第10話 証(あかし)

 屋敷は、墓地を出てそこの道を東へ進み、建物が再びその姿を増やし始めた所で、大衆食堂のある十字路を北へ一度曲がり、そのまま真っ直ぐに少し行った先にあった。庶民的な地区だが、父は「こういう所にこそ、私達は必要だ」と常々言っていた。母も「人の笑い声が聞こえるのはいいことじゃないですか。平和な証ですよ」と。


 僕は、その大衆食堂が見える所まで来ていた。


 城や市場側より少ないとはいえ、墓地から屋敷への道もやはり死体しかなかった。見知った顔も時折あったが、全て通り過ぎるだけ。胸は痛むが、そうして横目に過ぎるだけにしないと自分がどうかなってしまいそうだった。血の匂いはもはや麻痺して感じない。


 城や市場で見たような――カラスだけが鳴く静かな通りを進み、十字路を左へ折れた。その際、焼失していなかった大衆食堂の中をチラと覗いたが、皆、食べ疲れたか、酒に酔って眠っているようにしか見えなかった。


 程なくして屋敷が見えた。槍のような黒い鉄柵。


 この先に侍従の彼と妹、そして母がいる。

 再び見なければならない“身近な者の死“に動悸がする。


 これが夢ならば。

 僕が見たのは別人であったのなら。


 後者は薄情とも思える感情だが、しかし、そう思いたくなるほど彼等を見るのは僕には酷だった。逃げ出してしまいたい。あれは別人だったと決めつけてしまいたい。僕の目が潰れていたなら、少しは楽に······。


 そんな感情が巡った――が、竦む足を“父の教え“がなんとか動かした。それは剣の教えではあったが、今の僕には心を支える大きな言葉となった。


『目を瞑るな、目を逸らすな。死はいつだって一瞬の隙を狙ってるんだ』


 一歩、また一歩と進んでいく。視点は彷徨うように揺れそうだが、しかし、やがてしっかりと妹と侍従の彼が見えた。二人は伏せたまま――妹は侍従の彼に庇われ、覆われたような態勢のままだった。


 それからすぐ、二人の奥に母も見えた。

 母も変わらぬままだった。現実は、現実のままだった。


 そしてやはり、母の側には剣が落ちていた。鞘もなく、柄に赤い宝石が埋め込まれてとても実用的と言えぬ代物。それは、初めて父が王家直属護衛剣士の一人として仕えることになった際に栄誉として授かった“宝剣“なのだが、しかし、本来なら玄関フロアの階段先で飾られてあるはずのそれを母が持ち出すなど、今回のことはよほど突然の出来事なのかもしれないと思った。


 あの時、あの瞬間。

 そこに居なかった僕には何ひとつ分からない。


 何があったのか――。


 ただしかし、


「えへっ、えへへ······こいつは高く売れそうだなぁ······」


 いま目の前で起きている事は僕にも分かった。そして僕はこの――側まで行ってもこちらに気付かず、その血で汚れた宝剣を太陽に翳(かざ)しては垂涎しそうな喜びで揃えの悪い歯を見せて肩で小さく笑う、ずんぐり肥えた背中に大きなリュックを付けた、この、口周りに髭を生やした中年の男を、僕はやすやすと見逃すわけにはいかなかった。

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血塗れの聖剣を持って、僕は。 浅山いちる @ichiru_asayama

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