1話『始まりの出会い』

  ──目が覚めたら青空を見上げていた。


 草原に寝っ転がり、清々しい風に当たりながら、どこにでもいる平凡な男子高校生である一星晴翔いちほしはるとは空を眺めていた。


 広がる空には、名前の知らない鳥や山が飛んでいたり浮いていた。


「………………山、浮いてんな」


 そう、山が、浮いていた。


「……………………、」


 一度、目を閉じる。

 錯覚かもしれないし、寝ぼけていたのかもしれない。

 だからもう一度だけ目を開けて確認する。


「………………………山浮いてんだけど?」


 やっぱり、山が浮いていた。


「いやいや、おかしいって……」


 どうやったら山が浮いているのか、というかあれは何という現象だ。何という法則が働いてるのだ。

 だが、それだけではない。


「てかどうして俺はこんなところにいるんだ⁉︎ え、嘘、俺昨日は自分の家で自分の部屋で眠ったはずだけど……っ⁉︎」


 目が覚めたらいきなり広い草原で二次元の様な世界で寝っ転がっていた件について。


 おかしい。明らかにおかしい。 

 一星が生きていた時代には『VRMMO』は存在しないはずだ。


 そして、極め付けに自分の格好だった。


「…………俺、最後の記憶だとパジャマ着てたと思うんだけど、」


 今の格好を一言で表すなら、『旅人』がしっくり来るだろう。

 もしくは──『異世界』とも。


「…………それにしても、このリュック?の中には何が入っているんだ?」


 そもそも勝手に開けていいのか。

 そう思ったが、この状況だと明らかに自分の持ち物だろうと結論づけて、手を合わせてから中身を漁る。


 中に入っていたのは、何着かの着替え、携帯食料のようなもの、タオル、不思議な石、三つある水筒、使い道の分からない木の板が六つ。


「…………大体こんなもんか。あと残ったのは、これだな」


 足元にあったそれを見てつぶやく。

 それは本当にゲームや漫画に出てくるような西洋の剣の見た目をしていた。

 いや、これはおそらく剣だろう。

 どう見ても剣だ。


 一星晴翔はこの十七年間、真っ当に真面目に普通に平凡に生きてきた。だからこそこの様な『傷つけるのを目的としたもの』など触れたことはない。


 これはハサミやカッターナイフ、包丁とは違う。

 もちろん中にはこれを殺人や誰かを傷つける為に振るってしまう人はいるが、少なくとも一星にはそんな経験はない。


 慣れないものにはあまり触れないようしたい。


「これは、必要なものだったのか? というか本物か? レプリカじゃないのか?」


 うーん、と唸りながら足元にあるそれを眺める。

 一通りの持ち物の確認も終わった。


 これからどうするか、ようやくその問題へと辿り着いた一星はもう一度広がる草原を眺める。


「…………どこに向かって進めばいいんだ? というか、この辺りに人が住んでるところってあるのか?」


 もし人と会っても、果たして言葉は通じるだろうか。

 留まるか動くか。

 そこで悩んで、ふと一星は思いつく。


「…………そうだ、地図……この中に地図があるかもしれない」


 地図と言えば旅の必需品でもある。

 そして、それをいえばここにある持ち物は大抵が『旅の必需品』だ。

 一縷いちるの望みに賭けて一星は再びリュックの中身を漁っていく。


 旅の必需品。


 ここにあるもの全てがそれに該当している。

 そして、その中には武器もあった。

 その意味を一星は深く考えなかった。


 もしもこの剣も旅の中で必需品だったとして、その場合、、もしくはという可能性を、このありえない状況で冷静さを欠いた一星には想像できなかった。


 だから、音もなく接近していた『それ』気づくのが遅れてしまった。


「…………、っ⁉︎」


 思わず、なんとなく背後を振り向いくと、とんでもないものが視界に入った。


「グゥルルルルルル……」


 低く唸ってこちらの様子を伺うのは野良犬、ではなさそうだ。


「ライオン……? オオカミ……?」


 それにしてもサイズがおかしい。

 あの四足歩行の動物は横に長くても縦に長くはなかったはずだ。この目の前にいる獣は、一星の身長よりも少し高いところに頭があった。もはや獣ではなく、化け物と呼んでも差し支えないくらいだった。


(…………こんな生き物、知らないぞ、)


 いや、そんなことよりもここからどうする。

 ここは動物園ではなく、目の前の化け物も檻に入っているわけではない。


 見た目からして明らかに肉食だ。

 このまま棒立ちしていても、食われるだけなのは変わらない気がした。


(とはいえ、どうしろって言うんだよ……っ)


 助けを求めようにもこの草原、人っ子一人いないので助けを求めても意味がない。

 何か、何か身を守る方法はないかと考え、そういえばと自分の足元へと視線を向ける。


 ──ここには剣がある。


 しかし、問題が一つだけあった。

 一星は剣を使ったことがない。

 いや、剣を使って何かを斬った経験など普通の人間にはないだろう。


(…………使ったことがないから、なんだ。ここでやらなきゃ、死んじまうだろ……っ)


 震える足で何とか立ち上がり、剣を待つ。

 ありがたいことに、思っていたよりも重くはない。いや、想像よりも軽量であることに内心驚いている。


 両手で持った剣を構えながら、近づいてくる化け物へと剣を振る。

 それは、化け物の前足へと当たったが──その体には傷一つなかった。


「か、硬い……っ⁉︎」


 一星の力ではこの化け物の体に刃を通すことができない。


「おいおい……ずるくない?」


 刃を通すことができないということは、一星では倒せないということで。

 完全に詰んでいる。


 この広い草原に遮蔽物として使えるものはないので逃げることも隠れることもできそうにない。いや、逃げたとしてもこの化け物の方が早そうだ。


(……な、何か、何か使えるものは──)


 そして、一星が化け物から視線を逸らした瞬間。

 その隙を獣は見逃しはしなかった。


「────ッッッ‼︎‼︎」


「うおぉ……っ⁉︎」


 巨体による体当たりで吹っ飛ばされる一星。

 その衝撃で思わず唯一の武器である剣を手放してしまう。

 剣は化け物の足元へと転がり、化け物は前足を器用に使ってその剣を背後へ、一星から更に遠いところへと蹴飛ばした。


 もう抗う術は何もなく、そこにあるのは食われるのを待つ運命しかなかった。


 ──食われる。


 ──死ぬ。


 そんな予感が脳裏に浮かぶ。

 その瞬間に走馬灯のように思考が高速で回転していく。


(…………こんな、こんな訳も分からずに、ここがどこなのかも分からずに、死ぬなんて────っ)


 何か特殊な能力を持っているわけじゃない。

 都合のいい覚醒なんてない。

 神様から与えられたチートなんて持ってない。


 だから、打開策なんて何もない。


 最初からそんなものなかったのかもしれない。

 一星晴翔はここで死ぬ。

 これは、そういう運命だったのかもしれない。


(…………くそ、何が運命だ。そんなもの、そんなよく分からない曖昧なものに俺は殺されるっていうのかよ……っ⁉︎)


 夢なら早く覚めてほしい気分だった。

 明らかに殺傷能力がありそうな鋭い爪を持つその前足を振り上げて、一星を斬り裂こうとするその時に──運命の刻は来た。


 それはまるで流星のようだった。


「────」


 目の前に広がるのは

 それがたった今まで目の前にいた化け物を粉々に粉砕した。

 その光景に呆然としていると、


「──大丈夫?」


 直後に、少女の声がした。

 横から聞こえたその声の方へと視線を向ける。


「怪我はないですか?」


 揺れるのは美しく輝く金色の髪。

 そして、宝石のような真紅の瞳。

 まるで御伽噺の登場人物の様な美しさを持つ少女は、一星の無事を確認すると、微笑みながら名乗った。


「私の名前はアイリス──アイリス=シルヴァースです」


 その出会いは──まるで運命のようだった。

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やがて繋がる異世界生活 山豹 @Gomayama301031

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