mephir / tophel
長々川背香香背男
mephir / tophel
いつだったかな、あんたに会ったことがあるよ。そのとき俺はたしか中央分離帯を走ってたんだ。裸で頭からすっぽりコンビニ袋を被ってさ、両目のところだけ穴を開けて、めずらしく急いでいたのかもな。あんたのお友達が、面食らってブレーキをベタ踏みした音、傑作だったよ。後ろのトラックにどやされてさ、慌ててアクセルを踏みながらも目が離せないって様子だったな。あれは笑ったよ。コンビニ袋の内側で俺は笑っていたんだよ。
霧が出ていただろう、畑の上に。あんたとお友達は母校の屋上で、畑を眺めてただろう。遠くの方で霧と暗闇が混ざり合って、ビルの航空障害灯が夜に穴を開けてるみたいだっただろう。
俺はあんたらが屋根の上にいたのもちゃんと知っていたし、そこにいない誰かさんがどこで何をしていたかだって、ちゃんとわかっていたんだ。
蒸し暑くて、箱から出したタバコのフィルターがくわえる前に湿気ってたっけ。あんた達がどこへ行こうとしたのかも、屋上以外のどこにも行けなかったことも、俺にはわかっていたんだよ。
俺はさ、掃溜の初めの小蠅なんだ。一等最初に沸く蛆で、色目のまわりのぼんやりとした熱さ、触れるもののない冷たい手、締め付ける腕に浮かぶ静脈なんだ。処女を川辺にさそう手で、首に巻かれた赤い紐で、センチメンタルで、後悔で、そういう全ての夜にあって、一番明るい星なんだ。
あんたが望むなら、やり直す事ができるんだよ。あのとき通り抜けたおかしな夜に戻って、あとはお好みの場面さ。そうだなあの娘がキスの後で自分で下着を下ろした時でもいい。あれは良い思い出だよな。本当に思い出すだけで涙が出るよ。生き物って感じがしてさ。
巻き戻して、スローモーション、少し飛ばして、早送り、思いのままさ。本当だぜ。お望みのまま仰せのままさ。あとはあんたが気に入ったとこで時間を止めてくれりゃあいい。一番の見せ場、一番の美を目の当たりにしたら、そういう言ってくれればいいんだ。
どうだ、悪くない話しだろう?
心配しなくても俺がしっかりお供を勤めるからさ、気軽な気持ちで良いんだよ。一つじゃ聞こえない。二つでも足りない。三つ返事をしてくれたら、あとはあんたの思いのままさ。
さあ、返事をしてくれよ。ぽんぽんぽんと三つほど頷いてくれればいいんだ。
mephir / tophel 長々川背香香背男 @zo_oey
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