第4話

行ってしまった。

彼の背中は、勇ましくて男らしくて。

とてもカッコ良かった。

「俺が行く」

一言だけそう言って、走り出していた。

僕が止める隙もなかった。

本当に自分が情けない。

彼より先に、僕が行きたかった。

そしたらきっと、違ったのに。

何が。何かが。


気がつけば、僕は彼が走っていったほうへと歩を進めていた。

委員会はどうしたんだっけ。

まあいいか。今はそんなこと。

彼は昇降口から外へ出たようだった。

どこへ行ったのだろう。

音々ちゃんに、会えたのだろうか。

そしたら音々ちゃんに、何て声を掛けて、その後はどうなったのかな。

まるで恋愛ドラマを観ているようで、自分はきっとその世界にはいなくて。

男らしくしていたら。

音々ちゃんは惚れてくれたのかな。

もともと趣味や外見が女の子みたいだからというのもあるけど、僕が“僕”でいられるのは、音々ちゃんがいるからなんだよ。

音々ちゃんが可愛いって言ってくれるから。

お弁当美味しいって言ってくれるから。

自分自身がコンプレックスだったけど。

僕は今、自分が大好きなんだよ。

それをちゃんと君に伝えればよかった。

遅すぎたよね。

ごめんね。

大好きだよ、音々ちゃん。


✻ ✻ ✻


走って、走って、走って。

堪えていた涙が次々と溢れてきて、視界はもうぐちゃぐちゃだったけど。

それでも構わず走り続けた。

足が痛い。疲れたよ。

駄目だ。もう走れない。

倒れ込むようにして座って、目元を袖で拭う。校舎を出た頃に勢いよく降っていた雨は、いつの間にか止んでいた。

潤んだ瞳に差し込む夕日が眩しい。

辺りを見渡して驚いた。

そこは、私が毎朝来る高台だった。

無意識に足を運んだのがここだったなんて、何だか運命みたい。

いつも見える景色とは少し違って、人々が1日を名残惜しむかのように活動していた。

少しずつ色を変えていく空はこの世のものとは思えないほど美しくて。

ここから見る初めての夕日は、朝日と全然違う表情をしていた。

何でだろう。

見える時間が違うだけなのに。

夕日は朝日よりも優しくて、私を包み込んでくれるようだった。

じっと夕日を見つめていると、肩をぽんと叩かれた。

振り返ればそこには私と同じようにずぶ濡れの蒼が微笑んでいた。

「お前走るの早いな。全然追いつけなかったんだけど。ってか雨止んだし」

片手に持った傘を見て苦笑いする蒼を見ていたら、不思議とまた涙が出てきてしまった。

「ありがと。蒼」

「ん。どういたしまして」

蒼は私の目元を拭って、少し照れくさそうに笑った。


✻ ✻ ✻


だんだんと日が沈んで、町中にぽつぽつと明かりが灯ってきた。

それまでずっと黙って町並みを見ていた私は、それを機にゆっくりと蒼に事情を話し始めた。

蒼は真剣に耳を傾けてくれて。

話し終えたあと、ぽつりと呟いた。

「俺はバスケしてる音々、いいと思う」

そっぽを向いて言ったから、どんな表情をしているのかはわからなかったけど、それはとても、温かい言葉だった。

「だから、音々にはずっとバスケしててほしいし、笑っててほしい。音々が笑えないくらい辛いなら、勉強なんてやらなくていいと思う。でもきっと音々は頑張り屋さんだから、諦めないんだろうな。だから1番は…」

蒼は立ち上がり、街を見下ろして言う。

「親に認めてもらえるくらいに、どっちも頑張る。でも無理しすぎるのは禁止な。辛くなったら俺に言って。困ったら俺を呼んで。音々のためなら、どこへだって行くから」

蒼の横顔は今まで見たことないほど凛々しくて、頼もしかった。

心が温かくなって、少しむず痒い。

なんだろう、この気持ちは。

不思議な感情に戸惑いながら、私は彼の横顔を見つめて呟いた。

「うん。ありがと」

精一杯の感謝を込めて言ったつもりだったけど、蒼は何故かちょっと不機嫌で。

「絶対伝わってないなこれ…」

一人でぶつぶつ呟いていた。


学校へ戻って、ちゃんと話をして。

お母さんに分かってもらおう。

そして勉強もバスケも、どっちも頑張ろう。

夢を叶えるんだ。絶対に。

夕日に背に、決意を固めた。

              〈完〉
















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