その舌ですくわれたい

原多岐人

 

「やっぱりレアが一番だね」

少し大きめの一口大に切り分けたステーキを彼女が口に運ぶ。薄紅色に透ける肉汁が彼女の唇を濡らした。咀嚼を始める前にそれは舌先で口の中へと誘われる。この瞬間が僕は好きだった。頬張った肉を堪能する彼女の笑顔も捨てがたいが、早く次の一口を、と思う自分もいた。

「赤身の方が、何かいかにも肉って感じがしない?口の中で溶けるのよりも私はしっかり噛める方が好き」

フォークの先を僕の方に向けながら彼女は主張する。切っ先がキラリと光った。思わず鼓動が跳ね上がる。熱い血流が体内を駆け巡り、胸の奥から或る思いを突き上げる。


咀嚼されたい。


滲み出た肉汁も余すことなく、舌先で掬ってほしい。


「どうしたの? 私の顔何かついてる?」

突き上げられ溢れそうな思いを押さえ込んで、いや、美味しそうに食べるなぁと思って、と月並みな言葉を返した。照れた様に笑った後、彼女はさっきよりも小さめに切った肉片を口に運ぶ。滴る肉汁に舌先が出るのはきっと反射反応だろう。

 僕も目の前のステーキにナイフを入れる。ぶちぶちと繊維を断裂させる手応えが、肉の密度を物語る。こだわりの赤身肉、とメニューでは目立つ仕様になっているが、全国展開のファミレスだからそこまで良い肉ではないだろう。口の中に入れると多少パサついたような気がしたが、噛むほどに感じられる肉汁でそれは解消された。

 彼女の方を見ると、200gあったステーキがすでに三分の一まで減っている。僕のはまだ半分以上残っていたけれど、心は八割方、否、溢れんばかりに満たされていた。



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