第7話 冒険者ギルド

 そんな一幕がありつつも、この日より俺は七日に三日か四日ほど夜遊びに出かけ、仮面の戦士姿に着替え夜の歓楽街で人集め、組織作りに奔走することになった。

 同時に日中起きている時の半分くらいは体を鍛えることに時間を使う。そこかしこで、熱をあげている女がいることをアピールすることも忘れずに。

 更にはたまに癇癪を起したふりをして、意味の分からぬ役目を持たされた者を解雇することもきっちりとこなした。

 こうすることで詳しく語らずとも、城内ではヨハンがアプローチをかけている女は歓楽街にいて、強い男が好みなのだと勝手に噂が広まる。

 

 地道な日々が続くこと三ヶ月、俺の試みは徐々に形になりつつあった。

 今日は昼間っから女の尻を追いかけるとして、街をブラついている……ことにしていた。向かう先は例のアジトだ。

 汗水垂らして城で働く文官たちは俺のことなど気にも留めていない。

 むしろ、「出かけてくれてありがとう」と思われている。しかし、あからさまにホッとした顔をするのは良くないぞ。

 ヨハンは男の顔色など全く興味が無かったから気が付かれていなかっただろうけど、な。

 

「そろそろ、逞しい男が好きな女を追いかける設定を変えた方がいいか」

「理由なんて何でもいいんじゃねえのか?」

 

 独り言のつもりだったのだが、俺の腕に止まるカラスが右の翼をあげて聞き返してくる。

 対する俺は苦虫を嚙み潰したように苦渋の表情を浮かべ首を振った。


「まあな。こうして外出しても誰も何も言ってこない。完全に呆れられている」

「都合がいいだろ」

「まあな。ヨハンがどこで何をしているのか、普通、領主の行動となれば多少は見られるものなんだが」


 ヨハンは護衛をつけることをとかく嫌った。

 領主が供の者も無しに動き回るなんて通常有り得ないことだが、ヨハンだからな。

 道行く先々で問題しか起こさない彼の行動を見守る者は一人減り、二人減り……そして誰もいなくなって一年くらいが過ぎている。

 それが今の俺にとっては幸いだ。顔を隠してヨハンがしばらくいなくなったとしても問題なくなるから。

 夜はともかく、昼間はさすがに日中ずっとというわけにはいかないけど。誰もヨハンのことを追っていないとはいえ、さすがに街へ行ったはずが、一日いてどこにも迷惑をかけていないとなると疑う者が出て来るかもしれない。対策として、ところどころで「ヨハンここにあり」をアピールするってわけだ。

 

 例の小屋で床にあぐらをかき、黒仮面をコツンと指先で弾く。

 カラスと言い合いをするのもそろそろ終わりの時間か。

 

「黒仮面卿。ご機嫌麗しゅうお過ごしでございますか」

「いつも通りだ」

「それはそれは、ようございました」


 まずやって来たのは慇懃無礼な態度で揉み手をする肥えた男だった。

 禿げあがった髪の毛が乱れ、衣服の裾も黒ずんでいる。

 ポンと銀貨を指先で弾く。

 クルクルと回転したそれは男の手に収まった。


「報告を頼む」

「はいはい。すぐにでも」


 にやけた顔がすうっと引き締まり、ぎらついた目を輝かせながら男が語り始める。

 こいつは情報屋。街の噂話から店の情報、隣国、モンスターの状況までを報告してもらう。

 情報屋としては中の下辺りだろうが、広く浅く知りたい俺にとっては好都合。

 何より、金さえ払えば後腐れないことが肝要だ。

 

「ふむ。また頼む」

「ではでは。ごきげんよう」


 もう一枚銀貨を握らせ、男を帰らせる。

 次に来たのは屈強な男だった。スキンヘッドによく日に焼けた肌をした30代後半くらいだろうか。

 二の腕がキアーラの腰くらいありそうで、昔はモンスター討伐で慣らしたと言っていた。

 

「どうだ? いけそうか?」

「下準備は済んだぜ。あとはお上次第だな」

「分かった。ミアという女を雇ってもらえるか?」

「できる奴か」

「そこそこだ。並みの男ならのされる」

「ならいい。あんたが動かし始めたことだ。乗るぜ」

「助かる」


 白い歯を見せた男が豪快に笑う。

 屈強な男の後にも、続々と客がやってくる。

 客は商人、職人、ハンター、歓楽街の関係者、傭兵……出自も専門もバラバラな者達だった。

 俺は人・物・金を動かすべく、大きく三つの組織を作り上げようと腐心している。

 一つは要となる流通組織……つまり商人たちの組合的なものだ。商会と呼ばれる商人組織を設立し、着々と商い範囲を広げている。

 次はハンターや傭兵たちを集めた互助組合のような組織。こいつは表でも代替的に動いてもらう予定である。

 三つ目はまだ先になるが政務を行うことができる文官らと彼らのつなぎ役をこなす組織だ。

 これらを束ねれば、先ほどの情報屋のような者がいなくとも、自然と情報が集まる。それぞれの組織で諜報も行えばいいからな。

 

「よし、こんなものか。キアーラと落ちあい、街を練り歩くぞ」

「勤勉だねえ」

「二人分だからな。仕込みもしてある」


 着替えてからカラスを肩に乗せ、街に繰り出すことにした。

 

 ◇◇◇

 

 商店街を抜けたところの広場で騒ぎが起こっていた。

 血相を変えた男達が何やら叫んでいる。

 

「檻が破られた! 避難しろ!」

「んー。どうしたんだ」


 叫ぶ若い男に向け悠然と上から目線で語りかけた。

 斜に構えることを忘れてはならない。

 顎をあげ、説明しろと目で示したのだが、男が無視して再び避難を呼びかけ始めた。

 

「おおい。お前。俺様が誰だと」

「伯爵様だろ。伯爵様、ちいと困ったことになっちまってな」


 若い男の肩を掴もうとしたところで後ろから声がかかる。


「ほう。ちゃんと話が分かる奴もいるではないか。ははははは!」

「そら知ってるぜ。勇猛果敢で慣らした伯爵様だものな!」

「ほうほう。お前、俺様のことが分かっているではないか。美女ほどには重用できぬが、城に来るか。ガハハハハ」


 わ、笑い過ぎて顎が外れそうだ。

 対する俺に語りかけた男は、引き締まったはち切れんばかりの筋肉を備えていた。

 スキンヘッドに良く日に焼けた肌に、細かい傷跡から男が戦いに身を置いて来たのだと分かる。


「きゃあああああ!」


 その時、若い女の悲鳴が。

 とたんに人だかりがパカリと割れ、胸をゆさゆさと揺らした猫耳の美女がこちらに駆けてくる。


「どうした? レディ」

「お、檻からモンスターが!」

「全く、見世物にしていたのだろうが、逃がすとは。仕方のない奴らだな」

「わ、私がいけないのです」

「いやいや、レディに罪はない。俺様が言うのだからな!」

「あなた様は……」


 名乗りを上げようとしたところで、スキンヘッドが口を挟んできた。

 

「姉ちゃん、何言ってんだ。この人は伯爵様だぜ」

「ヨ、ヨハン様! わ、私なんて失礼なことを」

「いいってことだ。レディ。ついでだ。この俺様がモンスターとやらを討伐してやろうではないか! ハハハハハ!」


 顎が外れそう。

 と、ともかく。猫耳美女を背に檻の方向へ進む。

 

 ちょうどその時、檻から高い金属音が響き、中から虎に似たモンスターが檻から前脚を出したところだった。

 スラリと剣を引き抜き、ふふんと鼻を鳴らす。

 

「てえええやあああ!」


 気合と共に剣を振り下ろし、モンスターを一刀両断する。

 

「はははは。俺様にかかればこんなもんだ!」

「ヨハン様。さすがです!」

「いやあ。さすが伯爵様だ」


 二人の声に続き、群衆から歓声があがった。


「俺様を称えるがいい。ふふ、ははは」

「伯爵様、一つお願いがあるんだが、聞いてくれねえか」

「よいぞ。俺様は今、気分がいい」

「伯爵様がいつもいるわけじゃねえだろ。だからさ。モンスターを討伐したりする冒険者ギルドを作りたいんだ。したら、伯爵様がいない時でも安全だろ」

「ほう。よい心がけだ。よいぞ」

「ありがとうよ。伯爵様!」


 こうしてヨハンの鶴の一声によって、冒険者ギルドが設立されることになったのである。

 この街の冒険者ギルドの長であるギルドマスターは先ほどのスキンヘッドの男となった。ヨハンに直言したのだから、という理由で。

 もちろん、全て、「茶番」である。

 嫌に疲れた……。あ、キアーラと落ちあわないと。

 肩をいからせ、この場を立ち去る俺なのであった。

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