俺の直感が正しければ、お前の言ってる事は不合理で非論理的だ

@HasumiChouji

俺の直感が正しければ、お前の言ってる事は不合理で非論理的だ

「ねぇ、私らが私らが若かった頃には……『血液型性格診断』を信じてた人は、まだ一定数居たよね。でも、あれは……単なる駄法螺だった」

 久しぶりに再会した大学の頃の同じ学科の同期は、そう話を切り出した。俺がAI関係の研究室に進んだのに対して、こいつは、制御関係の研究室に進んでいた……と記憶している。

「俺がやった事は……その手の出鱈目だったと言いたいのか? ああ、言われてみれば、そうかもな」

「もっと悪いよ……。統計を取れば、『血液型性格診断』が出鱈目だって事は判る。でも……『血液型性格診断』が、一見、正しく見える統計結果が出るケースも有り得る」

「何が言いたい?」

「あんたは……下手したら『論理的』『合理的』と云う日本語の単語の意味を変えちまったんだよ……。判ってんだよね?」


 俺が若い頃、AIの研究には2つの大きな流れが有った。

 1つは……人間の論理性を再現しようとするもの。

 もう1つは……人間の経験に基く判断を再現しようとするもの。……言わば「非常に気の効いた統計処理」「『勘』や『直感』を持つソフトウェアを作る」だ。

 この2つは中身の作りも全然違う。

 例えば、ある入力データから何かを類推する場合、前者では理詰めで類推をし、後者では過去の「学習結果」を元にパターン分けをする。

 将棋やチェスを行なうAIを作る場合は……前者の方式を使ったものは、理屈の上では可能だが、世界最高のスーパーコンピュータを使っても、実用的な処理速度は出せないだろう。

 最終判断は前者の方式で行なうにせよ、その前段階として、後者の方式で「ルール上は打てる手だが、検討するまでもない悪手」を切り捨て「検討に値する次の一手の候補」を絞り込む必要が有る。

 そして……前者の方式の研究は、プログラム言語の構文解析など意外な所で重要な役割りを果たしている成果もあるが……ある時期以降は死屍累々の状態になり……後者の方式は、途中に「冬の時代」を挟む事は有りつつも、十年〜二十年ごとに画期的な成果を出す新理論が生まれ続けていた。

 だが……俺は、大学の頃、いくつか有るAI関係の研究室の内、前者がメインの研究室を選んでしまい……ほどなくして、自分の判断ミスに気付いた。


 自分で言うのも何だが……卒論は、そこそこ以上の出来だった。若くして一気に注目される、と云う程では無いが、まぁ、修士論文でも、これより出来が悪いのはいくつでも有る、と云う程度の……。

 スポーツに例えるなら、プロには成れるし、プロに成れば結構良い成果は出せるだろう……ただし、将来性も人気も無くて、トップクラスの選手でも「プロ」として食ってくのは無理な競技で……と云うビミョ〜な状態だった。

 俺は修士過程に進み……まぁ、研究者への道を諦め一般企業に就職するにしても、修士号は取っておいた方が良いので……たまたま、その頃、俺の大学では学生の起業を勧めていた……。

 しかも、偶然にも、あるアイデアを思い付いた……。裏技・チート技に近い「アイデア」だったが……。


「ある文章が論理的かを判断するAI」

 それが俺が作ったモノだった。

 そのAIが「論理的な文章」だと判断した文章は……95%ぐらいの人間も「論理的」だと判断した。

 大学から補助される学生起業の資金を使って、精度を上げ……。


 宣伝用に作った「SNS上の書き込みが『論理的』『合理的』かを判断してくれるスマホ・アプリ」は好評だった。

 多くの人が「感情的」だと非難する意見は「不合理」「非論理的」と判断され、逆に多くの人が「合理的」「理性的」「論理的」と判断する意見は……やはり「合理的」「理性的」「論理的」と判断された。

 当然だ。

 多くの人達は、自分の意見が合理的・論理的だと証明された事で、俺が作ったスマホ・アプリとそれに使われているAIを信用するようになっていった。

 もちろん、俺が使っている「裏技・チート技」の正体に薄々気付いた者達も居たが……その少数意見は、SNS上では「不合理」「非論理的」と思われるようになっていった。

 これまた当然だ……。俺がAIをに当って、


「ええっと……貴方がこれまでに発表した論文の内容だけでは、論理性判定AIを再現出来ない、と云う追試結果が、かなり出てるんですが……」

 俺が開発したAIが普及し始めた時、ある新聞からインタビューを受けた……。

 今時、紙の新聞なんて所詮は「マスゴミ」だろうと云う先入観が有ったせいで、結構、鋭い質問をしてきた事に、少しは驚いたが……その質問に対する回答は用意してある。

「まぁ、それは、企業秘密なので……論文にはしていません」

「では……特許として提出した書類にも、全ては書かれていないのですか?」

「こんな話は聞いた事は有りませんか? 『医薬品や農薬は……特許として出されている有効成分以外の毒にも薬にもならない増量の為の成分は、特許を取らずに、企業秘密にしておく。実は、単体では、毒にも薬にも成らない筈の成分が、薬の効き目に影響を与える事が有るせいだ』と云うのを……。私が作ったAIも同じようなモノで……コアになる部分以外の『混ぜ物』的な部分が意外に大きな役目を果たしてまして、そこは特許も取らず、論文にもせずに、企業秘密にせざるを得ないのですよ」

「はぁ……そんなものですか? では、論理性判定AIのオープン・ソース化は……」

「絶対に、有りません。企業秘密をオープン・ソース化する企業など有り得ないでしょう?」


 十数年が経った。

 俺の作った論理性判定AIは、様々な分野で使われるようになった。

 俺は、論理性判定AIの内部の仕組みについての詳細は公開せず、論理性判定AIを他のプログラムを作る為の「部品」として、様々な企業に提供していった。

 論理性判定AIは、何度もバージョンアップを繰り返し、より、ように「進化」を続けていた。

 文科省において「どのような研究に研究費を出すか?」と云う判断の「一次選考」にも、俺のAIを組み込んだプログラムが使われるようになっていた。それはそうだ。研究費の申請書の内容が論理的・合理的でないなら、そいつは研究者として問題が有る。

 だが、ある日、昔聞いた「嘘のような実話」を思い出す羽目になった。

「世界的に使われているある有名なソフトウェアの開発者が、あやうくWeb詐欺に引っ掛りかけ、それを阻止したのは……IT関係者ですらない、そのソフトウェア開発者の配偶者だった」

 そうだ……ソフトウェア開発者・研究者だからと言って、コンピュータ・セキュリティに詳しいとは限らない……。

 つまり……論理性判定AIのソースコードが社外に流出してしまった上に、インターネット上で公開されたのだ……。

 流出したソースコードを見た者の中で……AI関係の知識が有るヤツは……全部を見終る前に……ある事に気が付いた。


 俺は……一気に社会的地位を失ない……「中年」と呼ばれる時期は……マトモな仕事にありつけないまま、過ぎ去り……その間に、我ながら、ロクデモない手段で築いた財産は、あっと云う間に自分で食い潰してしまった。

 倫理的に見れば……仮に「ちょっとした悪事が重大な結果を招いただけ」だとしても、その「重大な結果」はあまりにも重大過ぎたが……しかし、俺がやった「国の将来を揺がす結果を招いた安易な考えでやらかしたちょっとした悪事」を裁く法律など無かった。

 そして、老人と呼ばれる年齢になった俺は……定年退職後にホームレス支援施設でボランティアをしていた、大学時代の同期と再会する羽目になった。

 文科省が、俺が作ったAIを「どのような研究に研究費を出すか?」の「足切り」に使っていた期間は短かかったが……その時期の最後の方には……何かがおかしいと思う者が少しづつ増えていた。

 科学技術分野では、日本は、画期的な成果を出せなくなり……文系の分野でも……どうやら、例えば日本史でさえも、日本の大学・研究機関に所属している学者ではなく、外国の学者が画期的な論文を出す事が多くなっていたらしい。

「『血液型性格診断』が、一見、正しく見える統計結果が出るのは……その社会の人間の多くが……『血液型性格診断』を本気で信じ込んでいた場合だよ……。予言の自己実現ってヤツだね……」

「ああ……確かに……俺がやった事は……」

 俺が作った論理性判定AIは……ある文章・意見・主張が論理的・合理的かを……

「そして……あんたのAIの判断結果を信じた人達は『自分が合理的・論理的な人間』だと云うをより強く信じるようになり……それは、あんたのAIの次のバージョンにも影響を与え……それが繰り返され……」

「そして……日本人の多くは……論理的・合理的・理性的の意味を『俺が作ったAIが論理的・合理的・理性的だと判断したもの』だと思うようになっていった……」

「そう云う事」

「なぁ……あの時、俺がやったズルがバレてなかったら……どうなってたと思う?」

「ねぇ……ウチの研究室の教授がやってた『制御工学基礎論』……必須だったけど、内容は覚えてる?……社会的意見や世論を……電気信号に喩えるなら……あんたがやったのは、その信号に含まれる『歪み』『偏り』『ノイズ』を補正するんじゃなくて……増幅させ続ける正帰還ポジティブ・フィードバックループだよ……。そんな真似をすれば……信号は発散し、いずれシステムは破綻する。あの時、あんたのズルがバレたせいで……日本は破滅から……かろうじて逃れる事が出来たんだ」

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