第15話 後日談 ずっとあなたが好きだった

【後日談】


 その収録後、獅子狼と太陽は美歩を呼び出し3人で日本料理店の個室に来ていた。


 五月は仕事が終わり次第、駆けつけることになっていた。


 「二人は、俺がアッちゃんって名乗っていた五月ちゃんとメール交換していたこと知っていたの」


獅子狼が二人に聞いた。


 「いや、委員長は何も言わないし、シッシーも秘密主義でメル友してたから、俺は何も知らなかったよ。ただ、シッシーが高校に入って急にやる気になったなっては思っていたけどね。


それまではセンスは良かったのに自分で低い限界を拵えているようなところがあり、もったいないな、と思っていたんだよな」


と太陽が言った。


 「私も、知らなかったわ。五月ちゃんにとって獅子狼さんのことは大事で特別だったから二人だけの秘密を守りたかったんじゃないかな。誰も入れたくないって思っていたと思うわ……」


 「大事って…… 俺たち高校時代から二人っきりで話したこと、ほとんどないんだよ」


 「そんな女性に公開プロポーズしたの」


 「そうだよ」


 「でもね、五月ちゃんが獅子狼さんのことを好きだっていうのは、中学校のころから薄々わかっていたわ」


 「本当に……?」


 「そうさ。それじゃなきゃ、校内一のモテ男が6回も告白して、6回振られるわけないじゃないか。俺だって、その原因がシッシーにあることは委員長を見てたら何となくわかっていたよ。


委員長の目を見ていると、ちょっとした時にシッシーを追っているんだよな」


 「それは私も感じていたわ……

初めは私が、太ちゃんを好きなのに遠慮して太ちゃんの告白を断っているのかな…… と思って聞いたりしたけど、五月ちゃんはハッキリとそれは違う、私の気持ちの問題って言ったわ。


それで五月ちゃんに好きな人がいるんだってわかったの。


そしてそれが獅子狼さんだってことは、長くしないでわかったわ。


五月ちゃんからは一度も直接言われたことはないけどね」


 「俺は、一度もそんなこと感じたことはなかったけどな」


 「しかし、メル友とはね……

五月マネも考えたね。


そんなのに引っかかるのは、この世でシッシーくらいのものだけど。


まあ、五月マネはシッシーの性格を知り尽くしていただろうから、手のひらで転がすのはわけなかっただろうね……」


 「酷い、言い草だな」


 「でも、そのお陰でプロ野球選手になれたし、失敗したあとに大復活もできたんだから……」


 「それについては、おっしゃるとおりです。一言も反論はありません」


 「素直でよろしい」


 「ところで、太ちゃんは、今回の件にどれくらい関与してくれたの……」


 「さっき、言ったように二人がメールで繋がっているっていうのは、さっきの番組で初めて知ったんだけど、俺たちが結婚することを決めたって電話しただろう」


 「うん……」


 「同じ電話を五月マネにもしたんだよ。


そしたら、あいつ、おめでとう…… と祝福してくれたあとに、お願いがあると言い出したんだ」


 「……」


 「お願いって何? って聞き直したら、シッシーに会いたいから機会を作って欲しい、と言ったんだ」


 「それで、あの飲み会を……」


 「そうだよ。あの後、何かあったんだ…… ?」


 「何もないよ。ただ、スマホの番号を聞かれたんだ。


俺、天狗になっていたころ、機種変更したあと誰にも番号を教えていなかったから」


 「そうだよな。俺も巨大軍の選手から番号聞いたくらいだもの」


 「ゴメンよ。あの頃、俺は大勘違いしていたから。


でも、その後、途絶えていたアッちゃん名のメールが来始めたんだ」


 「そうか、五月マネ、音信不通になったシッシーがこのまま埋もれていくのが心配でシッシーを立ち直らせるために電話番号を知りたかったんだな…………」


 「ありがたかったよ。あのメールがなければ野球から完全に離れて、今も世をすねてフリーター生活をおくっていたのは間違いないよ」


 「そうかもね」


 「うん…… それで頼まれたのはそれだけ」


 「あれから、ちょくちょく五月マネから連絡が来て、助言を求められたよ」


 「助言を…… ?」


 「五月マネ、本当にいろんなことを勉強していたよ。


シッシーの復活計画を見せてもらったけど、よく考えられており見事のものだったよ。

それについて現役選手としての意見を求められたんだ」


 「他には……」


 「あの時の対決も、実はシッシーに頼まれる前に五月マネからも現在の力を贔屓目なしに判断してプロの投手としてやれるかどうか見てもらいたいと頼まれたんだ。


本気で打ち込んで欲しいと頼まれた。

でも、あのフォークは打てなかった」


 「ありがとう」


 「しかし、元の状態を取り戻したら、そこそこ1軍でも投げられる実力だと思ったが、まさか、その上にあんな切り札を身につけるなんて驚いたよ……」


 「あれも、五月ちゃんの助言だったんだ。


監督以下の首脳陣が復帰させたいと思うような新しい球がないと不十分だとね」


 「あの時の映像を監督に送ったのも五月マネだったんだよ。


対決の様子を撮影して送って欲しいとも頼まれていたんだ。


臨時の入団試験を受けられたのは監督が送られて来たDVDで俺たちの対決を見たからだ、と聞いて、五月マネがDVDを送ったんだな、とわかったんだ」


 「ホント、何から何まで五月ちゃんは、計画通りだったて訳か…… 五月ちゃんて凄いな」


 「でも、五月ちゃんの計画がどんなに緻密で効果的でも、それを実際にやる獅子狼さんに能力がなければそれも画に描いた餅でしかなかったんだからやり遂げた獅子狼さんも立派なものよ」


と美歩が話しに入って来た。


 「まあ、二人の愛の結晶ってことでいいんじゃないか」


 「五月ちゃんの深い愛情に支えられていたなんて全然気付かないバカな男だったけどね」


 「ホントだよ……。あっ、そういえばシッシー復活を決意した後、ジムに行き始めたんだろう」


 「うん。突然、トレーニング計画表がジムから送られてきて、そのジムを訪ねたんだ」


 「そこに美人のトレーナーがいたろう」


 「えっ? それじゃあ、ジムに話をしてくれたのって太ちゃんだったの?」


 「違うよ。それも五月マネ」


 「でも、何で太ちゃんが飛鳥トレーナーのことを知っているの……?」


 「俺も五月マネを交えて何度か飛鳥ちゃんと会ったことがあるからさ……」


 「へぇ、そうなんだ……」


 「彼女、シッシーにめちゃくちゃキツかっただろう」


 「あぁ……。何度も切れかかったよ」


 「実は彼女、五月マネの大学時代の親友で五月マネは彼女から最新のスポーツ理論とかを学んだりしていたんだって……」


 「大学時代から……」


 「五月マネは、シッシーの1年目の活躍を喜びながらも不安感を感じたって言っていた。


その予感は当たってシッシーの成績は年々、落ちていった。


そんなシッシーをどうしたら元のように戻せるか、って五月マネは考えて、いろいろ飛鳥ちゃんに相談していたんだ」


 「………」


 「五月ちゃんが、そこまで思い続ける男ってどんな男だろうって飛鳥ちゃんもシッシーに興味を持つようになったんだろうな。


ところが聞こえてくるのは野球の活躍より週刊誌やワイドショーを賑わすスキャンダルばかり、それで飛鳥ちゃんはぶち切れたそうだよ」


 「面目ない…… 返す言葉もありません」


 「大学を卒業して二人はお互い忙しくて、年に数回会って食事するくらいだったのが突然、五月マネが飛鳥ちゃんに連絡してきて飛鳥ちゃんにシッシーの面倒を見てくれないか、って頼み込んだそうだ。


でも、飛鳥ちゃんはシッシーに悪い印象しかなかったので、出来ないって断ったそうだが、何回も連絡があり、最後は直接会って是非にって頭を下げられたので根負けして引き受けるって言ったそうだ。


引き受けるって応えた時の五月ちゃんの嬉しそうな顔がとても印象に残っているって飛鳥ちゃんが言っていたよ。


「本当に彼のことが好きで、彼を立ち直らせたいって心から思っているんだな」って思ったって。


合わせて、自分の能力を高く評価してくれているんだってことも感じたので対象への好き嫌いっていう感情を抜きにしてプロとして最高の結果を出そうって誓ったそうだよ」


 「…… そうか、知らなかった。


あのジムのトレーニングの裏にそんな話があった何て……。


でも、今の話を聞いて飛鳥トレーナーの言葉言葉の間にある険のようなものの源泉がどこにあったのかがよくわかったよ。


プロとして感情は、完全に抜き切っていなかったけど、指導は完璧だったね」


 「飛鳥さん、五月ちゃんの気持ちを間近で見ていて、獅子狼さんのことがどうしても許せない感情があったんだろうね」


美歩はおかしそうに笑いを堪えて言った。


 そりゃそうだろうね、と太陽は相づちを打ったあとに


「それで、いつアッちゃんが五月ちゃんだって気付いたんだ……」


と聞いた。


 「それは……。まず直感的に違和感を感じたのは……」


と言って獅子狼は、一呼吸を置いた。


 「復帰戦でノーヒットノーランをした後のヒーローインタビューの時ってさあ、絶対に来てくれると思って招待していたアッちゃんが球場に来てくれず、ガッカリしていたんで淡々と、インタビューを受けていたんだ。


その時、報道陣の中に五月ちゃんの顔を見つけたんだけど、その五月ちゃんと目が合い、五月ちゃんの唇が「おめでとう」と動いたんだ。


それを見た瞬間、なぜだか五月ちゃんと顔も知らないアッちゃんが重なって見えたんだ」


 「それでか…… 淡々と受け答えをしていた獅子狼さんが急に感極まりだして絶句したのはインタビューをテレビで見ていて、アレっ急にどうしたんだろうって思ったんだけど」


 美歩が合点がいったように言った。


 「みんなが開いてくれたお祝の飲み会から部屋に帰って一人になってからも、何で五月ちゃんとアッちゃんが重ねて見えたのかが自分でも不思議に感じていたんだ。


そしたら俺の頭の中に一つの仮説が頭に浮かんできた。


その時までは思いも寄らないことだったけど、仮説のとおりであればすべてのことがすんなりと繋がるんだった。


その疑問の仮説が確信に変わったのは、部屋を引っ越すためにアパートの片付けをするときに高校時代から使っていたガラケイを見つけ、初めてアッちゃんからメールが来たときからのすべてのメールを読み直した時だった。


そこには、ハッキリとアッちゃんではない、五月ちゃんの言葉が並んでいた。


俺は、五月ちゃんがアッちゃんだと確信し、二人にだから言うけど、その後、号泣してしまったんだ。恥ずかしいけど」


 「……… 恥ずかしくなんかないよ」


 「そうよ、獅子狼さんって、本当に幸せ者よ。一人の女性からそこまで愛されているんだから……」


 「そうだよね。球界一の最強バッターを何度も振った女が、俺を選んでくれたんだもんね……」


 「人の青春に土足で踏み込むな……」


その太陽の言葉に二人が爆笑したところに障子戸が開き


「遅くなってゴメンなさい……」


と言いながら五月が笑顔で入って来た。


 少しはにかみ照れくさそうに獅子狼の横に座った五月の指には番組で渡した婚約指輪が光っていた。


4人は、時間を忘れたかのようにいつまでも楽しく談笑するのだった。


「でもさぁ、一所懸命支えたシッシーから無視されて五月マネはもう見捨てよとは思うことはなかったわけ…… ?」と太陽は疑問を五月にぶつけた。


五月は、少し考えた後に「実はね…… 太陽さんに獅子狼さんとの席を段取って欲しいとお願いした時ね、ある有名人から交際を申し込まれていたの……」と言った。


「えっ? 誰? 私たちが知っている人……」驚いたように美歩が食いついた。


「名前は言えないけど、日本人でその人を知らない人は一人もいないと思うわ」


「それで、それで…… 」さらに美歩は乗り出して聞いてきた。


「有名人だけどね、とても良い人でね…… 正直、少し気持ちが揺らいでしまったの…………」


「そうか……」


「それでねぇ、太陽さんにお願いして獅子狼さんに会おうと強く思ったって訳……」


「会って、自分の気持ちを確かめたかったて訳か?」と太陽が言った。


「そう。獅子狼さんが昔とは違う別人になっていたら、その人との事を真剣に考えてみようと思ってね……」


「それで再会したこいつはどうだった?」


「まったく昔のままだった」


「それって成長してないってことじゃないの?」と美歩が言うと獅子狼が


「美歩マネ…… それってあんまりだろう」と口をはさみ4人は爆笑するのだった。


「それで有名人は、どうしたの?」と美歩が興味津々に聞いた。


「好きな人がいるから、と丁寧にお断りしたわ……」


「えぇ…… もったいない!それは獅子狼さんは良い人よ、でもさぁ…… 何で……?」


「2人と別れた後でさぁ、二次会に行き、その別れ際に一緒にツーショットを獅子狼さんのスマホで撮ったのよ…… 新しい番号を知りたいという作戦もあったし……」


「それで……?」


「その時、ロック解除をしなければならないから獅子狼さんに暗証番号を聞いたのよね…… そしたら、それが私のイニシャルと生年月日だったの……」


「えっ? 気付いてたの……

バレなくて良かったと内心、胸を撫で下ろしていたのに…… 」


「そんなの、気付かない訳ないでしょう…… 」と五月は獅子狼の方を見て言うと、また美歩の方を向き直し


「獅子狼さんが、私のイニシャルと生年月日をパスワードにしていることを知ったら、もうダメだった…… 私にはやっぱり獅子狼さんしか考えられないと思い、その晩、その方にお断りさせていただいたの」


 「へぇ、あの後、そんなことが………… 」と太陽は唸った後 「で、もう一つ聞いてもいいかな……」


アルコールが回って饒舌になっていた太陽が五月を見ながら言った。


 「何……?」


 「何で、五月マネは俺じゃなくて、シッシーを選んだの…… 今はともかく、中学、高校時代ならぜったいに俺の方がいけてたと思うんだけど。

うぬぼれでなく……」


 「もう、太陽さんったら、しつこいなぁ…… 私じゃ不満ってこと……」

美歩は焼き餅を焼いている風に戯けて言った。


 「違う、俺は美歩が大好きだ。シッシーみたいにワイドショーを賑わすことはしない。ただ気になって仕方ないんだ……ゴメン」


 「もう、若気の至りの話はやめてくれよ。反省と後悔をしてるんだから……」と獅子狼が言った。


 それを太陽は右手で制し、五月の顔を見つめた。


 「どうして…… ?」


 五月は、困ったようにしていたが、フッと息を吐き出すと


「恥ずかしいから、絶対にここだけの秘密よ」と言うと


「あのね……私、小学校6年の頃、獅子狼さんとキスしたことがあるの」と言った。


 その瞬間、獅子狼が飲みかけていたビールを吹き出しかけた。


 「お、おい、やめろ。五月ちゃん、それはダメ!」


五月を制ししようとした獅子狼に太陽が「うるさい、俺の自尊心がかかった大事なところだから黙ってろ」と言った。


 五月は話し続けた。


 「キスの前に「キスしていい」と獅子狼さんが私に聞いて来たからから「お嫁さんにしてくれるならいいよ……」って応えたわ」


 「それで…… ?」


 「獅子狼さんに私のファーストキッスをあげたの……」


 そのやり取りを聞きながら獅子狼は固く目を閉じ天井に顔を向けていた。


 個室に一瞬の静寂が生まれた。


 「あちゃぁ………… そう言うことか……」


 「えっ? それって小学生の時の約束を五月ちゃんはずっと信じて守って来たって言うの」


幻の生き物と遭遇したような顔で美歩が言った。


 「そうだよ。おかしい……?」

と五月は美歩を見て言った。


 「五月ちゃんとの付き合いはずいぶん長く、五月ちゃんのことは何でもわかるつもりでいたけど、まさか、こんな純な女の子だったとは知らなかったわ。ビックリ、唯々ビックリ」


と美歩は言った。


 そして獅子狼の方に向き直って

「獅子狼さん、純情な女の子の唇を奪った責任をしっかり取りなさいよ! 二度と裏切ったら私も太陽さんも一生絶交だからね」

と真剣な顔で言った。


 「もちろんさ。俺にとって五月ちゃんは大事な大事な人だから一生を捧げて一緒に生きて行くよ」と獅子狼は二人を見て言ったあと、


「五月ちゃん、これまでありがとう。そしてこれからもよろしくお願いします」と言った。


 五月も獅子狼を見つめて

「こちらこそ、よろしくお願いします」


と応えて目頭に光り始めたものを拭うのだった。


 桜澤五月の一途な初恋は、その献身的な愛により見事、実を結んだという一席でした。



 

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