第8話 闘技場の黒仮面

 ヨハンは娯楽が大好きだ。面白そうだと思ったものは、金を惜しまず投資し大掛かりな施設だろうと作ってしまう。

 領主が施設に投資することは悪いことではない。

 領主は領民から税を吸い上げる。吸い上げた税を城に務める文官や武官に支給し、領土のために働く。

 残りは領主の懐に入れてもよいわけだが、事はそううまく進まない。

 城でも道でも、馬や道具に至るまで使っていると整備が必要になってくる。モンスターが増えれば潰しにいかねばならないし、領土を維持するためには何かと金が必要だ。

 領土全体のために何かをすること、という名目で税を徴収しているのだから、ある程度は領内のために金は使わなければ領土が崩壊してしまう。

 そんな意識など、ヨハンの頭には欠片もないことは当たり前であることは言うまでもない。

 

 話が逸れてしまったが、税を使って施設を作ることは建築作業に関わる人々に職を与えることができる。

 更に施設が有効に利益を稼げば、そこで働く領民の生活を支えるだけじゃなく領内も潤う。

 ヨハンの場合は、施設を作った後にすぐ飽きて放置するのだがな。

 ここは数あるヨハンの無駄工事の中でも例外的に活況をもたらした施設である。その分、治安が悪くなってはいるが。

 どこかって? それはな。

 

「さて、この快進撃はどこまで続くのか! 今注目の黒仮面! 十連勝なるか!」

 

 司会者のノリのよい声に導かれ、中央に続く道を進む。

 ワアアアアアア。

 俺が入場すると大歓声が巻き起こった。

 その施設とは闘技場だ。

 五日に一回開催され、娯楽を求める領民が詰めかける。

 公式には賭け事が禁止されているものの、公然と誰が勝つのかの賭けが行われていた。

 出場者は勝っても負けても金銭を得ることができるのだ。

 

 別に金に困って闘技場で戦っているわけではない。

 名前が知れていた方が何かと人と接触しやすいからな。闘技場が手っ取り早かっただけだ。

 

「対するは、捕獲に苦労いたしました! モンスターランクは堂々のAランク! 地獄からの使者オルトロス!」


 おいおい。本当かよ。

 よく捕まえてきたな。しかし、名を売るには絶好の相手かもな。

 馬があれば楽なのだが、残念ながら闘技場には持ち込めない。

 

『グルルルルルル!』


 向こう正面の鉄柵がギギギギと上にあがり、中から二首の巨体を誇る狼が唸り声をあげた。

 真っ黒の毛並みに長い尻尾、足の長さだけで一メートル半ほど。

 全長は五メートルと少しってところか。

 

「これまで圧倒的な強さを見せていた黒仮面! さすがにオルトロス相手では厳しいか―!」


 勝手なことを言ってくれる。


『グルウアアアアア!』


 吠えたオルトロスは興奮した様子でこちらへ真っ直ぐ向かってくる。

 こいつ怒り心頭でまるで冷静さを欠いているな。外で遭遇したらこうはいかないが、今は幸運だったと思うべきか。

 それでも、巨体なだけに一歩進むだけで一気に彼我の距離が詰まった。

 

「いかな巨体であろうが、芸がない」


 クルリと長槍を手元で回転させ、右手で握りぐぐぐっと振りかぶり――投擲する。

 唸りをあげて宙を舞う長槍には目もくれず、大きく左側へ踏み出し腰の長剣を引き抜く。


『グギャアアアア!』 

「おおっと! 黒仮面の槍がオルトロスの首にクリーンヒット」


 お、うまく当たったみたいだな。

 と考える間にも右肩に熱を感じる。

 横目でチラリと確認すると、右手に炎のブレスが通り過ぎていた。

 警戒していて正解だったな。槍が幸運にも当たれば、奴は苦し紛れにブレスを吐いてくると思ったのだ。

 しかし、右首が潰された状態で左の頭からブレスを吐いたとなれば……。

 

「隙だらけだぜ」


 オルトロスの強みは双頭である。

 右の相手をしていたら左が死角から襲い掛かって来るし、ブレスで焼かれることだってあるのだ。

 それが両首ともの使えないとなると、ただ大きいだけの置物と同じ。

 

 右脚を大きく踏み込み、伸び上がるようにして剣を振るう。

 そのまま跳躍し、勢いそのままにオルトロスの左首を切り裂く。

 

 ドサ。

 オルトロスの左首が地面に落ちる。


「勝者、黒仮面! これで十連勝! 勢いが止まらない!」

 

 司会者が俺の勝利を告げた。


「黒仮面! 黒仮面!」

「黒仮面様ー! 素敵ー!」

 

 右手をあげると歓声が更に大きくなる。

 ワアアアアアア。

 興奮した観衆の声を背に、元来た道へ歩を進める俺であった。

 

 ◇◇◇

 

「黒仮面、あんたのおかげで冒険者ギルドを開くことができた。しっかし、本当に強えなあんた。どうだ、冒険者になってみないか?」

「冒険者は文字通り、街にいることの方が少ないんだろ?」

「まあそうだな。街の雑用も請け負うが、あんたにはバンバン、モンスターを狩って欲しいからな! ガハハハハ」


 戦いの後、できたばかりの冒険者ギルドを見に行ったら、すぐにスキンヘッドのギルドマスターに肩を叩かれ、そのままカウンターへ。

 どうも冒険者ギルドってのは依頼を受け付けたり、報酬を支払うだけじゃなく飲食店も併設しているらしい。

 ギルドマスターなのか酒場のマスターなのか分かったもんじゃないな。

 俺が連れてこられたのはバーのカウンターだったようで、大笑いする彼はコトンとジョッキを俺の前に置く。

 

「あんたの勝利に奢らせてくれ」

「なんだ見てたのか」

「あんたが出るってんで見に行ったんだよ。さっきから言ってるじゃねえかよ。あんた強いなってな。オルトロスをああもあっさり」

「そういうことか」


 カウンターにちょこんと立つカラスがジョッキを突っつこうとしてきたので、ひょいっとジョッキを持ち上げる。

 昼間から飲むのも、どうかと思うがせっかく頂いたものだし飲んじゃうか。

 口をつけようとしたところで、後ろから声がかかる。

 

「黒仮面様! いるならいるって言って欲しかったー」

「お、ギルド設立の貢献者じゃないか」

「えへへー。黒仮面様の言う通りにしただけだもんー」

「伯爵は美女に目が無いからな。お前がいてくれてこそだ」

「やだあ。美女だなんてー。でも、伯爵様ったらわたしのおっぱいばかりみて、ぞぞぞってしたのー。だからー、黒仮面様が清めて―」


 情熱的な赤い髪を揺らしながら隣に腰かけた猫耳の美女がしなだれかかってくる。

 長い髪を右手で弄りながら左手を俺の腕に絡ませ豊満な胸を押し付けてきた。


「ミア。仕事中じゃないのか」

「黒仮面様、つれないんだからー」


 一息にジョッキに入ったビールを飲み干し、立ち上がる。

 「もおー」と甘えた声を出す猫耳の美女ミアには目を向けず、マスターに礼を述べた。

 

「順調そうだな。またくる」

「絶対だからねー。黒仮面様!」

「おう。冒険者登録ならいつでも大歓迎だぜ」


 踵を返し、右手をあげ冒険者ギルドを立ち去る。

 

 ◇◇◇

 

 仮面を取った素顔に戻り、城の自室に入った途端、カラスがけたたましく笑う。

 

「カカカカカ。クールだねえほんと。あんな美女を放っておくなんてよ。あいつ、お前に惚れてるぜ」

「勘弁してくれ……仮面に鎧でどうしろと」

「食事をするために仮面の口元は開けておいたのか?」

「いや、たまたまだ。よくよく考えてみると、口元が開いていないと不便だったよな」

「お前、肝心なところで抜けることがあるからなあ」

「そのためのメルキトだろうに」

「口先は全く衰えてねえな。カカカ」

「お前もな」


 憎まれ口を叩き合い、ふんと鼻を鳴らす。

 それにしても胸の大きい女って制限は中々厄介だな。

 俺の好みだろって? 俺じゃなくてヨハンの好みだよ。表の顔を動かすには一番都合がいい。

 いざとなれば、メイドとして側に置くことだってできるからな。

 グル・カンとしての好みとなると真逆だ。ヨハンと俺の趣味がこうも違うの本当に俺の今世なのかと疑うほど。悪意しか感じない。

 冒険者ギルドはうまく設立することができた。

 これで戦いの心得のある者をスカウトすることもできる。それだけじゃない。

 ギルドには様々な依頼が舞い込む。依頼者側と渡りをつけることだってできるのだ。

 多くの人が絡む冒険者ギルドは人材の宝庫である。ギルドを拠点にして、一気に組織を拡大していきたい。

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