第4話

 ピピピピピピ。スマホのアラームの音が鳴る。いつものようにまだ頭痛がする。スマホのアラームを止めて立ち上がる。

 洗面台で身支度を整える。今日はまだ時間があるのでゆっくり朝食を食べてから会社へ行こう。

 会社に少し早く到着したので自分のデスクで待つ。

 出勤時間が近ずくにつれてゾロゾロとオフィスに人が入ってくる。その中に筧先輩もいる。僕は筧先輩の座るデスクの元へと駆け寄る。

「先輩!用事があります。すいません行きましょう」

 僕は先輩の手を引くと無理やり引っ張っていく。

「ちょと!急に何なのよ!」

 先輩は慌てたような声を出した。それでも僕は手を離さないでオフィスを出ていく。周りの社員はざわつくが気にしない。

 そのまま廊下に出ると先輩は僕の手を振りほどいた。

「どうしたのよ、急に君らしくないわよ」

 その顔には不安が見られた。

「すいません。今日は僕に付き合ってもらうことはできませんか?」

 そう言うと筧先輩は困った顔をし、ため息をついた。

「まだ朝礼まで少しだけ時間があるから外に行きましょうか」

 周りを見ると他の社員が好奇の目でこちらを見ている。僕はそれに承諾すると外へ向かった。


 会社前のいつもの喫煙スペースでいつものようにベンチに座る。

「で、なにかあったの?話なら聞くわよ」

 先輩は少し不機嫌そうにいつもより棘のある言葉が飛んできた。

「すいません、今日一日でいいので僕に時間をくれませんか」

 少し歯切れが悪くなる。

「さっきから一方的に言ってくるけど何が言いたいのわからないわよ」

 はっきり言うのが怖かった、そのため多少強引なことをしてしまった。でも最後かもしれないから言葉を濁さずに言う。

「先輩好きです!僕とデートしてください」

 僕は真剣にお願いをし、嘘偽りのない真実であることの証明として先輩の目をしっかりと見た。あきらかに先輩は戸惑っている。

「え、えーと、なんで突然そんなこと。それになんで今なのよ」

 当然の疑問だ。僕だってそれなりに社会人を経験してきてこんなことは非常識なことくらいわかっている。でも時間は限られている。

「今じゃないとダメなんですお願いします」

 理屈は通ってないが気持ちが少しでも伝われと必死にお願いする。

「そんなことすぐには決められないわよ、将来のこともあるし」

 真剣さが少しでも伝わったのかあれこれと思案しているようだ。慣れてはいないがここはもう一押し。

「とりあえず今日一日デートしてみて将来のことはそれから決めるのはどうですか?」

 あれ?自分で言っていてなんかチャラ男のナンパみたいなセリフだな。

「はぁそれもそうね一回くらいならいいか」

 先輩はあれこれ考えるのをやめた様にあっさりと承諾した。先輩はどうやらチャラ男に引っ掛かりやすいのかもしれない、注意しないと。

「あ、でも会社はどうしよう?」

「会社には風邪って言っておきましょう。毎日真面目に働いているんですから少しくらい嘘言ったってバチは当たりませんよ」

 先輩は諦めたようにため息を吐くと「わかったわ」と言った。

 


 そして先輩とデートをすることになった。

 そこから僕の可能な限り思いつくデートコースを回った。動物園を回りお洒落なレストランでランチを食べ、午後からは映画を観てウインドウショッピングをした。夕方には水族館へと向かった。

 水族館の水中トンネルの中を歩く。青い光りに満ちた空間でふと上を見上げるとイルカや見たことのない様々な魚の群れが影を作りとても幻想的に感じられた。

「そろそろ本当の事を話してくれない?」

 先輩が話を切り出した。僕は決心した。

「これから話すことは何を言っているのかわからないかもしれませんが僕の話を真剣に聞いて下さい」

「わかったわ」 

 先輩はこちらを真剣に見つめている。

「僕はこの世界の住人ではないんです、覚えているか分かりませんが前に話した夢の話がどうやら僕の本当の住む世界なんです」

「そう」

「僕は今この世界に留まるか本当の世界に帰るかの選択を迫られていました。でも今日先輩と一日過ごしてやっと覚悟が決まりました」

「そう」

 先輩は表情を変えず素っ気なく返事を返した。

「僕は向こうの世界で罪を犯し役目を放棄してきました。それが今でも心の残りなんです。忘れられないんですだから先輩と会うのも今日で最後かもしれません」

 先輩の目は少し見開き表情は変わらない様に見えるが長い付き合いでなのかそれが少し落ち込んでいるように思えた。

「でも僕は先輩の事をあきらめた訳じゃありません。可能性は必ずあります、何年かかってもいいから自分で決めたこの道を進みたいんです」

 イルカが頭上を通り陰でお互いの顔が見えなくなる。

「先輩のおかげで立ち直ることができました。勇者じゃないありのままの僕に声をかけてくれて励ましてくれたおかげで人と自分を信じる事ができるようになりました。もう現実から目を背けません。いつか必ずまた会いに来ます」

「そう、気長に待っているわ」

 先輩は素気ない返事を返すがどこか声が震えていた。イルカの影が通り過ぎると先輩は今にも泣きそうな顔をしていた。

 終始僕の周りをうろついていた紫色のトカゲが足元へ来たのを確認すると、それを泣きながら静かに踏み潰した。

 すると目の前の景色が徐々に崩れていく。二度と忘れないように先輩の顔を目に焼き付ける。


 目覚めるとそこは魔王の部屋だった。横には拘束された仲間たちが倒れている、気を失っているようだ。どうやら僕が魔王の要求を呑んでそれほど時間は経過してないようだ。

「幻覚が途切れたようだ。いや、自分で断ち切ったのか」

 そう言い魔王が玉座から降りる。僕は何も答えず剣を鞘から引き抜く。

「ふむ、最早言葉はいらないか」

 僕は一歩前に前進するとお互いが対峙をする形になった。最後の戦いが始まる。

 魔王が手の平から禍々しい黒い光を放つ。

 僕はそれを避けることはせずに後ろにいる仲間に当たらないようあえて受け止める。その魔法に当たると様々なネガティブな言葉が聞こえてきた。

 こんなこともできないのか。お前は何のためにいるんだよ。やってること全てが無駄なんだよ。本当に勇者なのか?いつも根暗な顔しやがって。この父親殺しが。

 その声は僕が出会ってきた人々の誰かの声だった。以前魔王と戦った時は自分の犯した罪に苛まれて何も信じることができずにこの魔王の幻覚に負けてしまった。しかしもう僕は迷わない。たとえどんな言葉を言われようが自分で見てきたものを信じる。

 怯むことなく進み間合いを詰めていく。そして走り出し一気に肉薄し魔王の懐へ剣を突き立てる。

 高い金属音が鳴る。魔王の作り出した障壁に阻まれる。僕は退魔の光魔法を使いそのまま剣を押し込んでいく。少しずつ障壁は削れていくが魔王は次々と新たな障壁を作り出す。

 構わず剣を押し込んでいく。もう止めることはできないここで全ての力を出しきる。


 最後の障壁が破れ剣は魔王に突き刺さる。魔王は抵抗をしない。

「無駄なことを。ここで我を倒しても何も変わらんぞ」

 魔王は少し苦しそうに言った。

「どれだけ時間がかかってもいい、僕は、僕たちはいつかこの戦争を終わらせる。あきらめなければ必ず答えはある」

「そんな答えありはしない。やはり人間は愚かで争いの好きな種族だ。その選択はいつか後悔するだろうクックック」

 最後にありったけの退魔の光魔法を放ち魔法は消えていった。


 国に帰ると僕は魔王を倒した英雄として歓迎されたがその称号を辞退した。そしてこれから自分の道を進むために父親を殺したことを白状し罪を償うことにした。

 魔人の事を国王に報告するとすぐに調査団が発足した。人類の輝かしい栄光と繁栄のために魔人の情報を集めて二度と復活しないようにするためだ。

 アルフは僕の記憶を封印したのは自分一人の判断でやったこと罪を償わせてくれと言ってきたが、僕はそれも人類のために仕方なくやったことだから罪を償う必要はないといった。それでも何かさせてくれというので、それならとアルフには魔人の調査をして欲しいと調査団に加わってもらった。

 ザバンは家庭があるので家族と平和な時を過ごすそうだ。ただ何か助けが必要になったらすぐに駆けつけると言ってくれた。

 ミーリアとリドナは魔人によって損害を受けた町や村などの復興に尽力するそうだ。ミーリアには罪を償ったら一緒に魔人の調査をしてくれると言ってくれた。

  

 僕はこの先魔王が言った通り苦しみながら生きていくことになるだろう。魔人とのことや子孫のことで悩み、その度に大きな選択を求められ苦悩する。でもそれは勇者だから悩むのではなく人間だから悩むのだ。どんな人間にも必ず選択はつきまとい苦悩する。ただその選択を後悔のないように悩み決断し突き進む。その決断には勇者も会社員も関係ないのだから。


 魔王の部屋のさらに奥にある部屋には密閉された水槽がいくつもありその中身は黒いなにかで満たされていた。時折黒いなにかの中ではキラキラと光る無数の小さいなにかが見える。その一つを近くで見てみると青い球体があった。

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