第6話 黒仮面(ちょっとやらかした

 メルキトにヨハン・フェンブレンのことを語り聞かせ終わる頃、朝日が登り始めていた。


「だいたいこんなところだ」

「ワザとやってんのかってくらい、酷いな」

「これがヨハンとしては全部本気だったのだから、頭が痛い」

「まあ、いいじゃねえか。カラスよりはマシだろう」

「どうだろうな……」

 

 そううそぶいてベッドへ寝転がった。

 小鳥の鳴き声が心地よく耳元に届く。急速に眠気が襲ってきて、あくびが出る。


「ふああ。とりあえず、寝るか」

「果報は寝て待て、か? グル・カン」

「まさか。英気を養うんだよ。それと、俺のことはヨハンと呼んでもらえるか?」

「そうだな。誰が聞いているのか分からない。まあ、この領主に間者なんぞ置く必要性もないな」

「違いない。ははは」


 ヨハンは悪い意味で裏表のない男だ。聞かれれば気分次第で何でも答えてしまう。

 認識が違うことが多々あるから、彼が答えたことが真実かどうかは難しいところなのだが。

 隠そうとしないし、打てば響かぬ回答に対し、盗み聞きをする価値もない。そこに経費をかけるくらいなら、胸の大きい娘を派遣したほうがよほどマシなのだ。

 我ながら……酷すぎる。

 もういいや。考えていても仕方ねえ。寝る。

 馬が一頭、馬が二頭――。

 

 ◇◇◇

 

 夜が更けて来た頃に目を覚まし、キアーラの持ってきてくれた食事を詰め込む。


「今からか?」

「おうさ。『夜遊び』ってやつだ。いつものこと」

「なるほどな。自由になる時間はたんまりあるってことか」

「俺様は起きている時間は全て『遊び』の時間だったからな。ははは」

 

 着替えながら、カラスに笑いかける。

 そんなこんなで、カラスを肩に止まらせ街へと繰り出すことにしたのだった。


 死んだ目をした門番へ挨拶もせず、大股で肩をいからせながら歩く。これ疲れるな……。 

 

「フェンブレン伯の居城へようこそ」


 街道に入ったところで、虚ろな目でうわごとのように同じ言葉を繰り返す男に肩にとまったカラスが嘴をパクパクさせた。

 分かる。分かるぞ。その気持ち。

 

「おい」

「フェンブレン伯の居城へようこそ」


 呼びかけるも同じ言葉を繰り返す男に我ながら罪悪感が募る。

 

「お前はもう首だ。もういい」

「へ?」

「衛兵に加われ。いいな」

「は、はい!」


 目に光が戻った男がそそくさと街の中へと消えていく。

 彼のような意味の分からない仕事を与えられた者を次々と首にしていき、他の役目を与えていこう。

 この辺は気まぐれだったヨハンの性格なら特に問題なく実行できる。

 

 目指す先は街の歓楽街だ。

 といっても、女を侍らせ酒を浴びるわけではない。

 自由に出歩ける時を使って、もう一つの顔を作る準備をする。

 間に四人ほど通過させてもう一つの顔になるべき衣装を発注し、帰りがけに遊んだふりをしつつ使えそうな者を探す。

 得てしてこういう場末にいたりするんだよ。だが今はまだ目をつけるだけだ。

 ヨハンだと分からないようにしなきゃ、意味がないからな。

 

 三日後――。

 間に三人ほど通して用意した街はずれのアジトに、キアーラに協力してもらい衣装を運び込んでもらった。

 ここは本当に小さな小さなあばら小屋だ。ベッドを横に二つ並べたらもう隙間が無いくらいのスペースしかない。

 部屋に置かれていたものは、真っ黒の鎧と仮面にアンダーウェア、ブーツといった装備一式だった。

 

「仮面で顔を隠し、金属鎧を着ていたらヨハンだとは思われまい」

「仮面はともかく鎧がか?」


 カラスの疑問に深く頷きを返す。

 ヨハンは中央から離れた貴族の常として、幼い頃から剣術、護身術の指導を受けていた。

 フェンブレン伯爵領を含むシュトランド王国は、大陸の西部に位置する中堅国家である。

 中央こそある程度モンスターが駆逐され、討伐隊が巡回しているため平穏であるが、中央以外はモンスターの数も多く自衛しなければならない。

 勇猛さをみせるためなのか、中央以外の貴族はモンスター討伐を10代の頃から行うのが常だ。

 家を継いでからはさすがに自ら陣頭に立つことはなくなるが、貴族のたしなみとして個人武勇が求められる。

 そんなわけで、ヨハンも御多分に漏れず嫌々ながらもモンスター討伐に繰り出していたわけだが……彼は重い、ダサい、音がするとして金属鎧をとにかく嫌った。

 それでもまあ、伯爵家の長男が本当の意味での危険に晒されることなぞなく、普通の服でもヨハンは怪我一つしなかった。

 これが無駄な増長の一因となったのである。まる。

 

「クズだな」

「否定はしない。しかし、体をそれなりに鍛えていたことは幸いだ。身動きできないほど体が弱っていたらどうもこうもできなかったからな」


 苦笑いしつつも、服を脱ぎ鎧姿に着替える。

 最後に仮面を装着しどうだとカラスの方へ体の向きを変えた。

 

「それ、お前が注文したのか?」

「間に数人通して発注したから、見栄えは正直……これはちと斜に構え過ぎだな……色だけ指定したんだけど」

「まあいいじゃねえか。仮面の鎧姿か。目立つが、それも目的だろ」

「それは買い被りってもんだ。顔を隠す、鎧を装着する、それならバレないだろってだけだ」


 鏡がないから、装備した姿を見ることはできない。が、どんな見た目をしていたのかはしかと見ている。

 黒衣の戦士……確かに若気の至り感があるが、衣装を作り直すってもの時間が惜しい。顔を隠すことが出来れば、今より派手に動くことができるからな。

 協力者を募ることだって、金を稼ぐことだってできる。ふ、ふふふ。やるぞ。

 

 気合が入ったからか自然と体が動く。

 む、鎧に体が振られてしまった。体がなまっているぞ、ヨハンよ。

 こいつは何か理由をつけて体を鍛え直さないとな。鎧を着たまま動くに支障が出てしまう。

 

「女に言われたとかで、毎日トレーニングをすることにしようか」

「何かと理由がつけやすいな。ヨハンってやつは」

「まあ、な。だから、いろんなところから手を出されて……この先は言うまい」

「手を引けるところは引いていけばいいんだろ。先日の『街案内』みたいにな」


 カラスの言う街案内の男だけじゃなく、ここ三日間で似たような役目を持っていた者を二十人ほど解雇した。

 彼らに幸せな日々が戻ってくれているとよいのだが。

 

 カタリ。

 僅かに聞こえた靴音に苦笑していた顔を引き締め、腰の剣に手を当てる。

 しかし、ローズマリーの香りに緊張の糸を解く。

 

「キアーラ。どうした? そのまま入ってこい」


 布面積の少ないメイド服の上から長いケープを羽織ったアッシュグレーの少女がおずおずと中に入ってくる。

 彼女は大きな包み紙を胸に抱え、無表情に俺を見上げてきた。

 しかし、俺の滑稽に過ぎる黒仮面の鎧姿に対し体に力が入ったようで、大きな胸がむにゅっと包み紙よって形をかえている。

 

「ヨ……」

「待て。この姿の時は俺の名を呼ばないように」

「で、では何とお呼びすれば」

「何でもいい。黒仮面とかその辺でいい」

「はい。黒仮面様。失礼ながら、一つお伝えしたいことが」

「思ったことは口にしろ、と言っているだろう」


 ただし二人きりの時に限る。あ、カラスを数に入れてなかった。

 俺の真実を知る者以外がいる場所ではヨハンのメイドとして振舞えと彼女に命じている。

 言われた彼女はぎゅっと唇を引き締め、遠慮がちに口を開く。

 

「そのお姿。伝え聞く伝説の黒騎士様のようで、とても素敵です」

「そ、そうか……」

「申し訳ありません。遅れていたマントが到着したしましたので、お持ちしました」

「分かった。ありがとう」


 キアーラから包み紙を受け取ったが、その目で俺を見つめるのはやめてくれ。

 纏えばいいんだろ、うわあ。黒マントだあ。これじゃあ、劇の衣装みたいだが……着る。分かった。着るから。

 カラスが楽しそうに翼をバサバサやる姿に殺意を覚えたが、頼んだのは俺。再発注は時間的な無駄なのだ……。

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