『姉妹』が羨ましかった。

キンダーガーデンの『姉妹』達が羨ましい……と、たまにウチは本気で思う。

キンダーガーデンの二代目園長は大勢の『姉妹』──あの研究所に収容されてる、少女の精神を素体として作る精神兵器──の世話を熱心に焼くと言うし。旧式の『姉妹』、通称『大お姉様』を少しだけ贔屓にしたり手元に置きたがるっていう話も聞くけど、そのくらい別にいいんじゃないかな。それ以外の『姉妹』にだって愛情を向けているならいいじゃん。ウチんとこの△▽くんみたいに、ウチひとりだけに愛情を集中されるのは──ちょっと怖い。

「××ちゃんどうしたんスか? なんか気に食わないことでもあったッスか?」

△▽くんが聞いてくる。それにウチが答える前に、△▽くんは大きく頷く。

「──あぁ、今日のおやつが気に食わなかったんスね。OK、決めたコックをクビにしとくッス!」

違う、違うよそうじゃない。ウチが否定する間も無く、可哀想なコックさんの処遇は決まってしまっていた。

こんなむちゃくちゃをするから、ウチと△▽くんの評判は低い。ウチはともかく、人間である△▽くんはこの戦争を終わったあとのことを考えてるんだろうか。キンダーガーデンから敵国に連れ去られ、解析されてるウチは母国にとって裏切り者だし、こっちの国からしても敵国兵器であるウチは廃棄処分されることは明白だから別にいいんだけど。

この戦争が終わったら、△▽くんは殺されてしまうんじゃなかろうか。こっちの国が戦争に勝てるとしたらそれは、ウチの世話して解析して、この国に新型兵器『英雄』を開発した△▽くんのお陰だろう。けど、勝てたにしてもなんか罪でも被せられてしまったりして? どうして△▽くんは、この国の人に辛く当たるんだろう。気になったウチは聞いてみた。

「ねぇ△▽くん、どうしてこの国の人に冷たいの?」

「冷たくしてるつもりは無いんスけどねぇ……」

△▽くんは頭をかいて、思い出したように二の腕を見せる。そこには焼きごての傷跡があった。奴隷や、捕虜や、裏切り者──戦争が始まった後で、向こうの国から亡命してきた人につける印があった。

「オレは元々、××ちゃんと同じく向こうの国の人なんスよね……××ちゃんを連れて、こっちの国に来ただけで。技術提供もしているんスけど、こっちの勝利に貢献してるんスけど、あっちの国から来ただけで。こっちの国の人にはそれだけで、オレを厭うに足りるらしくて」

だからオレはそのお返しをしてるだけッスよ。そう笑う△▽くんは、いつも通りの明るい笑顔。思わずウチは聞いてしまう。

「……どうしてこの国にウチを連れてきたの」

「ちょっとした私怨ッスよ。オレのワガママをあの国が聞いてくれなかったことがムカついて」

ぱさり、となんでもないように取り出された古い写真。そこには白衣を着て男の人と女の子が写っていた。

男の人は△▽くんだ。後ろに写った建物は、ウチもまだうっすら覚えているキンダーガーデンの寮の建物。じゃあこの女の子はきっと──ウチとおなじ、キンダーガーデンで育てられていた、『姉妹』の一人?

「この子はオレの幼なじみで。昔引っ越しで生き別れたあと、職場で会った時にはめちゃくちゃ嬉しかったんスよ。所長──園長も親身になってくれて、オレはかなり自由にこの子に会えることが出来たんスよ──途中まで」

ウチらは見た目がどうあろうと兵器だから。△▽くんの幼なじみの──この『姉妹』がどうなったのか、△▽くんのワガママがどんなものだったのかは想像がついた。

「園長だって、オレとおなじ境遇のくせに、ちょっと旧式だからって、いつまで経っても大お姉様と呼ばれるあの子を戦場に出さないし。むしろ大お姉様を出さないために、成績がちょっと足りなくっても卒業を認めて、まだ分からないところがあっても、他の子たちを戦場に。──ズルいじゃないスか。酷いじゃないスか」

だからこの国に来たんだ──と、言外で結論づける△▽くんに、ウチはぼんやり聞いてみた。

「……△▽くんは、その子好きだったんだね」

「みゃっ……まぁ、そうッスよ」

△▽くんは、意外にもすぐに認めて、でもまたすぐにウチを抱き寄せる。

「でも、今は××ちゃんの事が好きッスからね」

「……」

それはきっと嘘だろう。新型兵器『姉妹』の威力はその精神に比例する。手っ取り早く言うと「好きな誰か、なにかのために」がある『姉妹』の方が、それを守るために威力を発揮する仕組み。だから△▽くんがウチのことを「好き」って言うのは、その発言でウチも△▽くんのことを好きにさせて、いつかウチを戦場で使う時のために少しでも威力を上げるためだってことは気づいてる。この国の人は、ウチのこと嫌っているようだから、ウチが好きになることが出来るのは△▽くんしかいない。こういう発言をするとすぐ抱き寄せてくるのは、きっと表情で嘘がバレたくないから。

悔しいけどウチがそれに気づいたのは、△▽くんのことを好きになった後。きっとウチは、ウチのことをなんとも思っていないこの嘘つきのために命を散らすんだろう。さっきの写真の女の子、ウチより少し小さいけれど、口元のほくろがウチとおなじだった。ウチにその子を重ねてるなんて。

酷い人だね、とウチは思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る