エピローグ
「おおー,なんかすごいな」
読み終えた音々ちゃんがそう呟く。
「どうかな…?」
おそるおそる聞く私に、彼女はさらっと、
「いいんじゃない?さすが琴凛」
「あ、ありがと!」
嬉しくて思わず声が上ずってしまった。
それを見て彼女は少し笑って、それから遠い目をしてこう言った。
「でも現実はこんなにうまくいかないよね。
ハッピーエンドじゃ終わらない」
彼女の表情は憂いを帯びていて、深く詮索するのを躊躇われた。
どう返すべきか迷っていると、いつの間にか通常モードに戻った彼女は、想定外の行動に出た。
「蒼ー、涼太ー、ちょっと来てー」
まさかのモデルたちを集結させるという…。
事情を知らない彼らはこちらへやってきて、私が止める間もなく小説を読んでしまった。
とてつもなく恥ずかしい…。
✻ ✻ ✻
「すごいね霧島さん。僕たちめっちゃ青春してるね」
感心したように涼太くんは言う。
「それな。ってかこの中の音々すごいモテてるな。俺たち三角関係じゃん」
蒼くんは大笑いしていた。
やはり現実は違うのか。
ある程度当たってると思ってたんだけどな。
すると、横から元気な声が響いた。
「ちょっと霧島さん、俺も書いてよ!なんかハブかれてるじゃん俺〜!!」
ごめんよ錦くん。
あの場面にいなかったから…。
ひとりで騒ぐ錦くんを見て、皆は可笑しそうに笑っていた。
「まあ錦は次書いてもらいなよ」
慰めるように音々ちゃんが言うと、一同はまた笑う。
音々ちゃんは笑いながらもどこか気にしているみたい。なるほど、現実ではこっちか。
その後、話題は全然関係ない方へ移っていき、大いに盛り上がっていた。
そして。
「あ、音々。今度また猫カフェ行こ。
ほら、前行ったとこ。駅前の」
蒼くんの一言で場の空気が固まった。
でも音々ちゃんはまったく気づいていない。
「いいよー!行こ行こ」
音々ちゃん猫好きなんだな。
すごい嬉しそう。
この短いやりとりの中で、彼ら4人の関係性が手にとるように分かった。
視線の動き、小さな咳払い、声のトーン。
これはなかなか複雑だな。
私が描いた青春よりも、ずっとずっともどかしくて、誰かにフォーカスすればきっとバットエンドが待っている。
だから踏み出したくても踏み出せない、そんな感じなのかな。
だれかを想う気持ちと、誰かを思いやる気持ちで、皆が板挟みになっている。
フィクションではあまり想像しない展開が待ち受けていそうな想いもあって、見ているこちらが苦しい。
でもなんでだろう。
私が描いた青春よりも、不器用でなかなか踏み出せない彼らの青春のほうが、ずっと素敵だと思った。
そこには展開の面白さなんて1ミリも考えず、自分の気持ちに真摯に向き合う高校生たちがいて。
現実なんて地味だ、こんなの絶対無いよ、なんて笑い合いながら皆で恋愛小説を読んでいる今が、何にも代えがたい青春だと思った。
いつか、彼らの“本当の”物語を描きたい。
地味でも認められなくても、それは彼らが駆け抜けた、精一杯の物語で。
うまくいかない“今”を過ごす誰かの心に、きっと響くから。
彼らの物語の結末を、私は知りたい。
そして、誰かに届けたい。
彼らの笑顔を胸に、ひとり、決意を固めた。
描かれた青春は。 わたぬきふる @nome
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