第九声 吸血鬼姫と厄介さん3/3


 場所を戻し、碧海ヶ坂高校本校舎の屋上。道真が他の生徒の魔力も用い創り出した巨大な火球により、もはや場は夜でありながら昼を思わせる様相である。


『こ……こんなの……き、聞いてない……こ、こんな力の差』


そんな中にあって、顔のそこら中から汗を噴き出し震える薔薇雨子。


抜けたままの腰を両手の力だけで懸命に這いずらせながら時間稼ぎを乞うが如く今さらな泣き事を漏らす始末である。


すると対峙する道真は、彼女の無様に免じてか、憐憫の溜息を吐く。


『思考が止まってた証拠だ、取材も無く想定もせず、古い情報を鵜呑みにしたカスが』


しかし、それでも、同情を滲ませながら非情に薔薇雨子を見下げ、冷徹に断じ、攻撃を始めようとする構え。


「〆まで残り二秒ある。最後くらい空飛ぶ勢いで自分を彩れ」


武士の情けと言わんばかりに散り際の後悔が無いよう忠告すると、腰を低くし同時に薔薇雨子を狙い澄まして鋭く睨みつける。醸す雰囲気は居合斬りのようであった。



終末——彼は、深く息を吸う。


「ひぃっ⁉ あ、芦屋さまぁぁぁぁあ‼」



『始まりの灯・フレイム・オブ・イグナイト——』


『慟哭する炎よ……天を割り、封印されし九龍の存在を世に示せ』

『いやぁぁぁああ——‼』



——。

————。


 空を昇る炎は、九つの龍に別たれ、世界へと向かい、空を駆けていく。



一方、火球の激しい光源が消え去った屋上は途方も無い暗闇の中、人型をした灯りが燃え続け、傍らで静かに見守る道真を映し出していた。


「っ、流石に持たない……か。少し火傷したな。けど、もう一仕事だ」


彼の制服部分は黒く焼け焦げ、道真本薬は走る痛みに愚痴をこぼす。


しかし、そうも言っていられないと、周りの状況を見渡して、空を掛けていく龍を見上げ、終幕を降ろすべく天に腕を掲げる。




『爆ぜろ。線香花火・蛍雪‼』



唱えた言葉、【吸血鬼】も【デイダラボッチ】も居なくなった静寂の敷地に響く盛大な声。


——直後に響いたのは、強大な爆発音。


空を駆けていた龍が弾け、炎の花火で夜空を彩り、やがて世界に雪の如く降りしきるのは燈色の弱々しい蛍火。道真本薬の心ばかりの構成魔法。



『改めて、入学おめでとう。一年生』



物語の締めに、【厨二病の本厄】は自らの台詞をそう選ぶに至る。



『【厨二病】だの【偽善者】だの【生意気】だの言われようが、自分が思うように胸張り倒して格好つけて生きていけ』


空から降る無数の蛍火は——まさしく化学反応を起こす線香花火のように美しくパチパチと華を咲かせ、事件に巻き込まれた生徒の眼前で輝く。



——。



——後日談。短文で説けば、吸血鬼襲撃事件は道真本薬を筆頭にした五凶兆全員の悪戯という事案として処理された。


テロリストの襲撃による学校側の警備体制の不備が問題にされなかった形ではあるが、教育機関としての碧海ヶ坂高校が生徒の管理という点で問題視されることは免れないであろう。


それでも政府を始めとする国家と学校上層部が協議をした結果——、テロリストが生徒を襲うという事件が発生した事実に対する社会的影響を鑑み、道真らの情報隠ぺいを黙認する事にしたといえば聞こえが良いのだろうか。



——全責任を、道真ら五凶兆に背負わせて。


「せんぱーい! 道真せんぱい‼」


「……元和泉か」


それでも事実を知る、気付いている、察している生徒は幾人か居る。


処分を言い渡され、トボトボと帰路に着く道真に声を掛けて追い掛けた元和泉舞歌も当然——その一人であった。


「先輩、今日はもう帰るんですか?」


「ああ、取り敢えず一週間の謹慎だからな。予定にあった後輩の相手をしなくて済んだ」


「……先輩の考えは、文月さんに聞きました。けど、私は納得できないです! 先輩達は何も悪くないのに」


「悪いんだよ。独断行動、自己犠牲は美徳じゃねぇさ」


「テロ組織の公表は、その時点で脅威になる場合がある。感化された馬鹿が暴れ出す可能性があるからな。思念体のパンデミックも笑えやしない話だ」


「で、でも——」

「正しい事が、全てを救う訳じゃない。貧乏くじは引き慣れてるんでな、気にするな」


「それに——また政府関係者とブックメーカーに貸しが出来た。体裁の為の一週間の謹慎くらいなら安いもんだ」



「……先輩は、凄いですね。ホントに」


「ああ。俺は天才だからな。それより元和泉……俺が居ない間、少しは勉強に励めよ」


「え?」


「天才の時間は貴重だ、昨日から世話してやったんだから多少は成長しろよって話」



「特に語彙力を鍛えろ。お前の他人の褒め方は一辺倒が過ぎる」

「——……」



「先輩‼」

「……あ?」



「閉塞世界に行った友達を助けたいからだけじゃない、です……」



「私! 絶対に声雄になります‼ 加屋野先輩みたいな、道真先輩みたいな強くて凄くて格好の良い声雄になって、友達も、先輩たちだって全部守れるくらい強くなって‼」




「そしたらいつか——道真先輩が本気で作ったキャラ、私に演じさせてください‼」

「……」



「私を、格好つけさせてください‼」



道真本薬が振り返った先には——光があった。天にまで届きそうな坂の上、大海に似た青色の空の真下にそびえる、若き人材を育てる碧海ヶ坂高校。



彼がこれから降りようとしている坂の上には、


嘘偽りの無い確かな光が、あったのである。




『そんな日が……いつか来ると良いな』


                          

——声雄志願と文術士。

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声雄志願と文術士 紙季与三郎 @shiki0756

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