〇〇さんが羨ましかった。
兄さんの幼なじみの、〇〇さんが羨ましかった。
だって最期に、兄さんが選んだのは〇〇さん──その末路である「姉妹(シスターズ)」試作機No.001、通称「大お姉様」だったから。
キンダーガーデンが落ちるあの日、一緒に逃げようと急き立てる私に兄さんはこう言った。
No.001、いや……〇〇を置いていく訳には行かないだろ。逃げるんだったらお前一人でいけよ。お前は研究所の所長だから、投降すればあっちも情報目当てに生かしてくれるだろ
マザーコンピュータの子機として活動していたNo.001は、キンダーガーデンから離れれば初期化して再起動をかける。単純に考えてそんなことになれば、現存の思考パターン──素体の性格パターンを色濃く残した、「精神」が失われてしまう。敵襲を受けてぐったりとなった、No.001の身体は生きていたにも関わらず、兄さんはキンダーガーデンに残ることを選んだ。きっと〇〇さんの影響を受けていた意識を喪う可能性に耐えきれなかったんだろう。
バラバラと崩れる建物の中、園長室に見える人影は最期まで少女の身体を離さなかった。「英雄」達に包囲されて殺されるまで、どんな睦言を呟いていたか想像したくない。
キンダーガーデンに併設された研究所の研究員が漏洩させた、兵器「姉妹(シスターズ)」の技術をもって隣国が作り上げた兵器「英雄(ヒーローズ)」。年齢が5歳から15歳までの少女を素体とする「姉妹」と違うと見せたいのか、『英雄』の素体になるのは同年代の少年たちで。
「ねぇ■□さん!考え事をする■□さんもお綺麗ですけど、僕の方も見てください!」
遠慮なく私の首を引っ張る、目の前の少年もそのひとり。キンダーガーデン殲滅任務で成果を上げて、ご褒美に私を得た「王子様」──見た目は可愛い、十歳前後の男の子だけど。兄さんを死に至らしめ、私の夫を直接殺した──夫は一般兵だったから、この少年に責任を追求したって覚えていないでしょうけど。
「──」
王子様の言葉に答えようと、私が口を開いても漏れ出てくるのは柔らかい響きの音だけ。キンダーガーデンでは機密漏洩防止のために「姉妹」の耳にかけていた改造を、こっちでは「英雄」の周りにいる者にかけるらしい。まぁ、ほぼ捕虜である私だから改造されたのかもしれない。
王子様はそれを知らずに、ただ私のことをそういう生き物であると思っているらしい。私が口から漏らす、鳴き声のような音に目を細めている。
「■□さんもご機嫌のようで嬉しいです! 今日も僕はね、頑張ったので! ■□さんに褒めて欲しいです!!」
私の返事を待たず、少年は私の胸に抱きつく。避けることも反撃することも許されない。私はけっこう広範囲に改造されているようだ。
そのまま私の胸の感触を楽しんで、気が済んだ王子様は部屋の外からお盆を持ち込む。お盆に載った皿には、温かいミルクが注がれていた。
「ほーら、今日分のごはんですよ」
──もちろん私は普通の人間だから。パンと肉、野菜などで作られた料理をフォークやスプーンで食べる。愛玩動物のように、皿に注がれたミルクをそのまま飲むなんてことは普通しない。そのことはこっちの国でも分かっているようで、王子様のいない時分に出た食事は栄養バランスも整ったもの。国際裁判所に訴え出ても、虐待には当たらないと判断されるようなものである。『王子様』にそのことを教えるものはいないのか──彼は、私を快い鳴き声を漏らす猫か何かだと思っている。
私が手をつけないでいると、少年は心配そうに呟く。
「どうしたんですか■□さん。お腹が空いていませんか? そんなはずはありませんよね。どこか体が悪いのかな……お医者さんにまた、連れてって行った方がいいんでしょうか……」
彼が言う『お医者さん』の診察では、時には同情するように時には恨みを晴らすように、「王子様の言うことに合わせろ」と命令されるだけである。こちらの要求である「彼に私の知能レベルを伝えて欲しい」は突っぱねられる。何十回と変わらない結果に、私は諦めて皿に顔を突っ込んだ。
「あぁ■□さん飲んでくれた……病院に行くって言わなくっても、ちゃんと飲むようにしてくれるともっと、嬉しいんですけど……」
ぺちゃぺちゃとミルクを舐めとると、口元から胸まで汚すし時には鼻に入ってくる。どこまで汚してもすぐ代わりの服が出てくるのでいいのだが、兄や夫の仇の前で、猫のようにミルクを飲む──しかも不格好に服を汚す──非常に屈辱的な儀式に、私の敵愾心は急速に失われつつあった。顔を上げると少年の無邪気な笑顔が見える。私の祖国を滅ぼしながら、そんな笑顔で絆すなんて。
「──」
「なんですか■□さん。ミルク、美味しいですよね!?」
少年は無邪気に笑顔を向けた。
酷い男ね、と私は思った @igutihiromasa
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創作企画その二/@igutihiromasa
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 11話
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