ケーキを三等分できない『普通』の人間
多賀 夢(元・みきてぃ)
ケーキを三等分できない『普通』の人間
最近有名になった書籍に、『ケーキの切れない非行少年たち』というのがある。私もさらっと立ち読みした程度なんだけど、非行がもとで少年院に入った子供の中には、ホールケーキを三等分にできない子がいるんだそうだ。
「三」とか「分」とかいう言葉は分かっている。だからちゃんと3つに切ってある。なのにその切り方が、おおよそ予測のできない形になっているんである。
彼らは、きっと知能が低いわけではない。何か命令されたから、【とりあえず】【適当に】【惰性で】切っちゃうのだ。角度は120度だよなあとか、いっそみじん切りにして重さで三等分したろっかなぁとか、何を求められているのか予測したり、あえてネタに走る事もできない。
彼らの再犯率が高いのも、先の事を予測できないからかもしれない。自分の言葉が、行動が、誰かを傷つけたらどうなるのか。もし自分が同じことをされたら、どれだけ辛いのか。そんなことを考えず【惰性で】行動しているから、反省だの後悔だのという反応はおこらない。失敗したら運が悪いか相手が悪いのだ、自分はいつもと同じようにしただけだ、という思考回路。
そういう人に、私は頭を悩ませている。
一人は彼氏。……まあ、こいつは諦めた(え
もう一人は、彼氏が登録している派遣会社の担当者。
この男、担当を任せて大丈夫か?って心配になるほど横暴だ。
うちの彼は双極性障害だが、更に椎間板ヘルニアだ。以前は腰が痛いと仕事を休み、通院して、腰と体を休めることで穏やかに生活できていた。
しかし今の派遣元と契約し、この男が担当についてから、「腰痛くらいで休まないで下さい」と責められるようになった。根は平和主義なうちの彼は、争いたくないからと我慢して通勤していた。が、痛みの頻度も強さも酷くなっていき、とうとう布団から立ち上がるのも辛いほどまで悪化してしまった。
それでも、奴はこうブチ切れていたそうである。
「コルセットしたら、腰痛なんて痛くないでしょう!?」
――駄目だコイツ。医学の常識まで【惰性】でスルーだよ。
そして今日、彼はとうとう手術することが決定した。精密検査をしてもらおうとしたら、するまでもなく「手術だね」と即答されてしまった。
彼は、病院を出てすぐにこの担当に電話した(サボりだと信じ込まれているので、説明のため)。スマホからダダ洩れの口調は、いかにも信じていない人間のそれだ。
生返事をしていた相手は、彼の「いやっ、今日は精密検査は受けてなくて~」の言葉に過剰反応した。
「はぁ!? 昨日、精密検査するからって言いましたよね!」
言外に伝わってくる『やっぱサボりかよ! こんな嘘つきの世話させられて、俺最悪!』という空気。ブチ切れている声をよそに、うちの彼が私を見て黙ってうなずく。コイツ屑やろ?的な。
……良かろう。その【惰性】、姐さんがぶっ壊す。
私は、至極朗らかに口を開いた。
「こちらの病院には手術設備がないので、大きな病院に移ってからそちらの先生がやるんだと思います♪」
「……えっ、あっ?」
突然の乱入者に、相手黙る。
彼がスマホの音声をスピーカーに切り替える。彼よ、良い仕事だ。
私はテレアポ時代に培った、クレーマーを黙らせる話術を繰り出した。
「日程については、今の病院からあちらの病院に連絡して決めて下さるそうですので、まだ私達もわからなくて♪」
自然に、かつ迷いない口調でしっかり言い切ってやる。大抵の相手が一瞬ひるむ技だ。
案の定、相手は完全に勢いを失った。
「あっ……そうなんですね……」
ふっ。信じたな。そして本能で『こいつ、やべえ』ってビビったな。
彼もそこで口を挟んだ。
「今コロナの関係で、手術や入院ができるのかって問題もあるんで~、わっかんないんっすよ~」
おい、それは私が話した予測だろ。やっぱお前は黙っとけ。
相手は彼の言葉で我に返ったらしく、一気に威圧的になった。
「じゃあ! 日程決まったら、書類書いてもらうんで! 診断書も準備いるんで、必ず用意してくださいね!」
「分かりましたー。今日もこれから仕事行きまーす(ニヤニヤ)」
電話を切った後、彼はほっとした笑顔をしていた。
私は黒い笑みを浮かべていた。――この男はまだまだボロを出すだろう、今後の通話を録音させて、法廷に引きずり出したろかな。
ケーキを三等分できない『普通』の人間 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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