第15話 セカイに実存を

 光は人々を暗闇から誘い出し、翼は人々に母なる抱擁と新世紀への巣立ちを促す。


「レイナちゃんなら、レイナちゃん一人なら助かるんだ。だったらそうすべきじゃないか」

 僕の世界は滅ぼうとも、レイナちゃんの未来は守りたい、というのは流石にキザ過ぎるが、人間、最後は案外、建前と本音があやふやになったりするものだ。特に相手が不思議な美少女なら。


「これ、絶対に離しちゃダメだからね」

 レイナちゃんは、葛藤の末にようやく決心がついたらしい。やっぱり僕なんかよりも大人だ。だからこそ本当に大人に成長してほしい。

 大人に振り回され、不器用に飛んでゆく少女ではなく、自分の足で歩み誰かに背中を見せるレディとして。

「ありがとう。絶対離さないから」

 もうこれ以降、彼女には翼をいらない。だからこそ僕への形見はとびきり真っ白な一枚の羽根なんだ。


 その瞬間、目が焼かれるほどの閃光が一体を覆った。

 大いなる正午が天使によってもたらされたのだ。光の届かないこの海中に。

 純粋すぎる水が危険なように、彼女の閃光は影を抹殺し、反射する隙を与えぬからか、何もかもが消え去っていった。

 銀色の特徴的な髪に光が染色してゆく。それはあたかも神の王冠の如き貴いものであり、同時に破壊と審判がすぐさまおとずれるのであろうことを予感させる荘厳さであった。


 ******


 その日、人類は小規模ながら核爆発、いや超新星爆発に類似した超自然現象を目の当たりにする事となった。


 海水が一挙に上空へ向かって噴射するのに呼応して気圧などの変化と水分子の異常増加を起こし、二発の雷がその場に落ちた。

 一発目が落雷するやいなや数メートルの赤い何かが姿を現し、二発目が落ちた瞬間、閃光と二つの赤い物体、それは海面から生えた翼のような何かが、視認のみならず、衛星からも確認することができた。


 原因は某国の新型ミサイルであるとか、UFOの墜落もしくは攻撃といった憶測が連日、マスメディアによって騒ぎ立てられ、大衆もまたSNSで特にこれといって証拠もないのに、有名人の発言などに便乗あるいは反発するなどのお祭り状態。

 一部の報道では宗教会議も行われたほどである。


 しかし、幾多の歴史的事件がそうであったように、この一件もまた少しは観光スポットとして賑わっただけで、今ではサブカルチャーにも肩を並べられないほどに忘れ去られつつあるのだった。


 その発端に、政府直属の研究機関がこの時代においてもなお秘密裏に行動し、結果、二人の人間を窮地に追いやったとは誰も思うまい。

 ましてや翼を持つ少女が、によって、鳥籠消失メルトダウンのその先にある『次元融解』を引き起こしたとは。


 そして、一人の青年と海底へと進む自律型潜水艦が、文字通りしたとは、誰も―それは研究者や政府高官も含め―知らないままひとつの幕が降ろされた。


 青年を生贄に、一人の少女へ祝福を。


 ******


 涙を流しながら笑っていたばかふみやの顔を見た後の記憶がない。

 翼はふみやの予想通り、すっかり消え去っている。鳥みたいに四六時中、背中にあった訳じゃないから、そんなに違和感はない。強いて言えば髪の毛の色がシルバーから白髪になっちゃったくらいかな。

 それに私の中に今ある喪失感は超能力を失ったからでもないし。

 結局、私にとってあの羽根は特別なスーパー能力なんかじゃなくって、みんな一つは持ってるようなコンプレックスだったのだろう。

 ふみやは何も無いのがコンプレックスであり、私は全てを持っていたのがコンプレックスだったんだ。

 お互いは会うべくして会って、そしてこうなるべくしてバラバラになったんだろうな。


「ばか…………ふみやのばか。私じゃなくて、私天使だったなんて」



 まだしばらくは夏が続く。

 研究所と浜辺以外にこれといってどこも行ったり、経験したりしていない私には、ふみやはどんな本よりも面白かった。だって起承転結も序論本論結論もないんだもんね。

 でも私もホントは同じ。

 これからすることも行くところもなんにもない。


 それでももう涙は海が洗い流してくれた。

 死ぬまでこの事は忘れないだろうし、忘れるまでは死なない。

 きっと……きっとまだどこかでマヌケにぷかぷか浮かんでるはずだもの。


「翼がまた導いてくれるよね」

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確かに存在したあの夏をレイナちゃんは体験していない 綾波 宗水 @Ayanami4869

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