五十音的でショートショート

下戸🍼

第2話 かきのきくりのき  かきくけこ

かきのきくりのき かきくけこ


 『あー、こんなこともあるものなのか』



ぼんやりしていた視界に焦点を合わせ、その言葉に尽きると思った。

 自分の視界に映る境界線のずっと向こうの方を追いかけると、いつのまにかその境界線は失せ、非常に全体が白い雲である、明るめの空に移行する……その動作が解決の架け橋になることはなく、それに気づいた私はもう一回だけ作業的に動作を行い、左右を見比べることにした。

 自分の右と左を確認するのはよくあることだったが、今回はその仕草をする私自身を第三者視点で眺めようとしている自分がいたせいなのか、首を激しく動かしているという訳ではなかったが、だいぶアホっぽく見える動きなのだなと感じた。そんなことはどうでもいいなと思う頃には、ここはどこなんだろうという疑問がより一層ハイペースに育成されていた。

 左側は一面灯されているかのような熟れた柿の実が誇らしげに橙色を主張し、一方はやる気失せた栗が枯れたイガの中に心を塞いで閉じこもっている、ように見えるぐらい左右の色合いには差があった。カラフルとモノトーンという表現の仕方よりも、カラフルに霞んでしまうという言い方がお似合い。なんだか理不尽で可哀想だなぁと、私がつけてしまった表現のレッテルに多少の罪悪感を持ちながらも、でも頑張らないお前も悪いんじゃないかね、という少々強引な嫌味を心で呟いてかき消した。

 少し歩いてみようかと体を動かすと、下の方でビニール袋が擦れるような音がしたので、そっと手元に目をやると、まぁ、若干重たそうなビニール袋がぶら下がっていた。何かを握っているような感覚はあったものの、それが当たり前になりすぎていて今の今まで気づかなかったのだと思うとなんだか納得はいかなかった。中身を覗きギョッとし、さらに納得がいかなくなった。

 様々な種類の黄色い毛糸玉。買った覚えは一切ないし、欲しいと願った記憶も全くない。いつの間に私の所有物になっていたビニール袋を右手に持ち直し、半開きの口を空へ向ける。



 あー、これからどうしようかなぁ。不思議と焦りや恐怖はなかった。少しひんやりと感じる澄んだ空気、体に注ぐたびに気持ちが落ち着いて心が安心できるような土の瑞々しい匂いを含んで、不穏な空気なんてどこにもなかったし、いっそこのままここで暮らしたいと思う空間だった。こんなにたくさんの柿があるのだし、しばらくはこれで食い繋いで、その先はもうこの淀みのない場所で静かに眠りについても構わない。考えれば考えるほどに、私はこの唐突に私を取り巻いた空間を脱出する術を考えるのは面倒になってきたし、ここに来る前に生活していたであろう元いた場所に帰る手段を模索するのが嫌になってしまった。本気でここに止まりたいと願ってしまった私は、食料がどれくらい持つのか確認しようともう一度柿に目をやり、でも私あんまり柿って好きじゃないんだよねと思ってから、栗へとターゲットをチェンジした。いてぇなぁとは思いながら素手でイガをつまんで引っ張り、靴で踏みつけて身を砕いた。



「ん、」



 さらにしゃがんで見てみると、少しコナっぽいような薄い黄色い身。決してカラフルで鮮やかで……とまではいかなかったけれど、柿に負けないくらいのボヤけない白い輪郭が元気よく佇んでいた。外見と内面の印象の違いに思わず口元が緩み、ふふふ、という私の微笑みが溢れた。

 さっきは霞んでるって言ってごめんね、違う環境に置かれていたら、もっと自分の黄色い部分を主張できてただろうし、そもそも柿なんかと比較されて縮こまることもなかったよね。ポロポロとした身の部分をひとつまみ口に放り込み、ペッとやってから立ち上がる。



 生の栗はとても美味しいとは言い難かったので、私は帰ることにした。



 橙色に怯まずに、少しずつ自分の中身を主張できるようになれたらいいね、と、黄色い毛糸を栗の木の枝にひっかけながら、私は橙色と茶色のカラフルな境界線を曖昧にしつつ、私は歩いた。

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