第23話 出立

 次の日から、ロードとカールスは宇宙艇アルークの修理に取り掛かり、一日中汗と油にまみれていた。

 アルークの破損状態は思ったよりひどかった。メインエンジンは大部分の部品を交換しなければならないほどに焼け焦げていた。また、操縦系統も、かなりのコードがショートして焼き切れている。全方位レーダーもイカれていたし、次元航行システムも沈黙、着陸用のフックも作動しない状態だった。

 要するに、アルークにおいて無事だったのは、コンピュータと通信システム、それに寝室のベッドくらいのものだった。完全に修理するには、ゆうに一ヶ月、飛べるようになるだけでも、二週間は必要と思われた。

 初めの三日間は、装置類の隙間に入り込んだ砂を洗浄機で吸い取るのに四苦八苦していた。ロードなど、何度愚痴をこぼしたかわからない。投げ出してしまいそうになったことも一度や二度ではない。だがその度にローラに窘められ、しぶしぶ作業に戻ったものだった。ローラも、メカのことはよくわからないまでも、できる限り修理を手伝っていたので、文句も言えなかった。

 クレイ族の人々は、ロードたちの食事を作ってくれたり、機械の洗浄に必要な水を汲んで来てくれたりと、喜んで協力してくれた。特に子供たちは、宇宙船はおろか、自動車すら見たことがなかったので、初めて目にする文明の利器に興味津々で、その場にいたいがために、手伝うことはないかと何度も聞いてきた。

 その間、ライロックは来たるべき王位奪還の日に備え、セレナに剣の稽古をつけてもらったり、政治学を教わったりしていた。

 ライロックは、日に日に、王になる決意を固くしていった。

 そうして、飛ぶように時は過ぎ、アルークの修理を始めてから二十日が経った。

 この前の日に、ようやくアルークの修理が終わった。今日は、惑星ユーフォーラへの出発の日なのである。

 だが、ロードたちはすぐには発たず、陽が天頂に達しようかという今、クレイ族の街の広場にいた。

 そこには、ロードたちだけではない。クレイ族の人々も、大勢集まっていた。

 広場の中央に、ロードとライロックが向かい合って立っている。二人とも、訓練用の剣を持っていた。

 試合である。ライロックは、ロードに剣の試合を申し込んだのだ。自分の力量を知るため、エルマムドを倒せる力がついたかを知るために。

 二人は剣を構え、静止した。ライロックは、ゴクリと唾を飲む。果たして自分の剣術は、ロードにどこまで通用するか。

「はじめ!」

 セレナが、左手を真っ直ぐに挙げて叫んだ。同時に、ロードとライロックは、互いに間合いを詰めるために駆け出した。

「たああッ!」

「はあッ!」

 甲高い音。

 最初の一撃は、互角だった。お互いの剣が交差し、ギシギシと音を立てた。

 ロードが力任せに剣を押してきた。ライロックは押し切られる前に素早く後ろに跳び退く。力では勝てない。それを承知しているがゆえの対応だ。

「へえ」

 ロードはちょっと感心した。

 いったん後退したライロックが、再び向かってくる。ロードは今度も受け止めようと、剣を横に構えた。

「てええッ!」

 ライロックの剣が振り下ろされる。ロードはそれに対し、真横に剣を振るった。だがライロックは、途中で剣を止め、素早く引いたかと思うと、鋭い突きを繰り出してきた。

「くっ!」

 ロードはこのフェイントに驚いたが、地面を蹴って後退し、辛うじてこれをかわした。

 間髪入れず、ライロックが縦横に剣を振るってくる。ロードは後退しながら、それを剣で受け流していた。

「てえッ! はあッ!」

 ライロックは、休みなく攻め続けた。ロードは反撃の機会を見つけられないのか、防御に徹していた。

「すごい…」

 ローラが、思わず洩らした。あのロードを、一方的に押している。カールスも驚きを隠せない。それほど、ライロックの上達ぶりは大したものだった。

「やあッ! たあッ!」

 ライロックの攻撃が続く。ロードは後退を続け、とうとう見物人の輪のすぐ側まで来てしまった。ロードは少なからず驚いていた。

(こいつは、遊んでられねえ…)

「はあッ!」

 ライロックが突きを繰り出した。それは咄嗟に首を曲げたロードの側頭部を掠め、栗色の髪を何本か、宙に舞わせた。

 これが、ロードを本気にさせた。ロードの目が、カッと見開かれる。

「でああッ!」

 ロードはライロックの一瞬の隙をついて、強引に攻撃に転じた。ロードの剣は信じられない速さでライロックの剣を直撃し、それを弾き飛ばした。ライロックは衝撃で、思わず地面に尻餅をついた。

 おおっ、と、周りがどよめく。ライロックの剣は回転しながら、後方の地面に突き刺さった。

「そこまで!」

 勝負はついた。ロードの勝ちだ。ライロックは二、三度目を瞬かせてから、ゆっくりと立ち上がる。

「王子!」

 セレナがライロックに駆け寄った。ローラも走って来る。

「大丈夫ですか、王子?」

「あ、ああ…」

 ライロックの口調は、まだおぼつかなかった。一瞬の出来事に、まだ戸惑っている。

「やりすぎよ、ロード」

 ローラが言った。ロードは答えず、ライロックに歩み寄った。

「ロードさん…」

「強くなったな、ライロック」

 ロードは笑顔を見せた。そして、剣を持っていない左手を差し出す。ライロックは嬉しそうにその手を握った。しっかりと。

 カールスが、手を叩いた。それを機に、周りの人々も拍手を始めた。口笛や、歓声も混じっている。皆、ライロックの健闘を讃えているのだ。

 ライロックは、照れたように微笑んだ。ロードが、ライロックの肩に手を置く。

 その手から、ロードはライロックの肩の筋肉を感じ取っていた。以前よりも固い。かなり鍛えられたようだと、ロードは思った。

 これなら、王位奪還も不可能ではないかも知れない。ロードは、もう一度笑んだ。ローラはそんなロードの目に、弟を見る兄の目を連想するのだった。

 拍手と歓声の中、ロードとライロックは顔を見合わせ、笑い合った。



「また、いつでも来てくれ。一族を挙げて歓迎するよ」

 クレイ族の若き族長バド・サーラは、カールスと握手を交わしながら言った。

 カールスは、笑顔で頷いた。

「しっかりやれよ、お前も」

「ああ。これからも、みんなでこの街を守ってゆくよ」

 そう言うと、バドは握手する手に力を込め、やがて放した。それから、隣に立つロードの手を握る。

「本当に、ありがとう。お元気で」

「ああ、お前もな」

「ローラさんも、それにライロック君、セレナさんも、どうかお元気で」

 ローラとライロック、セレナはそれぞれ微笑み、頷いた。

 シュルクルーズとアルーク。二つの宇宙艇の前に、人々は集まっていた。いよいよ旅立つ、ロードたちを見送るためである。

 皆、口々に別れを惜しむ言葉を掛けてくる。子供たちは、一緒に連れて行ってくれとせがむのを、母親に止められていた。

「さて、行くか」

 ロードが言うと、カールスたちは頷き、それぞれの宇宙艇へと向かった。

「また来て下さいね、ロードさん!」

 シーアが手を振る。ロードは振り向いて、軽く片手を挙げた。シーアは、少し寂しげな笑みを浮かべていた。ローラはそれを見て、シーアの気持ちを悟った。

(ごめんね、シーア)

 ローラは、心の中で呟いた。

 その頃カールスは、一人の少女に背中から抱きつかれていた。カールスはその少女のほうに向き直ると、不器用にその短い髪を撫でた。少女は寂しげに微笑んで、カールスの頬に口づけした。

 それから二人は離れた。少女は涙を散らしてどこかへ駆けて行き、カールスはアルークに乗り込んだ。

 それから程なく、ロードはシュルクルーズの、カールスは念願のアルークの操縦席に座った。ローラはロードの隣の席に腰掛け、セレナとライロックはシュルクルーズの休憩室に腰を落ち着ける。

「さあ、久しぶりの宇宙に出発だ。遅れるなよ、カールス」

 ロードが言うと、通信機からカールスの怒ったような声が返ってきた。

『俺のアルークを馬鹿にするなよ。そっちこそ、ちゃんと飛べよ』

「フン」

 ロードは笑いながら鼻を鳴らし、操縦桿を握った。

「ティンク、垂直上昇!」

『了解』

 砂を巻き上げ、シュルクルーズはゆっくりと浮き上がった。続いて、アルークも上昇を始める。クレイ族の人々は、感嘆の声を上げた。子供たちはキャッキャッとはしゃぐ。

 二機の宇宙艇は、空高く上昇を続ける。手を振るクレイ族の人々が、小さくなる。

「あばよ、バド、シーア…それに、ティラ」

 カールスは、そっと呟いた。ティラとは、あの髪の短い少女の名である。いい娘だったな、と今更に思う。だがカールスは一匹狼を貫くと決めているから、彼女を連れて行くことはできなかった。

「俺は、銀河を駆けるトレジャー・ハンターなんだ」

 少女への想いを吹っ切るように、カールスはそう自分に言い聞かせた。

 二つの空飛ぶ機械は、もう点にしか見えなくなっていた。

 バドはそれでも、その点が完全に見えなくなるまで、空を見つめていた。

 感謝の思いと、別れの辛さを噛み締めて。

「ありがとう…」

 バドはそう呟いた。

 視線を下ろし、自分を呼ぶ妹に軽く手を挙げて応え、街へと戻ってゆく。

 砂漠の風は、今日も暑い。

 バドは、陽の光が眩しい青空を、もう一度見上げた。

 どこから来たのかも言わなかった、頼もしい戦士たちは、もう見えなかった。

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