第3話

 魔王の城へと到着し玉座を目指すまでに魔人や魔物を倒す。ここまで苦楽を共にしたこのパーティーにとってはもう難しいことではない。


 魔王がいる部屋の前に到着した。派手な装飾をしたドアは両開きになっておりそこへ手を押し当てた。長い旅の中で最後の目的を達するために四人の仲間と共にドアを開ける。

 ドアの先には絢爛(けんらん)豪華(ごうか)な部屋がありその奥には一際目を引く玉座が存在し魔王であろう人物が座っていた。魔王を一見すると紫色の肌ではあるが、顔には表情がある。服装は貴族の正装を思わせる恰好をしていた。

 僕らは警戒しながら慎重に歩を進める。

「また来たのか勇者よ。覚えているかな?私が魔王だ」

 魔王が声を出す。

「どういうことだ?」

「クックックどうやら聞かされていないようだな。あのまま眠っていればいいものを。お前は以前にもここえ来て我に戦いを望んだことがある」

 記憶に無いなにを言っているんだ。

「勇者様。惑わされてはいけません。」

ミーリアが叫ぶ。

「クックック、まぁよいここからは我の戯言だ、聞くも聞かないもお前の自由よ」

 不敵に笑いまるでこちらを試すかのように話しかけてきた。

「以前にもお前たちここで我と戦った。それはそれは熾烈な争いだった。お互いに鎬を削って力を出し尽くし我もお前らも朽ちる寸前になった。そこで私は勇者に幻覚の魔法をかけた。クックック、面白いことに勇者は見事に魔法にかかってくれた。勇者さえいなければ後は怖くない。そこで勇者たちを根絶やしにしようと思ったが我も思った以上に深手を負っていてな、止(とど)めを刺すことはできなかった。しかしそれなりにこちらにも収穫はあった」

僕が幻覚の魔法にかけられた?

「こんな奴の言葉を聞く必要は無い」

 そう言いリドナが魔王に斬りかかるがあっさり避けられてしまう。

「勇者よお前はこの世界に生まれてから一度たりとも自分のためには生きていない。それはお前の強さの象徴でもある退魔の力が物語っている」

 魔王が話をしている間にアルフが大火球を放つ。魔王はそれを自身の前に障壁を作り防いだ。

「そうお前は生まれた瞬間から運命に囚われているのだ。勇者という職業に縛られてきたお前には選択するという権限を与えられておらず日々精進の毎日。怠惰など許されるはずもなかっただろう。いったい幾つもの無責任な言葉が投げかけられたのだろうか想像に難くない」

 ザバンが大斧で切りかかる、魔王は後方に下がるが少し遅い直撃した。かのようにみえたが服をかすめただけで傷一つついていない。

「そして勇者の仲間よ、お前らも酷な奴らだ。どこまでも勇者を求めるのだな。その行動自体は間違っていないが軽蔑するぞ。勇者が哀れで仕方ない」

「勇者よ頼むそいつを傷つけられるのはお主しかいない戦ってくれ」

 アルフがこちらに訴えかけてきたが僕は魔王が何を言いたいのか知りたくて耳を傾けてしまう。

「お前たちであろう勇者の記憶を封じ込めたのは。勇者がいつまでも幻覚に囚われているのは現実を否定しているからだ。現実の記憶を封じることで否定する意味もなくなり少しずつこちらの世界へと帰ってきた。そして何も知らない勇者を歓迎し甘美な誘惑でこちらの世界へと留まらせた。そうであろう?」

 誰も何も言わない。どういうことだ。仲間を疑いたくはないが、なんで誰も魔王に言い返さないんだ。僕は何かを見落としている気がする。仲間が戦っているのに加勢に行くことができない。

「今こそ記憶を解放しようお前の真実を思い出せ」

 魔王は指先から迸(ほとばし)る黒い光を放つ。

その瞬間に頭の中に記憶が流れ込んできた。

 森の中に一軒だけある木造の家。そこで僕は幼少期の頃から日々父に剣の稽古をつけてもらう。父は言った我が家系は代々王国より退魔の使命を与えられた由緒正しい家系であると。そして数百年に一度この世に現れる魔王に対抗するために生まれてきたのだと。

 母は早くに亡くなっており、教育は父一人の裁量で行われてきた。父の容赦のない厳しい稽古に怯えながらも必死でそれに食らいついた。稽古ですぐに弱音を吐く僕に父はいつも呆れていた。しかし体中に痣を作りボロボロになりながらも耐えていた。

 何故こんなことを僕がしなくてはならないのかと何度も思った。子供が生きていくにはどんな親だろうとそれに従って生きていくしかない。子供は親を選べない、替えられるなら替えてほしいと望んだこともあった。きっとそれは父も思っていただろう。毎日が辛かった、逃げ出したかった。

 数年経ったある日から自分の食いぶちは自分で稼ぐことになった。父との稽古の後に空いた時間で森にある果物やキノコ等を取り食べていた。獣を見つければ倒しに行くこともあった。しかし獣を倒すのも簡単なことじゃない、獣は毎回命懸けで抵抗してきて一歩間違えれば僕が命を落としていた場面もいくつもあった。命を懸けた分見返りも大きく捌(さば)いて食料にする。

 たまに魔物が町の付近で出るとギルドからの討伐依頼が発注され父に連れられ倒しに行くこともあった。活躍次第ではそれなりにお金を貰うこともあったが衣服や装備を整えるのですぐに消えてく。

 その時期から魔人に対する魔法を父から教わる様になった。魔法は順調に覚えていった。しかしその魔法は魔人以外には当然効果が無く現状の生活に役立つ術ではなかった。そのため火球の魔法を一つ覚えれば生活がどれだけ楽になるのかを何度も思った。生活で使う火を熾すのも苦労する。こんな役に立たない魔法を覚えてどうしろというのだ。

 いつしかこの苦しい生活から抜け出すことを考えていた。そして魔王なんか本当はいないのではないか、ただ根性のない自分に辛辣に当たるための父の詭弁ではないのかと思うようになった。

 ある時自分の思いや疑問を父に投げかけてみた。しかし父はくだらんと言った後に大きな大義の前には何かを犠牲にするものだと一蹴した。僕はそれ以上言い返すことができなかった。そんな自分がただ悔しかった。しかしそれと同時に納得できる答えをくれなかった事への不信感から父への反抗心が芽生えた。

 僕はこの生活が辛くなり逃げ出すことにした。当てはないが森をぬけどこかの村か町にたどり着けば何とかなるだろうと思っていた。

 しかし結果は森を抜ける事すらできずに父に追いつかれて殴られた。父は一言、お前にはまだ力が無いと言われた。逃げ出すこともできなかった。

そして数年が経ち僕の体は大きく成長していたが父への疑念は依然として残っていた。

 ある満月の夜、僕は父の寝室へ行き、寝ている間に忍び寄り父の心臓へ剣を突き刺した。やってみたら案外簡単だったなと感じたのを明瞭に覚えている。積年の思いが叶い剣を引き抜こうとした。その時、急に父の両手が動き僕の横顔を挟むように掴んだ。窓からちょうど月明りが差してきて父の双眸(そうぼう)が僕を見ているのがよく分かった。枯れた蚊の鳴くような声で「すまないな・・・・こんなにでかくなったのか」と言った。そうして事切れた。

 数日後に王国から兵士がやってきて魔王復活の報せを聞いた。



 今まで頭の中でせき止められていた記憶や感情が一気に流れてくる。脳へ急激に血がドクドクと流れ激しい頭痛に襲われる。

 思い出した、僕は勇者だったのだ。僕にとっての現実はこの異世界で、あっちの世界が夢なのだ。

「勇者よ記憶は取り戻せたかな?真の勇者として目が覚めたか。そんなお前の記憶は仲間によって封じられていたのだ。お前の仲間は所詮退魔の力が欲しかっただけに過ぎない。つまり道具としてお前を見ていた訳だ」

 気づくと仲間は魔王の召喚した魔物と戦っていた。

「クックックこの世界はお前に求める物が多い。本人の意思に関わらず世間の人々は勝手に勇者という存在に期待し崇める。期待が大きい分もし我を倒せなかったら落胆も大きいだろう。人間の間で永遠と語り継がれるであろうな魔王を倒せなかったその名が」

 魔王はコツコツと歩き自分の玉座へと座り足を組んだ。

「仮にだ、お前が我を倒せたとしてもだ、その先の未来には何が残るのだろうか考えたことはあるかね?」

 僕はまだ現実が受け入れられずにいる。魔王は畳みかけるように話し始める。

「言っておこう残るのは孤独感だけだ。勇者は魔王を倒してしまったら所詮道具とにしか見られていないから用済みだろう、それしか価値がないからな。我を倒した始めこそ国中から歓迎され、これ以上ない幸福感を得るかもしれん。富や名声をも手に入れるだろう。だがいずれは人々からの関心は次第に薄れ日々忙しなく生きている者にとってはその栄光も忘れていき、やがてお前に構う奴は少なくなる。そして時間を持て余したお前はいつしか子を儲ける。我が子を愛でるのも束の間お前は自らの力を子に捧げる運命にある。それは勇者自らが経験してきたであろう辛い思いも同時に託さねばならないことでもある。我が子からは恨まれることになるだろう。そうして孤独だけが残る。力を持つ者には孤独がつきものだ、その時にお前を理解してくれる人はいないだろう」

「そんなことはない私たちは勇者様を蔑ろになんかしないわ。それに魔王を倒してしまえばこの戦いは終わるのよ、子供に辛い想いをさせなくてすむのよ」

 ミーリアが叫ぶところを初めて見た。

「クックック、実に愚かだ。どうやら勘違いしているようだからここではっきり言っておこう。魔王という存在は不滅だ、何度でも蘇る」

「何を言っているんだ」

 ザバンがそう言いながら魔物を倒し魔王の元へと走っていくがすぐ次の魔物を召喚されてまた足止めを食らう。

「不思議には思わなかったか?この魔人と人間の争いが何百年、何千年と続いているにも関わらず終戦しないのを。答えは簡単だ、魔人という存在は不死身で絶滅させるのはほぼ不可能であるからだ。どんなにやられようが長い歳月をかけて復活する。そんな魔人が何千年も人間と戦っているのは退魔の力が途切れないからだ。魔人は退魔の力にだけは唯一対抗することができない」

 魔物は次々と召喚されリドナの手は徐々に追いつかなくなっていた。

「言っておこうこの争いの結果は二つに一つだ。勇者の一族が自身の人生を懸けて退魔の力を継承し魔人を退け続けるか、退魔の力を継承できずに人間が滅びるかの二択でしかない。つまり魔人は負ける事が絶対にない」

 一同に不安の色が見えた。反論する余地がないからだ。

「これがなんだかわかるか?」

 魔王は手を突き出すと魔法を使い目の前に映像を映し出した。そこに写っているのは筧先輩だった。僕は動揺を隠せなかった。

「お前はこの女に好意をもっていたな」

「どうしてそれを・・・どうするつもりだ」

 ダメだどうしも声が震えてしまう。動揺が隠せない。

「お前にこの夢を見せていたのは我だ。お前の気持ちはよくわかる、本当は勇者の責務から逃げ出したかったのだな、だからこそ夢の世界へと囚われたのだ」

 魔王は不敵に笑っている。

「そこで提案がある。勇者、お前は永遠に夢の世界で暮らしたいとは思はないか?向こうの世界では戦争はなく衣食住は整い好きな女もいる。能力さえあれば好きな仕事にも就けるだろう。仕事で失敗しても命を落とすわけではない。都合が悪ければ仕事を変えることもできる。どうだ悪くないだろう?お前が望めば我の力で向こうの世界で人生を謳歌させてやろう」

「しかしこちらの世界に留まるというのなら我も容赦はしない。この世界を選んだお前には使命という呪縛が待っているだろう。そこにお前の意思は尊重されない。失敗は命を落とすことと同義・・・いや全人類が魔王に屈服することと同義になる。例え勝利を収めてもその呪縛はお前の家系を永遠と呪い続ける」

「僕が向こうの世界へ行った後この世界はどうなる?」

「おい勇者何を言っている血迷ったか」

 リドナ怒りを隠さず叫ぶ。

「ふむ。そうだな我の寛大な裁量で抵抗しない人間は生かしといてやろう。そして我の命令の元働いてもらうことになる。しかし抵抗をする愚かな人間には鉄槌を下すことになるだろう」

「さぁ迷う必要は無いこれで終戦としようではないか」

 まだ頭痛がする、うまく思考ができない。魔王が言っていることが本当なのだとしたら人類はいつか負けることになる。ここで抵抗してもそれは無駄なことではないのか。未来を繋いでもただ蝋燭から蝋燭へと弱い火を継いでいくようなものだ。何かの拍子ですぐに火は消えてしまう。

 正しい選択はどっちだ考えろ。

 夢の世界では僕は会社で奴隷のように働き精神的に辛い時こともあった。でも筧先輩という存在のおかげで何とかやってきた。それに魔王が言うようにいざとなったら会社を辞めればいい。転職して新たな人生をやり直せる。

 現実の世界では一人だけ生まれた時から勇者という使命を背負わされて、毎日血の滲む様な努力をして頑張って、頑張って、頑張って生きて強い力を手に入れた。しかしその代償に人として多くのものを失い、その辛かった過去の記憶が頭からこびりついて離れない。唯一の魔王を倒す目標も所詮はまやかしの平和に過ぎない。そしてなにより現実世界を選ぶということになると筧先輩との永遠の別れを意味する。

 ではそこまでして手に入れたい平和は誰のための平和なのか。自分のためか。仲間のためか。戦う努力をして来なかった人たちのためか。人類のためか。その平和に価値はあるのだろうか。平和の先に僕の居場所はあるのだろうか。決めろ僕は何のために生きるのか。頭痛がする考えろ、考えるんだ。


 僕は答えを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る