第九声 吸血鬼姫と厄介さん2/3



『あーあー、聞こえてるか碧海ヶ坂高校‼』



『俺は二年文術科、道真本薬』




唐突に薔薇雨子を無視し、道真本薬の声が夜の世界に轟き響く。彼はポケットに両手を突っ込み、天に吠えたのである。


『【厨二病の本厄】なんて呼ばれたりもするが、意外に普通な先輩だったりする』


「なに……を」


あまりに突拍子も無い道真の鼓動に薔薇雨子は戸惑い、苦渋に耐えながら道真を睨みつけるが、しかし、それでも道真の奇行は続いた。



『今回のサプライズイベント、楽しんでくれているか?』

『はは、新入生への細やかな入学祝いって奴さ』



薔薇雨子の存在を無視し続け、とても楽しげに声色を装って不特定多数の誰かに演説し語り掛けていく。誰かが誰かだけは明白で、それは碧海ヶ坂高校に通う全ての生徒たちに向けられたものである。


さらに細分化すれば、あの元和泉舞歌を含む最近入学したばかりの新入生たちに向けたものであった。


『声雄を目指す奴、目指さない奴、色々いると思うが、馬鹿みたいに長いこの学校の坂の上に何があるのか、少しでも感じてくれたら幸いだ』



『怖い思いをした奴も居るかもしれないが、そろそろ幕引きだから安心してくれ』



この時の彼は——とても傲慢に大人びて無邪気に悪意を持って笑っていた。



シメは、やっぱり校歌が締まる。弓狩! そこらに居るだろ、盛大に伴奏をやってくれ』



数多ある未来に祈るが如く、とても優しげに、


『他の二、三年は後輩を想う気持ちが少しでもあるなら、声を枯らして歌え』


『それで五凶兆‼ ダラダラしてないで全力を見せて後輩に畏敬を刻め‼』


とても雄弁に、とても華やかに、世界に叫んでいた。




『ふ……ふざけるなぁぁぁぁぁあ貴様ぁぁぁぁあ‼』




そんな道真の意図が判らぬものの、心臓を失っているはずの薔薇雨子の体内の血流が激しくなるのも無理からぬことなのかもしれない。


今まで自負として抱えていた矜持も誇りも承認欲求も全てを踏みにじられ、自分を一切相手にしていない道真の敬意なき態度に心が狂気で膨れ上がり弾けて飛んだような面持ちが彼女の声と表情には溢れていたのだから。



しかし——無惨、条件反射の如く落としていた棘付きの鞭を拾い、駆け出そうとした薔薇雨子だったが、



『開幕・業(カルマ)の獄炎』

『——っ⁉』



原始的にして巨大な炎の幕が彼女の行く手を遮る。皮肉にも誇りを尊ぶ心とは相対、生を望み、火を恐れる彼女の生物として当たり前の本能がそうさせたのであった。



そして頃合い——彼女の神経を更に逆撫でするような声が世界に轟く。



『ほいきたー‼ 伴奏——いっくよー‼』



それは、邪気など微塵も無い弓狩唯波の声であった。先ほどの道真の呼びかけに応え、本校舎の何処かに居るのだろう幼女の声は楽天的な声を上げたのである。



そして——息継ぎの間合いの後、



『——……知っているか。ローズ・キャンディー——』


始まるは、盛大なピアノの演奏。一音一音と丁寧でありながら力強く、軽快に奏でられていく序奏の中、道真本薬は強烈な熱気の溢れる炎の幕をあたかも陽炎であるかの如く平然と突き破り、ようやく薔薇雨子との会合へと話を戻す。



『ひっ⁉』


——化け物に見えていた。一瞬にして高熱を放つ炎を片手間で駆使し、その高熱をものともせずに悪辣に嗤い続ける人間が。


——化け物に見えていた。炎を潜り抜ける際に、火が燃え移ったのだろうか、それとも別の要因か、左半分の顔を隠す眼帯が、まるで鬼の角、鬼の形相のようで。



——人間だと感じていた。足音を一つ聞く度、抱いていたはずの怒りが燃え尽き、人を超越した吸血鬼であると語る己の自負心が砕け散り恐怖として溶けていくようで。



『——声雄ってのはな、背に届く全ての声を力に変えて戦うんだ』



——化け物に見えていた。目の前に居る生物が自分とは余りある力の差がある怪物だという事実が明確に心に刻まれていく感覚。そして、今更——だと心が密やかに悔いるのだ。


『遥か 高き 碧海ヶ坂

    友と 進む 頂き 目指し

声援を 力に変えて

    挑む 夢のその先へ


友が 傍ら 挫けたならば


    手を差し伸べて三つ足で行け

ああ ああ 碧海ヶ坂 

    大海の如き 空の青 


            碧海ヶ坂高校』


初めは弓狩由波の声だけだった校歌斉唱が徐々に他の声を重ね、音量を上げていく状況にあって、薔薇雨子は腰を抜かしたまま動く事は出来ずにいた。


それは——


『蓄積される炎。アキュミネーション・フレイム』


道真本薬——彼の下へ学校敷地内のそこら中から流れてくる魔力の気配があまりにも膨大で、凶悪なものに感じ、圧倒されていたからである。


しかしながら時が進む度に状況は悪化の一途を辿り、今では巨大な太陽の如き燈色の円形の炎が目の前に鎮座してさえいる。



『これが——テメェらが殺そうとした未来達の力だ』



太陽のような魔法の傍らに立つのは、やはり道真本薬。轟々と火が暴れる音を奏でながらも火球は、とても澄んだ色をしていて、その灯りは道真の真剣な表情を照らし出す。


彼は——腰を抜かしたまま呆然とする薔薇雨子に最後の別れを告げるが如く優しく呟く。



『燃え続けるくらい、すぐに治るし我慢できるよな、強い子、なんだから』


『——⁉』


とても嫌味ったらしい、悪魔の如き邪気に満ちるが故の、純真な笑顔であった。

そして——碧海ヶ坂高校の校歌は、そろそろ間奏を終え二番へと続くのである。


『ストック!』


『ストック‼』


——。


余談——、一方その頃【デイダラボッチ】と交戦を続けていた道真を除く五凶兆の面々はこの時、偶然か必然か広々とした校庭の一か所に集まり愚痴を漏らしていた。


「ふふふのふ……襲撃揉み消しの為の一手か。あの厄介村のヤクスケさんは面倒事を押し付けてくれる」


四体の【デイダラボッチ】に周囲を囲まれながらも屈強な鬼を従え、余裕に振る舞いつつ制服に付いた土埃を払う奏野森高貴。


「本校舎前に集まって先陣切って戦った私たちは、共犯とみなされかねないか。まぁ教義には反しないから構わないけどね」


構成魔法により創り出した巨大な腕に座す横島教。


「あひゃひゃひゃひゃ! 格好いいぜぇ畜生、濡れちまったぁなぁ、ひひヒハハ」


長い黒髪備えた頭を錯乱しているが如くぶん回し、狂喜乱舞する阿久根涼子。


「後で一発食らわしてやっでね、あんバカタレ」


拳の骨をバキバキと鳴らし響かせる剛田平太郎。



彼らにもまた、校歌による魔力流入が起きている様子で、周囲の【デイダラボッチ】も攻めあぐねているようであった。


「さて。彼より時間を掛けるのは、展開として美しくないね」


そして小休止を終えた彼らは、それぞれがそれぞれの担当する【デイダラボッチ】に向かい合い始める。


「残り一撃って所か……手を組むか? 五凶兆とやら、らしくさ」


そんな折、ふと思いついたように横島教が振り返り言葉を投げかけた。



「いとをかし。やぶさかでも無いが今の状況でそれは、美学に反する哉」


「こげん相手くらい、一人で片付けんか、情けなか」


「ひひひ。本薬様の為でも女のテメェと協力する気はねぇ、消え失せやがれクソカルト」


しかし何の気の無い閃きに返される拒絶の言質。


「酷い言われようだ……では、まぁ——」


少しの苦笑いを浮かべ、項垂れる横島ではあったが予定調和であったように直ぐに心を持ち直した様子で朗らかに爽やかに【デイダラボッチ】を見上げるに至る。そして、

『——行こうか』


『式神召喚・ガシャドクロ‼』

『終末のゴーレム‼』

『腐浄伝染、ひひヒャハハ‼』

『ズッッッガアァァァァァァンッッ‼』



彼らの戦いは、それらで終わった。


——。

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