第34話 ひずみを迎えて ②
雲が落ちてきた。よく見ると雲ではない。雲を纏った龍である。長い体に翼が六対、腕が四対。鬼のような顔面に、鋭利な髭が風でなびいている。纏っていた雲を体をくねらせて払いのけると、暗黒の鎧が露呈した。狙いは一人。サメー・ロチカ。
軽量級部隊、名を改め、ウィジック隊は朝食を放り出して素早く戦闘準備に移った。武器を手に取り、空を見上げる。龍は遥か上空で浮遊しているが、その姿はかなり目立つ。
「でかっ」
「しかし、どうやって攻撃してくるんだ?」
ジェイ&アールがつぶやくと同時に、ロチカが言った。
「突進してくる」
「え?」
黒き龍が突然垂直に落下した。鎧が空を切り裂き、速度が上がる。黒い落雷が晴天の空に亀裂を生んだ。
「左右に散れ。当たったら即死だ」全員が懸命に左右に走る。
黒い姿が森の中に隠れて見えなくなった次の瞬間、黒い弾丸がウィジック隊の真横の大地をえぐり去った。巨大な新幹線が通ったかのようだった。
激しい風圧で兵士は吹き飛ばされ、岩石と木々が空中に放り出された。
人々が地面に酷く打ち付けられ、痛さで悶えている間に、龍はもう遠い空にいた。
一瞬の出来事である。何が起こったかわかっていない人も多くいた。地面には、龍が大地を削りながら進んだ跡が遥か後方まで見え、とてつもない速さと威力で地面を滑走してきたことがわかる。
「でかいし、速いし、強いし、遠いし……本当に低級の魔物なのかよ!」
「どうやって倒すんだ。ロチカ」
「簡単だ」
「簡単だと?」
「奴の一撃はとんでもないが、間隔があくんだ。見てみろ、次の攻撃を出さずに空でのんびりしているだろう」
「ただおちょくってるだけじゃないのか?」
「余裕の佇まい」
「うるさいぞ、とにかく、作戦を伝える時間があるということだ。皆、集まれ」
「作戦?」
「あぁ」
「…………」
「は?」
部隊の声が揃った。
この龍は、低級の中でもやや強めの魔物だ。だからその分操る魔法使いの負担も増えてくる。そういったとき、魔法使いは自らの負担を減らすために、その魔物になるべく近いところにいることが多い。魔物の近くにいればいるほど、魔力の使用量を抑えられるからだ。
ロチカは、龍の上に魔法使いが乗っていることを発見した。これはこれで都合がいい。術士さえ倒せれば魔物も消える。
龍の上で魔法使いがささやいた。
「第二撃だ」
龍が再び垂直に落ちる。
ジェイ&アール、ロチカ、キャチュー、ファン、オリーが一カ所に固まった。
「怖い怖い怖い」
「正気な作戦とは思えん」
「一斉のーでで飛ぶぞ、いいな」
「一斉のーでの、で、で飛ぶの?」
「違う、一斉のーで、ハイ、で飛ぶんだよ」
「は?」
「え?」
「ロチカどっち?」
「ミスったら死ぬよな」
「あぁ、風圧で体ごと消されるよ、多分」
「ひぃぃぃ」
「ちょっと、黙って!」
「一斉のーでの、で?」
「くるぞ、くるぞ。もうすぐ見えなくなる」
「え、結局どっち?」
「ロチカ!」
「飛べ!」
全員が手をつないだままジャンプ。ロチカが魔力を込め、皆を飛躍させる。すぐ下を黒い列車が通過、まさに音速。風の強い音。何も聞こえない。
ロチカは得意技である青い網をあらかじめ作っていた。飛び跳ねた瞬間、龍の顔にネットを引っ掛け、自分たちをその中に包む。
目を開けると、大地が遥か遠くに見えた。どうやら龍に乗れたようだ。
「うわぁ!」
「焦るな、ジェイ、アール」
龍の頭をぽっかりと青色の網が包んでいた。その中に全員がいる。ひとまず落ちる心配はない。
龍の頭部に敵の魔法使いがいた。全身黒ずくめ、もはやおなじみの姿だ。ロチカが、昔怪我をさせた仲間らしいということは皆わかっていたが、それ以上は知らない。
キャチューとファンが素早く銃を構えて発射した。敵の魔法使いは青色の盾を創り、防御。その隙に、鎧を足掛かりにしてオリーが龍の側面から接近、殴る。入った。が、魔法使いは倒れずにオリーの腹に向かって隠しナイフを突き刺そうとする。すかさずロチカの防御魔法。オリーの腹を、青い盾が守った。
一進一退。緊張が張り詰める。
「もう一度急降下しろ」
敵の魔法使いが叫ぶ。龍の呼吸はまだ整っていないが、息を荒げながらも承諾したような唸り声をあげた。急降下にロチカの網が耐えられるとは限らない。
「させるか」
勇気を出したジェイ&アール。他四人が魔法使いと戦っている隙に、ひっそりと龍の顔に近づいた。手に取ったのは銃。銃口を龍のおおきな鼻に差し込み、連射、連射。龍の瞳孔が開き、苦しそうにもがく。魔法使いの注意が一瞬龍に向いた。四人で精一杯だったのだ。弱そうに見えたジェイ&アール。確かに見逃したくなる。
一瞬の隙。それで十分。オリーが神速で襲い掛かった。魔法使いに痛烈な一撃を与える。
龍が垂直に落下し始めた。部隊の残された兵士たちは悲鳴を上げる。しかし、先ほどの落下とは様子が違う。龍の体は曲がり、攻撃に迫力がない。
至近距離で放ったキャチューの発砲が、魔法使いにとどめをさした。同時に、龍の息も共に途絶えたようだ。安定感を無くす龍。体がくねりながら地面に向かって落ちていく。
「掴まれ!」
龍が一回転する前に、全員がロチカにしがみつくことができた。ロチカは自分たちのすぐそばまで網を縮ませ、防御膜を作ると同時に、龍の顔に自分たちをより強く固定した。
上下左右の間隔がどこかへ飛んでいった。ジェットコースターに乗ったときのふわっとした間隔が永久に続く。
ロチカだけが意識を保っていた。意識がなくなれば、網も消えてしまうかもしれない。
地面に激突する龍。立ち昇る土煙。震える大地と空気。ウィジック隊の兵士たちは悲鳴を上げた。
墜落地点に駆け寄る仲間たち。地面に食い込んで昇天している龍の傍に、青色の繭があった。仲間が近づくと、繭が一斉に弾け、中には六人の兵士が息を荒げて座っていた。
「作戦通りだな」
ロチカは笑った。
「嘘つけ」
ジェイ&アールが口を揃える。
歓声が溢れた。
トレントンの戦いが終わった後も、軽量級部隊は解散しなかった。誰が言ったわけでもないが、誰も言う必要がなかった。民兵として戦場を駆け続け、調子に乗ってウィジック隊と名前まで変えた。日に日に団結は強まっている。
ロチカを狙う魔物は定期的にやってきた。そのたびに倒す。ロチカは理由を話さなかったが、皆は黙って倒し続けていた。疑心暗鬼はない。それくらいの信頼度は構築されていた。
他の兵士からは、最強の部隊としての名も高い。魔物を倒す集団だ。並大抵のイギリス兵に負けるわけがない。
充実していた。兵士たちは生き生きとしていた。
一つ問題があるとすれば、ロチカの熱が下がらないことくらいか。
そうこうしている内に早一か月。膠着していたニューヨークに動きがあった。イギリス軍が総力を挙げて攻撃する素振りを見せ始めたのだ。
ウィジック隊にも召集がかかる。
ついに本気の戦が開幕する。
アメリカ対イギリス。
魔法使いと独立戦記 shomin shinkai @shominshinkai
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