第2話
ピピピピピピ。スマホのアラームの音が鳴る。昨日の酒が残っているのか軽い頭痛がする。僕はスマホのアラームを止めて立ち上がる。自分の部屋だ。あれ?やっぱり夢なのか。昨日の出来事は何だったんだろうか。まるで実物を見てきたかのような現実味があった。それに今でも木刀を振った感触、魔法を使った実感が残っている。試しに昨日ミーリアに教わった魔法を実践してみる。
光、目を閉じて光を想像する。光。暖かくて日光のような光。人を導く光。希望の光。光、ひかり・・・
目を開いてみる、何も起きてない。
「やっぱり夢か・・」
ふと時計をみると思ったよりも時間が過ぎていた。やばい遅刻する。身支度を済ませて急いで出社した。
昨日の会社で起きた問題は結局部長に相談しなんとかその場は収まった。そして今はとにかく会社全体の落ち度として直接クライアントへ謝りに行く必要があると部長は判断した。今日は僕と係長とでクライアントに謝罪をすることになっている。
僕は総務部へと行き社用車を借りる手続きをした。総務部からでると係長が待っており互いに挨拶を交わして某会社へと目指し出発した。
無事仕事が終わりまだ陽は完全に落ちていない時間に退勤した。
クライアントへの謝罪は、次からは無いようにとのことで何とか首の皮一枚で繋がった。しかしその後が大変で今回のミスで次回二度と同じ過ちをしないようにと新たな体制を導入することになった。その作業にかかりっきりになり時間があっという間に過ぎた。しばらくはこの作業に追われるだろうなと思うとうんざりした。少しため息をして会社を出ようとした。
「何ため息ついているのよ」
声と共に突然背後から背中を叩かれる。
「いてっ。なんだ」
「お疲れ様、今日は早いのね」
後ろを振り向くと筧先輩が笑顔で立っていた。いつもより早く帰るのに少しばかりの罪悪感があったので何か言われるかもと少し焦ったが、先輩の顔をみると安心した。
「あ、お疲れ様です。今日頑張っても作業が終わらないのでたまには早く帰ろうかなと思いまして」
「ふーん、そうなんだ。ねぇ一服するのに少し退屈だから話していかない?」
「えぇ時間もありますしいいですよ」
特に断る理由はないので返答すると、付いてきてと言わんばかりに先に歩いて行ったので、それを追いかける。
喫煙室で先輩がタバコに火を点けて吸い始める。
「今日は係長と先方に謝罪しに行ったんだって?休憩中に係長が話してたわよ」
「そうなんですよ、今日は色々と大変でしたよ。移動中は係長と二人きりで気まずい雰囲気ですし、係長の提案で持って行った折り菓子を先方に渡したら先方は激怒して散々でしたよ。その時は咄嗟に言いくるめることができましたけど、もうあんな心臓が破裂する想いはしたくないですね」
「あっそれでなんだ。係長が珍しく君に助けられたって言ってたわよ」
そこで先輩がコホンと咳払いをして声を低くし口調を変えた。
「今日は先方を怒らせてしまったが珍しくあいつの手助けで何とかなった。あいつはその場しのぎだけは上手いからな」
僕はそれが可笑しくてつい吹き出してしまう。
「それ係長の真似ですか?全然似てないですよ。でも面白いです」
それをみて先輩もつられるように笑った。
「ヒドイなー人がせっかく精一杯真似たのにそんなに笑うなんて」
「すいません。だけどあまりにも似てないから」
お互いにひとしきり笑った後に先輩が腕時計を見る。
「引き留めてごめんね。そろそろ電車が来るから行くわね」
そう言うとタバコの火を消して灰皿へ放り込んだ。
「いえ、楽しかったです。また係長の真似聞かせて下さい」
「機会があったらね。じゃあまたね」
少し微笑みながらそう言うとそそくさと歩いて行った。
先輩と話すことで少し気が楽になった。さてコンビニ寄っていつもの商品を買って帰るか。今日も一日が終わる・・・・
また二日酔いだろうか少し頭が痛い。なんだか手が暖かい。目を開くとそこはまた馴染みのない部屋だった。辺りを見回すと昨日の異世界でみた宿屋だった。これは夢じゃないのか?それとも異世界にきたのか?
「勇者様。大丈夫ですか?またこのまま起きないのかと思いました」
ミーリアが泣きそうな声をして言った。僕の手を強く握りしめてくる。
「ごめんミーリア手が痛いよ」
そう言うと慌てた様子で手を引っ込めた。
「ごめんなさいつい嬉しくて力が入ってしまいました」
その好意は嬉しいけど後ろにいるミドナの目が怖い。まるで触れるんじゃねぇと言わんばかりの形相だ。
こっちの世界だと確か僕はリドナと稽古している途中で気を失ったんだっけ。頭を怪我したのか痛みがある。少し触ってみると電気が走るような痛みがあった。それを何とか我慢する。
「まだ完全には治っていませんので無理なさらずに」
そう言うミーリアにあまり心配かけるのも性に合わないので笑顔を作った。
「もう大分楽になったので大丈夫ですよ」
「気持ち悪い笑顔だ」
無理して作った笑顔が気に入らなかったのか罵倒された。大人になるとそこまで直球で言われることも中々ないので少し傷つくな。
「リドナ!人が傷つくような言葉を使わないの!」
ミーリアが姉として弟に注意する。内心もっと言ってやってくれと思った。
宿屋にはミーリアとリドナしかおらずふとアルフとザバンの様子が気になった。
「他の二人はどこかに行ったんですか?」
「はい、そろそろ陽が落ちるころ合いですし今晩もこの宿に泊まるので二人には少し買い物に行ってもらっています」
突然大きな音が鳴り響く。
「何でしょう?」
不思議そうにミーリアが窓から外の様子を見ると、町の人が慌てて何かから逃げていた。
「何か良くないことが起こっているみたいです。リドナ行きますよ」
リドナは頷くとすぐに外へと駆けていった。
「勇者様はまだお体が本調子ではないのではここで待っていてください」
それだけ言い残すとリドナの後を追った。
一人取り残される。待っていろと言われても、こんな状況じゃ気が休まらない。落ちつかないのでベッドから出て外の様子を観察する。状況がさっぱりわからないのでしばらく部屋の中をウロウロしてみる。
ふと視線を変えると壁に西洋の剣が立てかけられていた。なんとなく剣を手にする。手によく馴染む。鞘から刀身を引き抜いて見るとまるで持ち主の元へと帰ってきたかのように銀色に輝いた。
「うわぁぁぁぁぁ」
すぐ近くで誰かの叫び声が聞こえた。外からだ。急いで宿を出ると、見たことのない生物が人間を襲っていた。その生物は人と同じ形をしてはいるがあきらかに人ではない。全身紫色で服などは身に着けておらず頭髪すら生えていない。足は人間と同じ構造で二本の脚で立っている。しかし両腕の肘から下は大きな剣の様になっていた。
宿のドアを開ける事でその生物がこちらに気づき男を襲う手が止まる。そして顔だけがこちらを向く。その顔は彫像の顔の様にただ人の顔を模しただけの物で、生気を感じることができなかった。
「あんた、早くこの魔物を倒してくれよ勇者なんだろう?」
中年の男もこちらに気づき身を屈めて必死に訴えかけてくる。見覚えがある宿屋の主人だ。
男に魔物と呼ばれた得体の知れない生物は依然としてこちらを見ていて不気味さを感じ、男を助けようにも中々動きだせずにいた。
その躊躇を見破られたのか魔物は一瞬にして男を大きな剣で貫いた。
一瞬だった。宿屋の主人は血をこぽこぽと吐きながらやがて支える力がなくなったのか地面に崩れ落ちる。魔物は男が死んだのを確認すると剣を引き抜きこちらにゆっくりと近づいてきた。
このままだとやられる。次は僕の番だ、剣を構える。しかし手は震えて魔物にむけた剣先は小刻みに揺れる。人生で初めて命が簡単に奪われるという行為が目の前で行われ、恐怖が芽生えて体が動かない。
魔物が僕の前へと近づくと躊躇いもなく剣を振り下ろした。僕の意思で体が動かない。ここで終わりか。僕はその瞬間が来るのが怖くて目を閉じる。
ガギンという高い金属音が響く。目を開いてみると魔物の剣は僕の目の前でとまっていた。自らの剣で相手の剣を受け止めていた。魔物はもう片方の剣を振り上げて追撃をする。すると僕の体は勝手に反応し受け止めていた剣を押しのけ、体を横に少しずらし追撃を寸前のところで回避した。
魔物がさらにもう一撃加えようとするところで何かが空を切る音が聞こえてくる。音の異変に気付いた魔物が音のする方へと振り返ると大斧がどこからか飛んできて魔物の胴体へと突き刺さる。そしてそのまま倒れ動かなくなった。
何とか一命はとりとめた。そう思い膝から崩れ落ちた。
救えなかった。力があるのに目の前で救えたかもしれない命が簡単に一瞬で無くなってしまった。喪失感と無力感が渦巻いて自身の気持ちに深く突き刺さる。これは僕がサラリーマンとして生きていれば本来は遭遇しなかったことだ。突然異世界に来て右も左もわからない僕には対処できるはずもない。しかしそこで亡くなった宿屋の主人からしたら死の寸前で勇者が現れ希望の光が見えた矢先に殺されたんだ。それはどんな気持ちだったのか・・・・。勇者であるのに助けられなかった自分を悔いる。
やがてザバンが大楯を背負って走ってきた。
「勇者、大丈夫だったか。」
「・・・・大丈夫です」
ザバンがその光景を目にして少し落胆したように見えた。
「助けられなかったか」
ザバンがそう言うと心拍数が上がり忸怩(じくじ)たる思いに駆られた。ザバンがこちらの様子を窺い(うかがい)口を開く。
「でもな、それはお前のせいじゃない。死者を悪く言うつもりはないがこの人は自分を守る術がなくて死んだ。弱いことは今の時代ではそれだけで罪なんだ。弱ければ生きていけない。弱ければ愛する人も守れない。弱ければ大切な物を奪われる。勇者、魔物の犠牲になった人の無念をお前が背負うことはない。」
ザバンの大きな手が僕の背中を叩く。
「だけどな目の前で犠牲になった人がいてそれを助けられなかったと思う心があるなら次に生かせ。それで救える命があるならそいつも報われるだろう」
ザバンはそう言うと倒れている魔物から大斧を引き抜いた。
「さぁ魔物はまだまだいるぞ。うぉぉぉぉぉ」
大声で雄叫びをあげながら町の中心へと走っていった。
「うぉぉぉぉぉ魔物の心臓を狙うんだ奴らのコアがあるぞぉぉぉぉ。」
遠くからザバンの怒声が聞こえる。
ザバンはいい人だな、まだ出会ってほとんど会話もしたことは無いけどそう思った。くよくよしている時間は無い。
僕はまだこの世界へきて日がまだ浅い。だからこの世界の根本的な常識に馴染めていなかった。この世界は弱肉強食の世界で弱い奴はやられるだけだ。この異世界は夢なのか現実なのかわからないが僕に力があるなら目の前の人々を救いたい無残な光景なんて見たくない。そう決心すると何故だか力が漲(みなぎ)った。
さっきの戦いで一つの考察が思い浮かんだ。この肉体は本来僕ではない別の誰かのものだったが何らかの理由で今は僕の肉体になっている。そして前回の体の持ち主は体に危機が及ぶと反射的に抵抗してしまうほどこの体を鍛えた。そうでないと本来であればとっくに魔物にやられていたであろう。つまりその特性を使えば僕は魔物にやられることはない。そう結論づけた。
しかし頭でわかっていても実践するのは怖い。何より確証がない。だけど勇者ならやるしかない。じゃないとこの力に申し訳が立たない。まだこの町には多くの魔物がいるはずだ、いくらザバンが強いからって手が足りなければ町の人はさっきのように殺されてしまうだろう。少しでも多くの人を救うんだ。そう思うと自然に体は軽くなり僕は走り出していた。
闇雲に町の中を走っていると騒々しい音が聞こえてきた。音の方へと行くとそこではアルフとリドナが複数の魔物と戦っていた。辺りには倒壊した建物がいくつかあり何人もの負傷した兵士が倒れていた。
そこには異質な魔物とは一風変わった存在があった。それは基本的な構造は魔物と同じだが体格は二メートルを優に越えていて体はプレートアーマーを思わせる作りになっている。さらに背中からは腕が二本生えておりその腕は他の腕同様に肘から下は剣のようになっている。
プレートアーマーのつなぎ目や首筋には兵士が突き刺したのか剣が何本か刺さっていたがそれを全く気にせず四本の腕をしきりに動かしながらのそのそと歩いている。見ただけで明らかに危険だとわかる。
アルフが火球を放ち魔物を消滅させるとこちらに気づいた。
「勇者よ、目覚めたか。早速で悪いんじゃが少し厄介なことになってのぉ、お主の力が必要なんじゃ。すまぬが力を貸してはくれんかの?」
「はい、そのために来ました」
アルフが少しこちらの様子を窺う。
「うむ、よい顔じゃ。実を言うとのぉ魔人が現れたのじゃ。ほれそこのでかいのが魔人じゃ」
アルフは魔人の場所を視線で示す。視線を追うと先程の異質な存在がいた。
「奴を倒すには―――」
再びアルフが喋りだした時にドンと大きな音が聞こえた。
「うをぉぉぉぉぉぉ」
ザバンが魔人に斬りかかっていた。しかし大斧で斬りかかっているにも関わらず体には傷一つつかず少し後退しただけだった。
魔人が反撃をした、二本の腕の剣で同時にザバンを攻撃する。ザバンは左手に持っていた大楯でそれを防ぐ。
「ザバンが相手をしてくれておるのぉ、この時間を有効に使うのじゃ。もう聞いてると思うが魔人を倒すには退魔の力が必要じゃ。そして実を言うともう一つ倒す方法がある。それはコアを破壊することじゃ。本来であれば魔人は魔物と同じでコアが原動力のはずじゃが、見つけるのは困難なのじゃよ。そこでじゃわしらが奴の気を逸らしている間に隙をみて何とか魔法を叩きこんではくれないかのぉ」
いくら魔人が強いといってもこちらも人数を増やせば隙はどこかにできるだろう。戦闘の初心者の僕でも何とかなるかもしれない。
「わかりました。やってみます」
「うむ、そう言ってくれると思ったわい、ふぉふぉふぉ」
アルフは少し嬉しそうに笑うと魔人の方へと向かった。
リドナは周りにいる複数の魔物を引き連れて戦っている。雷の魔法を駆使して魔物の気を自分に向け隙があればサーベルで一発必中と言わんばかりに一突きで倒してしまう。
ミーリアは負傷した兵の傷を癒すために走り回っている。
みんなできることを精一杯やっている。僕もやれることをやろう。今の自分に出来ることは極力魔人に気づかれないように近づき機会を待つことだ。機会は一度しか来ないかもしれない、見逃すな。自分にそう言い聞かせる。
まだザバンが魔人の注意を引いてくれている。僕は少しずつ近づく。アルフが火球を魔人に何発も放ち牽制をする。直撃するが黒煙を上げ少し表皮が焦げついたくらいでほぼ無傷だ。
魔人がアルフの方を振り向いた瞬間にザバンが大斧で斬りかかる。凄まじい威力も虚しく少し後退した程度でやはり魔人には効かないみたいだ。
仲間が時間を稼いでいる間に魔人に近づくことができた。僕は瓦礫の山に身を潜め機会が来るのを待つ。魔法がいつでも出せるように光を想い浮かべ魔法を使ってみる。手がポカポカと暖かくなり光が溢れた。よし使える問題ない。後はこの魔法を当てるだけだ。
再びアルフが攻撃魔法を使う。今度は先程の火球よりもさらに大きい、火球はみるみるうちに大きくなっていき、ほとんど魔人と同じくらいの大きさになった。杖を振りかざすと火球はそのまま魔人の元へと飛んで行った。
魔人はザバンに気を取られていて火球に気づくのが一瞬遅れた。避けきれないと判断したのか四本の腕全てを使い真正面から防御に徹しする。
火球は見事にと命中した。黒い煙をあげ魔人の鎧のような装甲は所々が剥げていた。
すると魔人は突然不快な甲高い雄叫びをあげて激昂した。アルフを見てひたすら雄叫びをあげる。
僕は今しかないと直感的に思い魔人へと肉薄した。鎧が剥がれて肉体が露(あら)わになっている場所へ直接触れ魔人に光の魔法を注ぎ込んだ。
意表を突かれた魔人は暴れまわり僕はそれに巻き込まれて吹き飛ばされてしまう。その拍子に持っていた剣もどこかへ吹き飛ばされてしまった。
しかし体が自然と受け身をとり大事には至らなかった。魔法の効果があったのか魔人はそのままのたうち回っている。しかしこれでどうやって倒すんだ?ひょっとしたら威力が足りていなのではないか。
魔人は視線を移し標的をこちらへと固定し再び雄叫びを上げた。これではもう機会が来ることはない。好機を逃したのだ。
魔人がこちらに突っ込んでくる、そのスピードは初めの印象とはそぐわず俊敏なものになっていた。一瞬で間合いを詰められそのままの勢いで激突してくる。
それを横に全力で飛ぶことで何とか避ける。魔人は勢いをとめることができずにすぐ後ろの民家へと激突した。民家は積み木の様に簡単に崩壊した。
すぐに魔人が民家から顔を出した。こっちは避けることに精一杯で体勢が崩れたままなのに魔人はこちらへと飛んできて斬りかかろうとする。何とか逃げようと必死に立ち上がろうとする。
その時に火球が飛んできて魔人に直撃する。アルフの攻撃だ。しかし一瞬硬直しただけで物怖じせず刃が振り下ろされる。
「なんとか間に合あった」
そう聞こえた時にはザバンが大楯で攻撃を食い止めてくれていた。
「勇者、俺が何としてでもお前を守る。だからお前のありったけの力を奴の首筋の剣へと注いでくれ」
苦しそうな声を出して何とか言い切る。僕はすぐに理解した剣を介して直接体内への攻撃ができれば表面から攻撃するよりも威力は増す。考えている時間は無い、もうそれしか倒す方法は無い。
四本の腕が今も回転するように攻撃をしてくる、ザバンがそれを防げている内に早く倒さないと行けない。
命を投げ出す思いでザバンの盾から体を出す。その瞬間に攻撃はこちらに向く。しかし臆さずそのまま詰め寄る。攻撃はザバンの大斧が食い止める。さらに火球が完璧なタイミングで魔人へと直撃する。火球の黒煙が僕を隠している間に魔人の首筋へと手を伸ばす。
剣を掴み光の魔法が剣から魔人の体へと流れるようにイメージする。魔法が注がれ魔人は呻き声をあげ体を力強く左右に振る。その衝撃で手がちぎれそうになるのを我慢し決して離さない。
次第に魔人の体は蒸発するように縮んでいく。そしてそのまま完全に干からびてしまい兵士たちが突き刺した武器の数々が落ちて金属音を辺りに鳴らす。魔人という存在は初めからそこにいなかったと言わんばかりに姿形が何も残っていなかった。
「うをぉぉぉぉぉぉおおおお魔人は勇者が倒したぞぉ!」
ザバンが両手を天に突き立てて歓喜する。
「うをぉぉぉぉぉぉ」
それに気づいた兵士たちも一斉に歓喜の声を上げる。
僕は安堵すると力を使い果たしたのか意識を失ってしまう。
ピピピピピピ。スマホのアラームの音が鳴る。昨日の酒が残っているのか軽い頭痛がする。僕はスマホのアラームを止めて立ち上がる。いつものように洗面台で身支度を整え朝食をとる。
手をグーとパーに開閉してみる痛みは無い。異世界で感じた千切れるほどの手の痛みや疲労感が一切残っていない、やっぱり夢なのかと思ってしまう。しかし魔人を倒した時の高揚感や達成感はしっかりと記憶している。
もう時間だ、会社へ行こう。
まだまだ仕事量が多いので気合を入れ仕事に取り掛かるか。
仕事が終わり会社を出るといつものように筧先輩が喫煙スペースで時間を潰していた。僕に気づくと手招きで呼ばれた。
「お疲れ様です」
僕は挨拶をしてさりげなく先輩のそばに座ると、昼休憩の時に飲み損ねた微糖の缶コーヒーを開けた。
「調子いいみたいだね、彼女でもできた?」
コーヒーを飲んでいる僕に突然そんなことを聞いてきたので飲み物が気管に入ってしまう。
「ゴホッゴホッッッ・・・・・なんですか突然」
「そのまま意味だよ。最近調子いいから彼女でもできたのかなーなんて」
「何言ってるんですか、できませんよ。毎日忙しいから作る余裕もありませんし」
「そうだよね、時間無いわよね」
そう言った先輩の横顔は何かを憂いてる様に感じられた。
「あーでも最近夢を見るんですよ、眠る度にその夢の続きから始まって。それがなんだか夢中になれてて楽しいんですよね」
「へーどんな夢なの?聞かせて」
「えーと、内容は嫌ですよ」
「なんでよ。言いなさいよ」
「嫌ですよ、大体夢の話ってごっちゃっとしてて人には伝わりずらいじゃないですか」
「そんなの気にしないわよ。あ、ひょっとしてエッチな夢だから隠してるじゃないの?君も男だもんね」
「なっ、み、見てないですよそんな夢」
動揺しながらミーリアの事が頭をよぎる。
「本当?なんか慌ててるように見えるから怪しいなぁ」
誤解されたくないので素直に話すか・・・・
「わかりました。話しますから笑わないでくださいよ」
夢で起きた出来事を話した。凄く現実味のある夢でそこでは勇者をやっていること、その世界で暮らしている人々が魔王に苦しめられていること。一緒に戦っている仲間のこと。
話し終えると先輩は顔を隠しながら笑いを堪えていた。
「あれ先輩笑ってませんか?」
「・・・・笑ってないよ」
もう全然隠せてないのに持っているポーチで顔を隠そうとしている。
「ごめんね我慢できなくって」
「いいですよ。別に。どうせ笑われると思ってましたから。だから話したくなかったんですけどね」
夢かもしれないけど自分なりに本気で向き合っていた世界を馬鹿にされたようで少しムッとした。
「もっと大人っぽい夢を想像してたからおかしくて。でも案外まだ少年なんだね」
先輩の屈託のない笑顔が向けられドキッとする。その笑顔を見ただけで許してしまいそうになる。
「夢っていうのは深層心理でその人が求めている事だったり恐れていることの暗示ってよく聞くわよね。同じ夢を見るってことは君はその夢で何かに執着してるのかな」
あまり深く考えてはいなかったがそういうものなのか。
「さぁよくわかりませんけど」
「その夢が終わった時に君は挫けないといいわね」
その言葉に何か意味がありそうではあったが何故かその理由を聞けなかった。
それから僕の生活は現実の世界と異世界とを何度も行き来し送ることになる。
現実の世界では仕事をして筧先輩といつものように駄弁りながら何の目的もなく暮らしていった。
異世界では魔王の城を目指し情報を集めて進んでいった。魔王の手下である魔人や魔物を仲間と共に倒していく。
そしてとうと魔王の城まで到着した。
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