の材料が無かったら……もしかして私が定食にされていたのだろうか。同僚の笑い声が頭に反響し、嫌な不安が消えなかった。


 こいつとは、よく話したこともないし仲良くもなかったことを思い出す。

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