泣けてくるじゃない

第1話

「悲しいときに、涙が出るじゃない」

彼女はそう言った。

「ああ」

僕はそう答えた。

「うれしい時にも涙が出るじゃない」

「そうだね」

「悲しいとうれしいって正反対なのに、どうして涙って、どちらの時も流れるのかしら」

「そうだなあ……」

僕は続けて言った。

「悲しい時もうれしい時も、人は真実に近しいところにいるんじゃないかな」

「どういうこと？」

「悲しみの原因も喜びの原因も、その人にとってとても大切な意味をもっているわけだろう。そういうものは真実っていう、かけがえのない価値があるわけだろう。その人にとって」

「そうね」

「だから、涙が流れるんだよ、きっと」

「どういう意味？」

「真実を直視する眼は、よく見えるように洗ってやった方がいい。きっと涙ってものは……」

「…………」

「『真実』を見つめる眼を、準備するためにあるんじゃないかな」