第9話 商会

 冒険者ギルドに寄り道した日からはや一ヶ月。闘技場での連勝記録は16まで伸びた。20連勝になったら出場するのをやめようと思っている。

 もう十分顔を売ったし、これで腕っぷしの強い者からも一目置かれるようになるだろ。

 冒険者はならず者……とまでは言わないが荒っぽい者が多い。得てして力を信奉するものは、力のある他人ならば話を聞いてくれたりするものだ。

 ないよりはあった方がいい程度かもしれないがね。

 

 もちろんこの一ヶ月遊んでいたわけじゃない。いや、ヨハンとしての顔は遊び惚けているようにしてはいるが……。

 数日間黒仮面のまま居られるのだったら行動範囲も広がるのだが、今はまだその時ではない。

 無事に計画が成るその時までヨハンの顔は必要だ。

 

 黒仮面の頬のあたりをコツコツと叩き、冒険者ギルドの隣にある建物に足を運ぶ。

 漆喰の白が美しい四角いこの建物は、以前は美術館か何かに使われていたらしい。間口の広い扉には鉄の輪が備え付けられていて、呼び鈴変わりに使う。

 扉の上には看板が立てかけてあり、「クロウ商会」と記載されていた。

 

 コンコン。

 鉄の輪を鳴らすと、すぐに扉が開く。

 出て来たのは茶髪を後ろで括った小柄な少女だった。

 尖った耳に愛らしい口元が特徴的で元気いっぱいな笑顔をこちらに向けてくる。


「黒仮面様。お待ちしておりました!」

「アディラ。吉報でもあったか?」

「アディは黒仮面様とお会いできたのが吉報ですっ!」

「さすが商人の卵、その調子だ」

「えへへ」


 彼女は人間だとすると10~12歳くらいの少女に見えるが、実際にはもう少し上だ。

 ノーム族は男女共に少年少女に見える期間が長く、30歳くらいまでこの見た目のままらしい。

 商会は実のところ冒険者ギルド設立より少し前に手配したのだけど、人集めや商売を始めるに当たっての様々な手続きがあり時間がかかったしまった。


「ハーンは?」

「いらっしゃいます! 黒仮面様を今か今かとお待ちしてましたよっ!」


 パタパタと奥へ案内してくれるアディラの後を続く。

 奥の扉を一つくぐると商会長の部屋になっていて、そこで明るい茶色の髪を後ろで括り丸眼鏡をかけた30過ぎくらいの男が待っていた。


「黒仮面卿。お待ちしておりました」

「ハーン。首尾はどうだ?」

「卿のご尽力があり、ようやく形になりました」

「それは良かった。職人たちとの渡りは?」

「はい。クロウ商会に数人迎え入れることができました。工房も急ぎ建築中です」


 芝居がかった仕草で礼をしたハーンはすっと右手で奥のカウチを示す。

 部屋の奥に執務机が二つ並んでいて、一つが商会長の、もう一つが副商会長のものだ。

 彼が示したのは商会長の席の方だった。

 律儀な奴だ。俺は別に直接この商会を差配するつもりはない。俺自身、彼に商会長をと任命したのだが、彼は頑として俺こそが商会長であるべきと譲らなかった。

 だからまあ、苦肉の策として執務机を二つ用意して、いつも空席の商会長席ができあがったというわけだ。

 

「一応確認させてくれ」

「もちろんです。こちらを」


 書面をすっと執務机の上に乗せるハーン。

 そこに座って読めということだな。せっかくだし、腰かけるとするか。

 

 ドカッと腰かけるとカラスが執務机の上に移動する。

 ふむ。ふむふむ。

 

「完璧だ」

「これは全て卿と冒険者ギルドの繋がりあってのことです」


 恭しく礼をするハーンがもう一枚書面を執務机の上に乗せた。

 こちらは従業員のリストのようだな。

 

 冒険者ギルドではクライアントからの依頼以外にも常時受け付けている依頼がある。

 薬草の採集やモンスターの討伐といったものだ。薬草は薬師や教会でポーションに加工され市場に出回る。

 モンスターは牙や革といった素材を職人が買い取り、日用品や武器防具に加工されていた。

 市場で不足しているものをギルドが見極め、冒険者に依頼を出しているというのが常時受け付け依頼の絡繰りである。

 

 これらの大半をクロウ商会が買い付け、商会に所属する職人が加工を行う。製品は商会がこの街だけでなく、他の村や街にまで売りに行く。

 こうすることで市場価格より多少安く売ったとしても利益が大きくなるのだ。

 このようなことをすれば、既存の職人に素材が入らなくなってしまうのではないか、と思うかもしれない。

 だが、その心配は杞憂なのだ。

 そもそもこの街には冒険者ギルドというものはなかった。クロウ商会はより多く取れるようになった素材を使っているに過ぎない。

 それだけじゃなく、商会内で消費することができる素材はせいぜい半分程度だから、残りは街の職人らに安価で卸すことにしている。

 誰も損しない仕組みってことだ。

 供給過多にならぬよう、商会では街の外へ行商に向かうよう馬車も揃えた。

 外に出るということは外の人材と接触もできるし、情報も集まって一石二鳥である。

 

 冒険者ギルドとクロウ商会は俺の両輪となってくれるだろう。

 情報・金・物・人を集める手段を作ることができた。しばらくはギルドと商会の成長を見守りつつ、徐々に組織を拡大していくことに尽力しよう。

 その後、城の中枢へ浸食していけるようステップアップするつもりだ。

 

 商会を出たら、カラスが空へと飛び立っていった。

 メルキトはカラスという特性を生かし、空から街の様子を眺めると共に地上に降り立ち街の声に聞き耳を立てることを日課としている。

 彼はまた城の方でも情報収集してくれていた。

 まさか誰もカラスが会話を聞いていて、俺に報告しているなどとは思わない。

 彼が集めてくれた情報は、今後更に重要なものとなっていくことは間違いないだろう。

 

 ◇◇◇

 

 この日は城にほど近いところでキアーラと待ち合わせをして、彼女と共に城内にある屋敷を練り歩く。

 こうして誰かを連れているのなら、誰もヨハンの行動を疑わないのだ。

 黒仮面とヨハン、両方の顔を知る彼女がいてくれて本当に良かった。俺とカラスだけじゃ、ここまで自由な時間を取ることができなかったと思う。

 自室に入り、ソファーに腰かけるとすぐにお盆を手にしたキアーラがやってくる。

 

「ありがとう」

「ヨハン様は他のお貴族様と少し違います」

「ん?」


 ハーブティーを机に置いてくれたキアーラがそんなことを口にし、ハッとしたようにお盆を口元に寄せ頭を下げた。

 何でも思ったことを喋れと命じているのは他ならぬ俺だ。

 顔をあげろと彼女へ態度で示し、問い返すことにした。

 

「何か違和感があるか?」

「い、いえ。お礼を述べられるなど。ご奉仕するのが私のお仕事ですから」

「そういうことか。今みたいに思ったことを言ってくれ。些細なことの積み重ねが大きなうねりとなることもある」

「は、はい」


 首をひねる彼女であったが、こっちは内心ヒヤヒヤしている。

 そう。ヨハンでいる時だ。

 歩き方とか顎が疲れる笑い方とか、彼の記憶をそのままに再現している。しかし、俺はヨハンであってヨハンではない。

 とりあえず偉そうにふんぞり返っていればいいだろと雑にしていては、どこかで綻びが生じるかも。

 いや、考え過ぎか。ヨハンのことをそこまで事細かに見ている者なんていない。

 

 カタン。

 カラスが机の上に置いたカップを足先で突っついている。

 その音で我に返った俺は、慌ててカップを手に取った。

 危ない危ない。

 メルキトがカップに嘴を突っ込むことは構わないが、倒されるからなあ。

 ハーブティが熱いから、こぼすと火傷するかもしれん。

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婚約破棄からはじまる悪役領主のはかりごと~ざまあされたふりをして裏から領土を操ることにしようか~ うみ @Umi12345

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