おばあちゃん、ぶぶぶぅっ!

水木レナ

おばあちゃん、ぶぶぶぅっ!

 ペットのヤマトが死んだ。

 ヤマトはシルバータビーのアメリカンショートヘアーの猫だった。

 だけど寿命が来て、十三歳の生を終えた。

「このたびは……。」

 玄関を開けたら動物の葬儀屋さんが丁寧に頭を下げた。

「お受けとりは明日の午前となります……。」

 葬儀屋さんは、私が玄関に用意しておいた大きな箱を開けて、中のヤマトを見せてくれと言った。

 手を合わせて箱を元に戻す葬儀屋さん。

「では……。」

「よろしくお願いします。」

 ヤマトが声もなくひきとられていった。

 そのときだ!

 ぶうっ。

 うちのおばあちゃんが私の後ろで音を鳴らした。

「もう、おばあちゃんは、ぶうぶうおばあちゃんだな。」

 おばあちゃんはこの頃オナラばかりしている。

 階段を昇る時、おばあちゃんの後ろからいくと、顔面に浴びせられて臭い時もあった。

 おばあちゃんはくまもとの震災のとき、くまもとからお茶と和菓子だけ持って横浜に逃げてきて、私の顔にオナラをぶうぶうする。

「あたしは空襲の時もでんとして動かんだった。」

 と、胸をはってお父さんに自慢していたけど、それとこれとは違うと思った。

 ヤマトは、次の日の朝食の後に荼毘にふされて帰ってきた。

「ありがとうございました……おかえり、ヤマト。」

「四十九日が過ぎましたら、こちらのお寺に納骨できます。」

 そう短く説明して、葬儀屋さんは車に戻っていった。

 残された私は、しばらくぼうっとしていたが、後ろでおばあちゃんが音を鳴らして近づいてきた。

 ぶっ、ぶっ。

 私の住んでいる地域では、お骨を食べる習慣はない。

 けど、かわいかった猫の骨を私は食べることにした。

 ぶっ、ぶっ、ぶっ。

 おばあちゃんが歩きながら廊下でオナラをしているのが聞こえる。

「ヤマト……骨は全部、食べてあげるからね。」

 ぶっ、ぶっ、ぶっ、ぶっ。

「もう、おばあちゃんは、ぶうぶううるさいなあ。」

 私はヤマトのお骨を持って部屋に閉じこもった。

 よく日も私は、夕食後しばらく四角い窓から空を見ていた。

「ヤマトの骨、かたくって口の中がぼそぼそする。」

 口を動かす私の目には、真っ白な遺骨しか映っていなかった。

「ごめんね、やっぱり全部は無理みたい。」

 その夜、小さい骨壺は部屋のクローゼットの中で眠った。

 次の日は骨壺を持って庭に出た。

 思い出はやさしい風となり、ミカンの花の下、私の頬をなでた。

 もっと一緒にいたかったけど、ヤマトはおじいちゃん猫だったから、しかたがない。

「天国で待っていてよ。ヤマトが待っていてくれるなら、死ぬのもこわくない。」

 ヤマトの四十九日が経って、お寺からお知らせのはがきが届いた。

 しんみりきていると、だれかがキッチンの冷蔵庫を開け、

 ぶぶぶぅっ。

 と、景気よく。

 オナラの音でおばあちゃんが来たんだとわかった。

 考えるとおかしくなってしまって、涙の出番は全くなかった。

「もう、おばあちゃんはぶうぶううるさいよ。」

「仏はほっとけって言うてね。」

 私は初めて聞くおばあちゃんのダジャレに驚いて、「なにそれ。」って言ったけど。

 オナラもあくびも、げっぷも生きてるから出るものなんだ。

「生きてる証拠たい。」

 おばあちゃんにしては、奥の深いことを言うなと思ったら、

 ぶぶぶぅっ! ぶっ!

「やっぱりおばあちゃんは、ぶうぶうおばあちゃんだ。」

 ヤマトの延命治療を終えてから、何か月かぶりに笑いがこみあげてきた。

                 -了-

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