第14話 大団円 小さな恋の結末

【獅子狼 】


 獅子狼は、ペナントレース中盤から終盤の3ヶ月を先発の一角をしっかりと守り月間4勝計12勝と負け知らずの大活躍し優勝の原動力という役割を果たした。


 日本シリーズでも第2戦と第6戦に先発して胴上げ投手となる活躍をした。


 残念ながら日本シリーズの対戦相手は太陽が所属するハードバンクホークスではなく北海道ハムファイターズであり、獅子狼と太陽の直接対決は来シーズン以降の楽しみとなった。


 シーズン終了後、獅子狼は安アパートを出てマンションに引っ越すことになり、アパートの荷造りをしていた。


 押し入れの奥に古びた段ボールがあるのに気付いた。


何を入れていたかな、と思いながらガムテープを剥いでみる。


 中には、高校時代のアルバムなど思い出の品に混じって以前使っていたガラケーが入っていた。


 獅子狼はガラケーを見て懐かしく感じて、電源を入れてみた。


もちろん作動することはなかった。


 バッテリー切れだった。


『充電すれば動くかな』

と考えた獅子狼は段ボールをあさって充電コードがないか探してみた。


 すると段ボールの底にそれらしい受電コードをあるのを見つけてガラケーに差し込んでみた。


コードは綺麗に填まったのでプラグにコンセントを差し込んだ。


 充電を待つ間に獅子狼はアルバムを開いてみた。


懐かしい高校時代の姿がそこには写っていた。


どれもこれも懐かしい写真ばかりであった。

 そこには近年、忘れていた青春があった。


 ただ純粋に野球に打ち込んでいた青春が。


 天賦を才能に恵まれた同級生がいたために1年生の時点でレギュラーピッチャーの座は諦めざるを得なかった。


 努力でどうにかなるというものではない程の格の違いがある同級生が目の前にいた。


 それでも野球が好きだから控え投手としてエースに楽をさせてやれたら本望と思っていた2年間だった。


 そんな考えを抱き、直向きに努力を続けることができたのはアッちゃんとのメール交換があったからであった。


 自分、一人では誰かのために努力しようとか思わなかったし、たとえ思っても継続はできなかったはずである。


 獅子狼は自分の性格が、努力家でもないし意志力も弱い方であることもわかっている。


 アッちゃんのメールで触発され、日の目を見ることがなくてもいい、後悔しない高校野球生活を全うしたいと毎日毎日必死に汗を流し続けた。


 それが太ちゃんが事故を避けようとして手首を骨折し急遽先発のマウンドの立つことになり俺の人生は大きく変わった。


 チームの大ピンチに際し、俺が結果を残せたのは純粋無垢に野球が好きで不断の努力を続けたからだった。


 それを、有名になったことで一流と勘違いして努力を怠れば後の結果は分かりきっている。


 そんな単純なことにも気づけないほど俺は慢心していた。


あれほど親身に助言してくれた監督、コーチ、先輩の言葉を聞こうともしなかった。


本当に俺は何てバカだったのか。


 そんなことを考えていると30分が過ぎていた。


『もう大丈夫かな』

と思って獅子狼は、ガラケーの電源ボタンを押してみた。


 「動いてくれよ」獅子狼は声に出して願った。


すると小さな液晶画面が明るくなっていき電源が入ったことがわかった。


「やった~ラッキー」と獅子狼は呟いた。


 そこには数知れないほどのアッちゃんとのやりとりをしたメールが出てきた。


 まず最後のメールだろうと思われるメールを開いて見た。


 「これ以上メールするのもご迷惑のようですので、このメールを最後にしたいと思います。


獅子狼さんとのメールのやりとりは、私にとって青春そのものでした。


長い間ありがとうございました。獅子狼さんが投げる試合は全試合見て、録画しています。


いつまでもご活躍され球史に残るような投手になって頂くよう祈念しています。


本当にありがとうございました」とあった。


 機種変更をしてアッちゃんとは切れたと思っていたが、俺はその前にアッちゃんと切れていたんだ、ということを改めて知る獅子狼だった。


獅子狼は、着信があった時にこの文を読んだはずだが、まったく内容は覚えていなかった。


ひょっとしたら慢心していた俺はアッちゃんのこの最後の文さえ呼んでいないのかもしれない、とも思った。


 『アッちゃんはどういう気持ちで、この文面を打ったんだろう』と思った時、獅子狼は胸が激しく締め付けられて罪悪感でいたたまれなくなった。


そんな酷いことされていながらアッちゃんは、落ちぶれた俺を見捨てず暖かい手を差し伸べてくれた。


 『何で、こんなに最低な男の俺なんかに……』


獅子狼の目から涙が溢れ出て来た。


 遡って一つ一つ読んでいく。


 1軍で活躍して有頂天になっていく俺を心配し、足下を見つめ直させようという悲痛なまでの文面がそこにはあった。


 天狗になっていた俺はそれを疎ましく思ってメールを見なくなっていたことを思い出してきた。


 アッちゃんからのすべてのメールを見直し終わった時は3時間が経過していた。


 『アッちゃんは、本当に俺のことを考え、心配してくれていたんだ。


浮かれて道を踏み外して行く俺をどんな気持ちで見ていたんだろう…………』


それを考えるとまた涙が出てくるのだった。


 すべてのメールを読み終わった獅子狼の頭の中で、ずっと疑問に感じていた事柄の答えがハッキリと見えていた。



【獅子狼と五月 】


 日本シリーズが終わりMVPに選出された獅子狼は五月がキャスターを務める夜のスポーツニュースにゲスト出演した。


もう一人、スペシャルゲストとして史上最年少で三冠王を取った太陽もいた。


 番組は2回撮りで、最初の収録は太陽がメインで太陽の華々しい活躍を映像で振り返りながらトークで盛り上がって行った。


 1本目の収録が終わり、休憩を挟んで2本目の収録が始まった。


 2本目は獅子狼がメインであった。


 番組は、獅子狼の高校時代の甲子園での活躍シーン、ドラフトの様子と指名後のインタビューの模様、入団1年目の活躍シーンと続いていき、光を失っていく過程も映し出されていった。


 そしてスポーツ新聞に小さく載った「自由契約」の記事が画面いっぱいに映された。


 「誰もが、これで天翔選手は終わったと思ったはずですが、天翔選手ご自身は終わってはいない、と思われていたのですか?」


と五月が質問した。


 「いやぁ、私も終わった、と思っていました。野球に対する情熱も切れていました。


自分なりには、よくやったと思ったし、高校時代はここにいる天才投手の桂投手の控え投手でしかなかったことを考えれば出来すぎだった、と納得した部分もありました」


 「天才投手? まあ自覚はしていましたね」

太陽が戯けてチャチャを入れた。


 「それなのに、天翔選手は戻ってきた。それも魔球と言われる程のフォークボールを身につけて。


そうさせた原動力はなんだったんですか」


五月のこの質問を受けて獅子狼は、少し間を取り、そして


「高校時代から、私を励まし支え続けてくれた、ある女性の助けがあったからです」


と応えた。


 「何か、ロマンチックな話のようですね。良かったら話していただけますか」


と男性キャスターが言った。


 「はい。私が高校1年の時です。突然、知らない名前の女性からメールが来たんです。


何でも適当に思いついたアドレス先にメールを打って返事が来るかどうか、という遊びがその子の学校で流行っている、そうで、それがたまたま、私のアドレスだったということでした」


 「それで、メールのやりとりが始まったわけですか?」


 「そうです。当時、私は女性の友達がいなくて、その相手は同い年の女子高生というのですぐに喜んでメールのやりとりをするようになりました。


ちなみに、みなさん、もうご存じかも知れませんがサクパンこと桜澤アナは私の幼なじみで高校も一緒、野球部ではマネージャーをやっていた関係です」


 「へぇ、そうなんですか。初めて知りました」


と本当に驚いた様子の男性キャスターだった。


 「隠すつもりはなかったんですが、ことさら私から言って回るのもミーハーな感じがしたので」


と五月は釈明した。


 「それでそのメル友とはどうなったのですか」


 番組スタッフが知らないところで、この番組が注目を集め始めていた。


 「チーフディレクター、これを見てください」


そう言って局員がスマホを示しながらディレクターに寄ってきた。


 それは獅子狼のSNSであった。


「本日の私のスポーツ特番でドッキリを決行します。テレビ公開求婚(プロポーズ)です。


皆様、生で私が失恋するところをご覧いただき番組終了後、慰めの大炎上をお願いします」


と書かれていた。それに対して


「えっ、誰に?」

 「まさかサクパン?」

「それはないだろう」

 「いや、わかんないぞ」

「そんなのだめ。サクパンはみんなのものだぞ。渡さない」

「サクパンが相手するわけないだろう」


等々、興味津々の書き込みが相次ぐのと同時に


「復活早々、もう天狗か ?」

「そんな暇があったら来シーズンに向かってトレーニングをしろ。また首になるぞ」


等々非難書き込みも興味派と同じだけ書き込まれて行っていた。


 「おい、これはこの番組史上最高視聴率、いや今月、今年の最高視聴率をたたき出せるかもしれないぞ。気合いを入れて行くぞ」


とディレクターは周りのスタッフに発破をかけた。


 外ではそんな騒ぎになっているとは知らずに番組は淡々と進んで行っていた。


 男性キャスターが


「そこで、当番組は天翔投手が話してくれた恩人と感謝しているアッちゃんさんを探しました。


天翔投手、向こうのゲートをご覧ください。

果たして、このカーテンの奥にアッちゃんさんの姿があるのか……」


男性キャスターが場を盛り上げようと声を張った。


 緊迫感を作りたいというプロデューサーの意図でカメラマン等番組スタッフは大雑把な台本しか与えられていなかった。


だから、この先がどうなるのか誰も知らなかったためにスタジオに緊張感が走った。


 「それはコマーシャルのあと、ハッキリします」


と民放、お約束の引き延ばしを入れた。


 CM中、番組スタッフは番組台本を確認する。


ここまでの段取りは書かれていたが、その先はアッちゃんが出てきた場合と出てこなかった場合の両方が併記されていた。


 ここからがMCの腕の見せ所と男性キャスターはペットボトルの水を2、3口飲み込み、ふっと息を吐き出し気合いを入れ直した。


 五月は、関心なさげに無表情で台本の確認をしていた。


 獅子狼と太陽は、これからの進行を楽しむように、にこやかに談笑をしていた。


 「CM開け、10秒前」

ADの声が響いた。

 5…4…3…2…1、ADは指を折りカウントダウンを行った。


 「さぁ、改めまして天翔選手、このカーテンの向こうからアッちゃんさんが出てきたらどう声をかけますか……?」

と、五月が聞いた。


 「これまでの感謝の気持ちを伝えたいと思います」と獅子狼は、淡々と答えた。


 「それでは、改めましてゲートをご覧ください。世紀の瞬間です。カーテンの向こうにアッちゃんさんはお出でいただいているのかいないのか……」


男性キャスターの声とともにその瞬間を盛り上げるための音楽と照度が下がったスタジオをミラーボールの明かりが回り始めた。


ミラーボールの明かりが出演者たちの顔に当たっている様子がモニターに映し出されている。


 スポットライトがゲートのカーテンを照らした。


その瞬間の出演者たちの顔をカメラが細切れで抜いた。


 音楽が止むのを同時にゲートのカーテンが上がった。


 が、そこには人の姿はなかった。


 「もうしわけありません。調査に当たったスタッフによれば、あまりに手がかりがなさ過ぎて探しようがなかった、ということでした」


と男性キャスターが調査票を読み上げた。


 それを継いで五月が


「天翔投手からの情報で判明していたのは「天翔投手と同じ歳」「女子校に通っている」だけで、女子校も市内なのか県内なのか、さえわかりません。


 適当に打ったメールアドレスがたまたま天翔投手のアドレスだったということですから県外の女子高生の可能性もあります。


ということで調べようがなかった、というのが当番組の調査結果でした。天翔投手、すみません。期待してご覧になっている視聴者のみなさま盛り上げてすみませんでした」


申し訳なさそうに頭を下げて述べた。


 その瞬間、ネット上では

「何だ、それ。責任者出てこい」「求婚はどうした」

「テレビで炎上商法か。視聴率詐欺」

等々批判の書き込みが殺到していた。


 そんなネットの盛り上がりをよそに番組は続いていた。


 「天翔投手、期待させてすみません。ひょっとしたらというお気持ちはありましたか?」

と五月が聞いた。


 「いえ、あのカーテンの向こうにアッちゃんが来られないことはわかっていました」


 「えっ? 、それって天翔投手はアッちゃんさんについて、我々に話していない情報をお持ちだったということですか」


男性キャスターが食いついてきた。


 その問いには答えず「あのう、ちょっといいですか」と獅子狼は発言を求めてた。


 男性キャスターは編成室のディレクターに視線をやりディレクターが頷くのを見て


「え、えぇ。大丈夫です」


と応えた。


 「番組関係者の皆さん、今、テレビをご覧の皆さん、本日は私なんかのために特別番組を放送していただきありがとうございました。


今、こうして自分がテレビに出て話しているなんて昨年秋に自由契約になった時には夢にも思えなかった僥倖に夢心地の気分です。


それも、すべて落ちこぼれて捨て鉢になっていた私に現実を直視させてくれ、その原因の自覚、現状を打破するために何をすれば良


いかの自己分析、分析に基づき復活のための活動への環境作り、後押し、私の活動と現状の球団への


情報提供、これらすべてを行ってくれたメール友達、アッちゃんのお陰です」


 その時、ディレクターが


「オイ、3番カメ、サクパンのアップだ。画面を天翔とマチパンの二分割画面にしろ」


と指示を出した。

 二人の顔のアップがモニターに映し出された。


男性キャスターは、それに気付いたが、五月は正面に視線を固定したままでありモニターには気付いていなかった。


 「私は、貴女のお陰で復活するぞ、と確固たる信念を持つことができ厳しいトレーニングに日夜、取り組むことができました。


その結果、こうしてプロ野球選手として復活でき球団にも恩返しが少しはできました。


私は、一目、貴女に会って直接お礼が言いたいとずっと思って来ました。


でも、貴女は私の前に姿を見せようとはしなかった。


なぜ、貴女は会ってくれないのか、私はずっと考えていました。


そんな中、日本シリーズも終わり、先日に高校時代からプロで活躍できていたころまで使っていたガラケーを見つけました。


幸いにも、そのガラケーは活きており、高校時代のアッちゃんとのやりとりを見ることができました。


プロに入ってからもアッちゃんに励まされて頑張っていたことを思い出しました」


淡々とカメラに向かって語りかける獅子狼の言葉を聞いていた五月の瞳から涙が零れ落ちるのをカメラが写しだしていた。


 慌ててそのしずくを五月は拭ったが瞳は涙で潤んでいた。


 「それなのに天狗になった私は、貴女を疎ましく感じ始めてからは貴女を無視し始めたことから貴女も私から離れていった。


その後慢心し野球への直向きさを失うという自業自得で私はプロの世界から去らなければならなくなりました。


そんな私に貴女は見捨てることなく戻って来てくれました。


いや、貴女はいつも側にいてくれたのに私が勝手に離れて行っただけだったんですね。


私は、この場を借りて、貴女にプロポーズをしたいと心に決めて今日の番組に来ました……」


 獅子狼の口からプロポーズという言葉が出た瞬間、五月の表情が揺れたのが画面を通して全国に流れていた。


 獅子狼は右のポケットから指輪ケースを取り出して歩き出した。

番組スタッフは思いも寄らない展開にざわついた。


 「おい、全カメ、一瞬たりとも取り損なうなよ。世紀の瞬間だぞ」


とディレクターは叫んだ。

 獅子狼は五月の前に立った。


 「アッちゃん。いや、五月ちゃん…… 今までありがとう。

五月ちゃんには感謝しかありません。

また、天狗になって道を踏み外すかもしれませんが、それを防いでくれるのは五月ちゃんしかいません。

こんな私ですが一生を通じて、感謝の気持ちのお返しをさせてください」


獅子狼は五月の目を見て言った。


 五月の瞳からは、必死に堪えていた涙が零れ落ちた。


 「五月ちゃん、好きです。大好きです、結婚してください」


獅子狼はそう言うと手にした指輪ケースの蓋を開けて五月に差し出した。


 スタジオ中が水を打ったように静まりかえった。


 五月は、獅子狼を見つめたまま動かなかった。

そして深々と頭を下げた。


 『えっ? ゴメンなさい?』

『うそだろう』


その場で撮影をしているスタッフ、関係者、そしてテレビを見ていた全国の視聴者のため息が聞こえるようだった。


 五月は、深々と下げた頭をゆっくりと上げた。

そして


「ありがとう。昔からずっと好きだった。大好き」


と言って獅子狼に飛びついたのだった。


 その瞬間、スタジオにクラッカーの音がパン、パン、パンと鳴り響いた。


 太陽が準備していたクラッカーを鳴らしたのだった。


太陽は、獅子狼に駆け寄り


「馬鹿野郎。気付くのが遅すぎるんだよ。俺が6回も失恋した時に気付けってんだよ」


と頭を小突く仕種をした後、五月に方を向き


「委員長こんな鈍感な奴に惚れるから、こんなに手間がかかり苦労するんだぞ。俺にしとけば、こんなに遠回りしないで済んだのに……。でも本当に良かったね。おめでとう」


と言うと五月に手を差し出した。


 五月は「ありがとう」と言うとまた涙ぐんだ。

それを見ながら獅子狼は幸せそうな顔をしていた。


 人気ナンバーワン、アナウンサーへの日本シリーズMVPからの公開プロポーズを翌日のスポーツ紙は一面で伝え、朝からワイドショーも、この放送を詳しく報じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る