第24話 独裁者の帝国
惑星ユーフォーラ。
七つの惑星からなるアリュース星系の第五惑星であり、水に覆われた青い星である。
そこに存在する国家は一つ。ユーフォーラ唯一の大陸であるガイア大陸に、ユーフォーラ王国はあった。
しかし、その名は今では少し違う。
ユーフォーラ帝国。四十日ほど前の反乱の後、この国の名は、そう変わった。
治めるのは、エルマムド・ラーダ皇帝。絶大な権力で、独裁を欲しいままにしている。
エルマムドは今日も、華やかな私室で、最高級のワインを口にしていた。
飾り立てられた部屋だ。前国王ストーラ・アム・ライバーンの頃の部屋とは、比べものにならない。水晶でできたシャンデリアに、金の刺繍の入ったカーテン、柔らかな毛並みの絨毯。純度の高い黄金でできたテーブル。壁には著名な画家の手になる名画がいくつも飾られていた。豪華すぎてかえって悪趣味な感じだが、エルマムド自身はこの部屋を気に入っていた。
「ふう…」
甘い香りを含んだ息が、エルマムドの口からこぼれる。その目は、ワインと、自分が手にした権力とに酔っているようだった。
「…で、ライロックはまだ見つかっていない、と…?」
エルマムドはゆったりとしたソファに深々と座り、ワインの残ったグラスを弄びながら、自分の前に跪く初老の男に尋ねた。
オサミス・フロー。エルマムドの参謀役であり、今ではユーフォーラ帝国の宰相となっている。
「は…少なくとも、この星系にはいないものと思われます。星系中の惑星に指名手配しておりますが、何の報告もありませんので…」
「そうか…」
エルマムドは残ったワインを一気に飲み干すと、グラスを黄金のテーブルに置いた。
「星系外に逃げたか…。ま、所詮は小僧だ。そう気にすることもないがな…」
「御意に。万が一この星に戻って来たとしても、一人では何もできますまい」
「うむ…問題外ということだな。むしろ気になるのは、反逆者共のほうだが…このところは、大人しいな」
「は。街中に兵士を放ってからは、連中も迂闊に動けなくなったようです。以前起こったような暴動はありません」
「ふむ…しかし、油断は禁物だぞ。嵐の前の静けさと言うからな。何か企んでいるのかも知れぬ。連中の中に紛れ込ませたスパイから、何か聞いていないのか?」
「は…そのことですが」
オサミスは一度咳払いをしてから、話を続けた。エルマムドは、二杯目のワインを侍女に注がせる。
「先程、スパイから報告がありまして、近く、大規模な反乱が計画されているようでございます。おそらくは、モロー閣下のご訪問の際になるかと…」
「なるほど…私とモロー、二人を同時に暗殺するつもりか。連中も、私の反乱の裏にあの男がいたことに気づいたか…」
愉快そうに笑って、エルマムドはワインを口に含んだ。
「いかが計らいます、皇帝陛下?」
オサミスの問いに、エルマムドはニヤリと口角を吊り上げた。
「決まっておる。その機にこそ、逆に反逆者共を一網打尽にしてやるのだ。モローならば、良い策を提供してくれるであろう。明日にでも、モローに通信を入れるぞ」
「はっ」
オサミスが頭を下げる。エルマムドは、グラスを掲げた。シャンデリアからの光が、グラスに反射する。エルマムドにはそれが、栄光の輝きに見えた。
「ようやく手に入れた玉座だ…そう簡単に手放すわけにはいかぬわ…」
薄く金色がかった液体が、グラスの中で輝きながら揺れている。それをうっとりと見つめながら、エルマムドは歪んだ笑みを浮かべた。
権力は、人を醜悪にする。
そんな言葉が当てはまるような顔だった。
科学と芸術の共存。
ユーフォーラの首都アスリーンは、それを実現している街だった。
白く聳え立つ美しい王城を中心に、街は円状に広がっていた。白を基調とした色の建物が整然と建ち並んでいる。といっても、小惑星都市ウォーレルのようにぎっしりと詰まっている訳ではなく、建物と建物の間には、ある程度の間隔が開いている。また、それぞれの建物も高さはそれほどなく、せいぜい四階建てが上限だ。そのため、街には充分に陽の光が行き渡り、また空気の流れも良い。窮屈に感じない、快適な街並みだ。
街中のいたるところに広場があり、そこでは噴水が澄んだ水をたたえている。また、大理石や石膏で造られた美しい彫像も立っており、人々の目を楽しませる。大通りに面した建物にも、様々な彫刻がなされており、街全体が美術館のようだった。
かと思えば、他惑星から来た宇宙船の停まる巨大な宇宙港もあれば、反重力システムを利用したフライング・カーが街を行き来し、人々はカードであらゆる買い物を済ませる。
科学の発展した大都市ではあるが、住み心地の良さ、快適な生活を重視して造られている街。ある意味では、楽園とも言えるだろう。
その美しい都市に、主が帰って来た。
現在ここを支配している皇帝ではない。代々この国を平和に統治してきた、ライバーン家の血を引く、正統なる王位継承者だ。
ライロック・フォン・ライバーン。
彼は、帰って来た。強大な権力を盾に、思いのまま政治を行っているであろう独裁者を倒し、そして、人々をその独裁の下から救い出すために。
ライロックは、彼を助ける四人──トレジャー・ハンターのロードとそのパートナーのローラ、同じくトレジャー・ハンターのカールス、そしてライロックの護衛役の剣士セレナ──と共に、宇宙港を出てきた。
ライロックの髪は、茶色く染まっている。また目を、黒縁の眼鏡が覆っている。服装は白いシャツにジーンズという、ラフな格好である。一見しただけでは、ライロックその人だとはわからない。まるで、平民そのものだ。
これは、ロードの発案である。この星系に来る途中で小惑星都市ウォーレルに立ち寄り、これらの衣装を揃えたのだ。
面の割れた者が敵地に潜入する際には、変装が常識。これが、ロードの意見だった。
もちろん、セレナも紅く長い髪を帽子の中に隠し、サングラスをかけ、旅行者のような軽い格好に着替えている。従って、ヒート・ソードは腰に差していない。肩から掛けた黒いギター・ケースの中に、こっそりと忍ばせていた。
この国の宇宙港では、科学のある程度発展した大抵の国がそうであるように、武器を身につけていても取り上げられることはない。護身用に武器を持ち歩くことは、違法となっていないからだ。とはいえ、旅行者の格好をしていては、銃はともかく、ヒート・ソードは大袈裟である。剣は、護身用にしては強力すぎるのだ。そういうわけで、セレナはヒート・ソードを隠し持つことになった。
ロードとカールスは、トレジャー・ハンターという身分を明かしたため、ヒート・ソードの携帯を怪しまれることはなかった。トレジャー・ハンターの多くが武器としてヒート・ソードを持つことは、この星でも知られていたのである。
とにもかくにも、ライロックは、ユーフォーラの王都に降り立った。ライロックの表情には、故郷に帰って来た懐かしさと、エルマムドとの対決が迫っているという緊張感が混ざり合って出ていた。
街に出てまず気がついたのは、街を巡回する兵士たちの姿だった。
ヒート・ソードを腰に差した、緑色の軍服を着た兵士たちは、街のあらゆるところにいた。
その兵士たちのおかげで、街の美しくゆったりとした雰囲気が乱されていた。兵士を見つけると、楽しそうに話しながら歩いていた人々も、怯えるように兵士を避けてゆく。
大通りを歩きながら、ロードはそっとライロックに耳打ちした。
「おい、この街はいつもこんなに兵隊が歩き回ってるのか?」
「…いいえ」
ライロックは厳しい顔で首を振った。むろん、声は押さえて。
「確かに、警備隊の巡回はありましたが、兵士を街に出すことはありませんでした。しかも、こんなに多くの…」
「てことは、これもエルマムドって奴の仕業か」
脇を通り過ぎる兵士を一瞥してから、カールスが言った。
「あんまり、いい政治はしてないみたいだな…」
兵士を街にばらまくということは、権力に逆らおうとする者を抑えようとしているということだ。つまり、今の政治に不満を持つ者がいるのである。従って、エルマムドが善政を敷いていないであろうことは、容易に想像ができた。
「武力で国民を抑えなきゃならねえんだから、ロクな政治はしてねえよ」
ロードは鼻を鳴らした。
ローラは、クスリと笑った。
ロードは、自由を制限されるのは大嫌いなのだ。力でねじ伏せられるのは、特に。だから、兵隊が街を巡回し、市民を圧迫するような光景は、ロードにとってはたまらなく嫌なものなのだろう。むろん、ローラたちもこの光景を快く思ってはいない。
しばらくロードたちは、兵隊のうろつく大通りを歩き続けた。そこでライロックとセレナは、また異常に気づいた。
大通りに面した店が、いくつも閉まっているのだ。ただの定休日ではない。シャッターが下りている店もあれば、出入口の扉に角材を打ちつけた店もある。ショー・ウィンドウを覗いても、中には何もない。商品が並んでいるはずの棚は空で、埃が積もっていた。
完全に閉店している。しかも、営業を止めてしばらく経っている。
大通りに面しているから、人目につきやすく、客の入りも、よほど評判が悪くない限りある程度あるはずだ。店を閉めなければならないほど、利益に困るとは思えない。しかも一軒だけならともかく、そういった店がいくつもあるのはおかしかった。
大体、ここ王都アスリーンでは事業に失敗した話など、滅多にないのだ。万が一経営上の危機に陥っても、王城に申し出れば、ある程度の援助はしてもらえる。だから、ライロックとセレナは不信感を持った。
「これも、エルマムドの悪政のせいか…」
「援助金制度を廃止したのでしょうか…」
街は、変わっていた。表向きは住み心地の良い、人々の賑わう街のままだが、少しずつ変わっていた。悪い方向に向かって。
(王都でこの有様なら、他の街では…)
王都よりも閉店した店が、ひいては失業者が多いかもしれない。いや、ほぼ確実に増加しているだろう。ライロックは、一刻も早くエルマムドを倒さねばと思った。
少しすると、広場に出た。中央に噴水がある、広々とした場所だ。
入口のところに「天使の広場」という看板が立っている。なるほど、噴水の中央には背中に翼の生えた少女の彫像が立っていた。
ライロックたちはとりあえず、噴水の側のベンチに腰を下ろした。
今日は快晴。白い綿雲の漂う、気持ちの良い日だ。ローラは空を仰ぎ、ウーン、と背伸びをした。
「ふうっ…どうするの、これから?」
「そうですね…」
ライロックは、腕を組んで考えた。
「いくら何でも、昼間に攻め込むのは無謀だぜ」
カールスが言う。
「殺るんなら、夜だな。王城に忍び込んで、エルマムドを殺る。そんなところかな」
「…本当に殺すの?」
ローラが表情を曇らせて尋ねた。
ローラは人の死を極端に嫌う。それがたとえ悪人であってもだ。だからロードやカールスが暗殺という言葉を使った時、内心、心穏やかではいられなかったのだ。
「状況次第だな」
と、ロードが答える。
「エルマムドが大人しく降参してくれれば、何も殺す必要はない。けど、あくまで抵抗するなら、その時は…」
「殺るしかないってわけだ」
カールスが親指を立てて、首をかき切る仕草をする。ローラはそれを見て、ビクッと肩を震わせた。
ロードはそんなローラの肩に、軽く手を乗せる。
「ローラ…お前の気持ちはわかるけど」
「うん…」
ローラは曖昧に頷いた。割り切れない、という顔だった。
「ところでよ」
ロードが話題を変えた。
「どうやって城に忍び込む? まさか正面玄関から堂々とってわけにはいかねえよな」
「それには考えがあります」
そう言ったのはライロックだ。
「謁見の間から王城の外に出る秘密の抜け道があるんです。それを逆に辿れば、王の私室の側に出られます」
「なるほど。そうすりゃ、エルマムドと御対面ってわけだ」
カールスが不敵な笑いを浮かべた。右手は、無意識にヒート・ソードの柄を握っている。
「よし、決まりだな。今夜にでも、訪問に行こうぜ。そしてエルマムドをとっ捕まえるか殺すかして、ライロックが王位宣言をする。これで、万事解決だ」
「そううまく行くでしょうか…」
セレナが、不安そうな瞳をロードたちに向ける。エルマムド暗殺に賛成はしたものの、やはり味方がこれだけでは心配なのだろう。
無理もない。城に忍び込んで敵の首領を襲撃するというのは、一種の賭けである。もしも城内の兵士に見つかろうものなら、少数では太刀打ちできない。一度きりのチャンスだ。
だが、こういう暗殺──まだ殺すと決まってはいないが──は意外に成功するものだと、ロードやカールスは楽観的に考えていた。
「大丈夫だよ、大丈夫。うまく行くって。エルマムドの運命は、今夜限りさ」
カールスが親指を立てて見せた。ロードも自信ありげに頷く。
と、その時。
広場にいた人々が、小さな悲鳴を上げた。
TREASURE HUNTER~反逆の王子~ KEEN @SORA-KEN
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