教室でラノベを読んだら晒された。その日からオタ認定されたが、なぜか隣の席にいる学年一の美人だけがグイグイくる。

ただ巻き芳賀

短編 教室でラノベを読んだら晒された。その日からオタ認定されたが、なぜか隣の席にいる学年一の美人だけがグイグイくる。

「おい八! お前、何読んでんだよ」


 いつも声のデカい山本がわざわざ皆に聞こえるように大声を出した。


 しまった!

 つい嬉しさのあまり、教室でラノベを出してしまったがやり過ぎだったか。


 ちゃんとカバーを掛けて目立たないようにしていたのに、俺の読む本に興味を持たれてしまい奪い取られてしまった。


「皆見ろよ! 八がキモイ挿絵の本を読んでんぞ!」


 実は中三の頃から、本名の八重樫をモジった八丸という作者名でネット小説を書いているのだが、二作目でかなりの人気が出て、半年前に書籍化オファーが来たのだ。


 高校二年生のこの半年間、書籍化作業とネット小説の投稿でかなり忙しかったのだが、昨日塾から帰ったら、自分の書いたラノベが製本されて手元に届いていたのだ。


 で、嬉しくて教室で読んだのをクラスメイトに騒がれてしまった。


「まじ? 八ってそっち系だったの?」

「うそ~、ヤダ~」

「ああいうのラノベって言うんだろ?」

「アキバ的なヤツ?」


 やっちまった。

 大体、このクラスは何かにつけて大騒ぎするアクティブな奴らが多くて、アニメとかラノベとかを許容する空気がないのだ。


 それなのに俺は浮かれて何をやっているんだか。


 せっかく地味に自分の趣味として楽しんでいたのに迂闊だった。


「おいおい、クラスにオタの一人くらいはいるだろ。返してやれよ」

 クラス内ヒエラルキー上位の斉藤が山本をたしなめるように言うが、こいつの言い方も何だか俺をバカにしているように聞こえる。


「そうだな。オタからオタグッズとったら可哀そうだもんな」

「キャハハハ、そうそう可哀そう」

「任命! 今日から八はこのクラスのオタポジションだ」

「しっかり励むように! ぎゃはは」


 山本がさっき奪い取った本を俺の机の上に投げて寄越したが、滑って机の横に落ちた。


 ふざけんな山本!


 この本はなっ、俺の努力と苦労の結晶なんだ。


 沢山の人たちに支えられて何とか連載を続けて、ようやくここまで扱ぎ付けたんだ。

 読者の皆に応援され、励まされた大切な思いが詰まった本なんだ!

 

 床に落ちた俺の小説は、衝撃で手作りの紙カバーが外れて表紙が出てしまった。

 表紙には、プロの絵師さんが書いてくれた主人公とヒロインが生き生きと描かれている。


 流行りに乗った長めのタイトルが読者の興味を引く様にカラフルな字体でレイアウトされていて、表紙の絵とタイトルからこの小説が読者に異世界での楽しい冒険を体験させてくれると思わせる作りだ。


 編集さんやプロの絵師さんは凄い。

 小説の魅力を表紙一枚だけで購買者に訴求するのだから。


 ふと、俺と同じ方向を見る強い視線に気付いた。

 普段は見ないようにしている、隣の席の女性をつい確認する。


 水沢優香。


 誰もが認める学年一の美人である彼女は、運悪く俺の隣の席に座っているのだ。


 そのせいで彼女の様子を探れだの、メルアドを貰って回せだの、さりげなく紹介しろだの面倒くさい話が尽きなくて困っている。

 

 俺は急いで落ちた本を拾おうとしたが、先に彼女に拾われてしまった。


「あ、ありがとう」


 こんなラノベに彼女が興味を持つはずもなくすぐに渡してくれると思って手を出したが、そのまま彼女は自分の机に移動させてしまった。


 え? え?


 何が起こっているのか、理解ができなくて一瞬フリーズしたが、次の瞬間に声を掛けられて我に返る。


「はい」


 外れたカバーを直してから、両手で丁寧に本を持って差し出してくれる。 

 本を持つ手の指が細く白いので、一瞬ドキリとしたが何食わぬ顔で本を受け取った。

 

 今のは何だったのだろう。


 これまで消しゴムやシャーペンを落としても、拾って貰った事は無かった。

 いつもはすぐ自分で拾うからかも知れないが、でも少しいつもと違う気がした。


 多分、皆から受けたオタクだ何だというカラかい言葉に同情してくれたのだろう。


 腰まで伸びる黒髪の彼女は、スレンダーで凛としているので実際より少し身長が高く見える。

 顔立ちが綺麗なだけでなく、姿勢が良いのでそれだけで近寄り難い雰囲気を纏っている。


 彼女が誰とも仲良くせず、常に一人でいるのはこの雰囲気でクラスメイトを男女とも近寄らせないからだろう。


 思いがけず彼女に本を拾って貰ったが、もうこれで卒業まで関わる機会は無いかな、そんな事を考えながら自分が書いたラノベをぼんやりと見ていて気が付いた。


 中間ページ辺りから何か紙の切れ端が出ている。


 山本の奴が投げて寄越したせいで床に落ちてページが破れたのかと思い、腹立たしい思いで中間ページを開くと紙の切れ端が挟んであった。


――――――――――

 今日、5時半

 駅前の書店に来て

――――――――――


 !!


 俺は反射的に彼女の方を見てしまった。


 彼女は俺のその反応を気にしたのか、そっと視線を窓の外に向けて横を向いてしまう。


「おい八! 水沢さんにオタを伝染うつすんじゃねぇぞ」


 俺の態度に目ざとく気付いた山本が早速攻撃してきた。

 いつもの俺ならこの事態を早く収集して、自分の立ち位置を守る事に全力を尽くすのだが今は正直それどころではない。


 皆が距離を詰められない水沢優香が一体俺に何の用なのか。


 まさか俺に告白なんてありえないと思う。


 別にデブでもハゲでもないが、容姿に自信がある方でもない。

 お洒落で皆を仕切れる斉藤ですら水沢さんとはたまに会話する程度で、唯一可能性があるとしたら彼だろうと噂されるが、まあ会話もした事が無い俺に告白してくる線はないだろう。


 じゃあ一体何なのか。


 俺はその事ばかりが頭の中でぐるぐると巡り、午後の授業はまるで頭に入らなかった。





 授業後に携帯を先生から返してもらいながら、初めて毎朝携帯を預けるこの私立高校に入って良かったと思った。


 もしあのとき手元に携帯があったら、メルアドか電話番号をやり取りして彼女の用事は携帯越しに済まされた気がする。


 携帯を先生に預けていたおかげで、どうせなら放課後に直接会って話そうと彼女が思ったのだろう。

 

 おそらく彼女と放課後に会うクラスメイトは俺が初めてじゃなかろうか。

 いつも一人でいる彼女は部活に入っている訳でもなく、授業が終わるとすぐに帰ってしまう。


 それだけに俺が呼び出された理由が分からない。

 

 同じ事をぐるぐると考えながら駅までの道を歩き、とうとう駅前書店に到着してしまった。


 駅前にあるからなのか駅前書店という安直な名前の本屋に入る。

 俺が読むのはネット小説ばかりで書籍を買う事がほぼない。


 俺が勝手に師と仰ぐ有名作家の小説もネットで済ませており、書籍化されても購入する事がないからだ。


 自然とライトノベルのコーナーに足が向く。


 ファンタジー系で少し露出多めのヒロインが表紙の小説が平積みで並べられていた。


 まだ、一巻だけの俺の小説もこんな風に平置きして貰えるんだろうか。


 販売日まであと僅かだ。

 書店に並んだら写メを撮りに来よう。


 妄想の中で誰かが俺の書いた本を手に取り、レジまで持って行くさまを思い描いて顔がにやけてしまう。


「お待たせしたわ」


 澄んでいて、それなのに強い意志を含むようなそんな女性の声で我に返る。


 振り向くとさっきまで同じクラスで俺の隣の席に居た黒髪の彼女が、綺麗な姿勢で立っていた。


「ちょっと教えて欲しいの」

「え、何?」


 会ってすぐの質問に面食らうが、彼女はその問いを俺にするために呼び出したのであってそれ以上でも以下でもないのだろう。


「その本、まだ発売日前のハズなのにどうして持っているの?」


 その本?

 それって彼女に拾って貰った俺の書いたラノベの事か?


 そのまま、つかつかと書籍棚の脇まで移動した彼女は張り紙を指さした。


「ほら、その本は今月の20日発売になってる。まだ書店には並んでないのにどこで手に入れたの?」

「え、あ、いや、これはちょっとした伝手で……」


 本当の事を言えずに誤魔化してしまったのは相手の反応が怖かったからだ。

 今日の教室で既に嫌な思いをしているのに、彼女にまで追い打ちを掛けられてはダメージが深刻過ぎる。


「発売日前なのに伝手で手に入れるなんて、ズルいわよそんなの!」

 

 整った顔の彼女が頬を膨らまして不満を漏らす。

 いつもクールな彼女がこんな表情をするのをクラスでは見たことが無い。


 そもそも彼女はどうしてこの本の発売日がまだだと知っていたのだろう。


「私はね、その本の作者をずっと前から知っているのよ。あの小説がネットで連載され始めた初期の頃からずっと追い掛けているの! ようやく発売日が決まったと活動報告に記載があって心待ちにしていたのに……」

「この本の作者を知っているの?」


 作者が俺だとは知らないハズなのに、彼女は何を言っているのか。


「ええ、知っているわ。私が感想を書けばいつもちゃんと返してくれるし、今はあんなに読者が多いのに私が最近短編を書いたと伝えたら、すぐに読んでくれて感想までくれたわ……」


 勢いよくそこまで話したところで、ハッとした表情に変わり口を押えてしまった。


「短編小説を書いたんだね」


 俺の小説に感想をくれる人の内、誰のアカウントが彼女なのか分からないが、物書きとして同じ趣味の人がリアルで目の前にいる事が嬉しすぎた。

 それでつい我を忘れてしまい、口を押えた彼女の反応の意味を考えずにうっかり追撃してしまった。


 みるみる彼女の顔が赤くなり両の手で顔を押えてしまった。


 失言だった。

 

 俺の場合、小説を書くという行為があまりに日常化してしまい、小説を書いている事を隠したいという初期の頃の気持ちを忘れていた。


「こ、こ、この事は誰にも言わないで。お、お願い!」

「あ、ああ、言わないよ」

「本当に黙っててくれる?」

「大丈夫、安心して。せっかくあの本が切っ掛けで水沢さんとまともに話が出来たのに誰かに言ったりなんかしないよ」


 その言葉を聞いた彼女はまだ少し恥ずかしそうにしながら、嬉しそうに微笑んで少し上目遣いで言った。


「ありがと」


 この勢いでチャットアプリのフレンド登録を申し出れば良かったのだけど、さすがにリアルでは低ステータスの俺が学年一の美人相手にそこまで強気にはなれなかった。





 本屋で彼女と別れてから夢見心地で家に帰ったが、晩御飯の間は終始にやけてしまい妹から気持ち悪いと言われた。


 食事の後でパソコンの前に座って、自分をお気に入り登録してくれているユーザーを確認したが、人数も多く更に結構な人が感想をくれている。

 しかも、短編を投稿している人も多いので、この中から水沢さんを探し出すのは無理だと諦めた。


 まあ、今日の事はこれ限りなんだろう。


 彼女にとっては、あのラノベの入手が気になっただけであろうし、隠しておきたかった短編小説を書いたという事まで俺に知られてしまったのだ。


 あれだけ恥ずかしがったのだから、もう俺に接触はしてこないと思う。


 残念だけど、これ以上彼女とは何も無いだろう。


 あまり夢を見過ぎても後で精神ダメージが大きくなるだけなので、今日の事はいい夢だったと思う事にした。





 ところがだ、昨日あれだけ彼女と話した事はいい夢だったと自分に言い聞かせたのにありえない事が起きた。


 授業中に不自然な感じで俺の方にノートを落とした彼女がじっと俺の事を見たのだ。


 拾って欲しいのかな?


 座ったまま手を伸ばして彼女のノートを拾うと、中ほどのページが不自然に大きく折られていた。


 昨日のメモと似た状況に驚きながら、そっと折った部分を見てみた。


――――――――――

 今日、5時半

 駅前の書店に来て

――――――――――


 マジか!!


 俺はそのメッセージの後に小さく「OK」と書いてからノートをそっと彼女に返した。





 今日最後の授業が終わってホームルームで携帯を返して貰ったので、次は急いで駅前書店に行かなくては。

 彼女と一緒のタイミングで下校するのは何かと騒ぎを引き起こしかねないので避けたい。


 俺は少しでも早く学校を出られるように下校の準備を急ぐ。


「おつかれー」

「じゃーねー」


 やっとホームルームが終わり教室内がざわつきだしたところで、後ろの席の木下が俺の真横まで来て声を掛けてきた。


 何だよ! 急いでいるのに!


「八、いつの間に水沢さんと仲良くなったんだよ!」

「な、何の事だ?」

「さっきの授業で水沢さんが落としたノートを拾ってただろ」


 木下が水沢さんの方を見るが、彼女は知らん顔をして帰り支度をしている。


「おいおい、そういう役目は俺たちの仕事だから、八は出しゃばらなくていいんだよ」

 俺と木下が話しているのを目ざとく見つけた山本が話に割って入ってきた。


「なんだよ山本、落とした物を拾ってあげるくらいするだろ?」 

「昨日言ったけど八はオタポジションになったんだから、そういう美味しい役目はやんなくていいの。なあ、水沢さんも迷惑だろ?」


 帰り支度を終えた水沢さんは、席から立ち上がると山本の方へ向いて言った。


「いいえ。私は丁度オタクの友達が欲しいと思っていたところよ」


 彼女はそう言うと俺たち3人の前まで来て、急に俺の手を握った。


 あ? え? ちょ、ちょっと!? 

 手、手、手を握られた!


 華奢で白い指が軽く俺の手を握っている。

  

「ねえ、早く行きましょう!」


 そのまま彼女に引っ張られて教室から連れ出された。


 一瞬の出来事で、山本と木下以外に今起こった事に気付いた奴はいなかった。


 教室を出るときに振り返ると、目の前で今の事件を目撃した山本と木下が信じられないとばかりに目を大きく見開き、ポカンと口を開けたままでこちらを見ていた。


 了

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