第4話

 私は、自分の思いを伝えられないまま会議室を出た。8月のシーズン途中の話だ。


 私の所属してる、『メロンソーダズ』は、今のところリーグで首位を独走している。次の試合から折り返しとなる。最終的にどうなるかはわからないが、このままならリーグ優勝確実だと思う。私が今、チームを去ったとしても結果は変わらない。

 私は、今のところリーグで得点王争いをしているが、争っている相手も同じチームの川中島だ。川中島は10も歳が離れているのになかなかなものを持っている。入団した時からセンスはあったが体の線が細かったため、フィジカルに問題があった。精神的にも少し弱かった。

 それが、なぜか一年目で新人王になり、二年目からフィジカル強化に努め、結果、得点王になり、オールスターに呼ばれ、オールスターから戻ってきたら少しだけメンタルが強くなっていた。そのあと、私と後藤田ともに代表に選ばれ、遠征から帰ってきたときには、昔の川中島は消えていた。プロのアスリートになっていた。私は川中島が頼もしくて仕方なかった。わがメロンソーダズもあと十年はトップでやっていけると確信した。



 同期の後藤田は、本当の意味で私を理解してくれている人間のひとりだ。大半の人間は社交辞令で私に話しかけてくる。私の目を伺いながら話しかけてきているのが嫌というほどわかるが、後藤田は違う。私という人間の本質を理解して話しかけてくる。私も後藤田を理解しているつもりだ。なぜなら友人だから。

 後藤田はディフェンス力に優れている選手だ。得点もとれる。ここぞというときに最も力を発揮する試合勘みたいなものすごい。私たちのチームは何度となく後藤田に助けられた。大きな声では言いたくないが、年俸も後藤田のほうが私より上だ。そんな後藤田に言われたことが

「お前のオフェンスはディフェンスでも生かせる」


 言わんとしていることは解る。どんなスポーツでもそうだが、オフェンス能力の高い選手はディフェンス能力も高い。しかし、冷静考えるとそんなオフェンスの選手より更に高い能力を限界まで高めているのがディフェンダーなのだ。今からポジションをコンバートしたところで結果は明らかだ。それに、『オフェンスでは輝けないとい』とわれているような気にさえなってきてしまう。前言は撤回しなければならない。後藤田は私のことを何も理解していない。


 ある日、私は会議室に足を運んだ。

「監督、オーナー、自分はこれまでチームのために全力を尽くしてきました。もちろん、これからもチームのために尽くすつもりです。この気持ちは変わりません。チームに残りコーチなり、若手の指導なり、自分にできることはたくさんあると思います。しかし・・・」

 私は、言葉が詰まった。この後の言葉は慎重に選ばなければならなかった。私の人生がかかっているからだ。

 本当のことを言うと、倍の年俸でライバルチームのチェリーコーラズのテッドハンティングにあっているのだ。万年2位のコーラズは何とか首位になりたいのだ。

 そして、今の私は、金が欲しい。去年生まれた子供のためにたくさんの金が欲しい。そのために、後藤田より低い年俸の評価しかしないこのチームに残るよりは、チェリーコーラズに移籍、たくさん金をもらい、子供に費やしたいと考えている。妻にもこの話はした。何回も話し合った。妻は、チームに残ることを進めた。別に金に困ってるわけでもないし、年俸が倍になったからと言って、あと何年選手生命があるかなんて誰もわからないから、それなら慣れたチームに骨をうずめる方がいい。何より、今の環境が変わるのが嫌。と、私にはわからない安定を押してきた。

 私は、チームの契約と違約金、チェリーコーラズの契約書の内容を考慮すると損のない話だと思っている。今以上に子供のために費やせる。


「チェリーコーラズから誘われているのか?」

 監督が真剣に私の目の奥を覗いてきた。私はそのまま目をそらさず監督をみた。

「川中島がチェリーコーラズに引き抜かれた。今月付で移籍することが決まっている。年俸が3倍になるそうだ。しかも、5年契約」

 ため息を混じらせながら、監督は続けた。

「確かに、今の彼は若いからそこまで金は払ってなかった。だが、次の契約更新時には、私たちもそれ位を考えていた。完全にやられた。後藤田は断ったそうだ」

 私の心臓が縮んだ。後藤田の名前が出たとたん縮んだ。ヘッドハンティングを受けていたのは私だけではなく後藤田もだったのだ。旧友の私への相談もなく勝手にチーム上層部と話し合っていたのだ。やはり、後藤田と私は理解しあってはいないと確信した。長年のチームメイトではあるが友人ではなかった。

「私は・・・」


「ちょっと話が重いっすね」

「やっぱりそう思う?」

「うちの雑誌向きじゃないっす。最初の方のいいおじさんが悩んでいるのはよかったんですが、最後の方の展開が急だし。あと、チーム名は無限に出てきそうでいいっすね」

「だよね。私もそう思った」


 もうすぐ86歳になる作家の相手はつかれる。微妙に人気があるからむげにはできないが、作品を完成させるのには骨が折れる。無理に若い言葉を使おうとしているのも痛々しい。編集長は努力と言っていたが、僕はまだ理解できない。

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TMに捕らわれぐれいから逃れられない @m89

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