運命を盲信する女、あずさ

「んー。そろそろ、かな?」


 1時間程適当に時間を潰し、頃合いを見計らっていつものように合鍵を使って私は家に入る。

 入ってすぐ、圧倒されるくらい壁という壁に隙間なく張り巡らされた私の写真を眺めながら私は小さく微笑んだ。


「うんうん、我ながらよく写ってる」


 大好きな人に撮って貰った写真の中の私は、すべて綺麗に写されていて、そしてすべてナイスな笑顔を振りまいていた。まあ、それも当然よね。何せ私の事を愛してくれてる愛しい人が想いを込めて撮った芸術品だもん。素敵に撮れて当たり前。愛されてるなぁ私。


「まあ、ホントはこんな写真じゃなくて……直接本人に愛情を向けていってほしいところだけど」


 そこは追々ってところかしら。一生懸命な彼女に、あんまり無理させたくないもんね。


「ふふ、ただいま」


 写真鑑賞もそこそこに、リビングへとやって来た私。『ただいま』と声をかけてはみたけれど。リビングでは私が帰って来たことにも全く気づかずに、愛しい人がすぅすぅ……と可愛い寝息を立てて眠っていた。


「あらあら。こんなところで寝ちゃったら、風邪を引いちゃうわよ」


 飲み干したペットボトルを無造作に転がして、可愛い人。クスクスと笑いながら、私は彼女が風邪を引かないようにベッドへ連れて行ってあげる。


「うん、よく寝てる。今日の寝顔もやっぱり可愛いね―――


 ベッドに寝かしつけ、その寝顔を堪能させて貰う。そこには1時間程前に分かれた私の運命の人……せっちゃんが眠っていた。

 今日も律儀に私のペットボトルと自分のを入れ替えてくれたせっちゃん。まさかその中に、ちょっぴり眠くなっちゃう魔法がかけられていると知らずに。薬で深く、ふかーく眠っているから大丈夫。いつも通り、朝まで起きることはないだろう。つまり、一晩中寝顔を見ていられるってわけだ。


 せっちゃんは私と違って運命を頑なに信じていない。運命の出会いなんて存在しないと思っている。


 私たちが結ばれるきっかけになったすべては、運命なんかじゃない。自分が仕組んだもの。私と結ばれるために自分が自作自演で仕組んだ作られた偶然で、仕組んだ偶然は運命じゃないって思ってるみたいだけど。


「おかしな事を気にするわよね……せっちゃんは」


 せっちゃんの可愛い寝顔をじっくり堪能しながら、私は思う。それを言うなら、私のアレコレだって運命じゃないって事になるじゃない。


 例えばスマホを彼女の前でわざと忘れた事。せっちゃんなら絶対に拾ってくれるって確信してはいたけど……それでも絶対ってわけじゃない。彼女も気づかなかったかもしれない、気づいていても関わるのが面倒くさがって届けてくれなかったかもしれない。

 けれど、彼女は私のためにわざわざ電車を降りてまで私を追いかけてスマホを届けてくれた。運命よね!


 例えば通学以外でも彼女に会いたいねと伝えた事。それとなくバイトをしている事を伝えて、後輩が出来ることを楽しみにしているって事を教えたり、スケジュール表を見せてあげたりと誘導はちょっぴりしてあげたとはいえ……それでも必ず彼女が私のバイト先に来てくれるとは限らない。

 けれど、彼女は私と一緒にいてくれるために。わざわざする必要もないバイトを始めて私の後輩になってくれた。運命よね!


 例えばストーカー被害に遭っているという風を装い彼女に助けを求めた事。以前返り討ちにしてやったストーカーに脅迫おねがいして、よりリアルなストーカーとして振る舞って貰った。絶対に彼女を傷つけないようにとストーカーには命じておいたけど……当然そんな事を知らない彼女からしたら、相当怖かったと思う。怖じ気づいて私を見捨てる可能性だってあったはずだった。

 けれど、彼女は私を守るため。自分の身を顧みず、勇敢にもストーカーに立ち向かい私を助けに来てくれた。これはもう、運命よね!


「あぁ……そういえばあのストーカーには、また今度頑張って貰わなきゃね」


 最近のせっちゃんは、私とキスをするために。また色々と頭を悩ませているみたい。どんな運命的なシチュエーションなら私が一番喜んでくれるのだろうって一生懸命考えてくれている。その背中を押すためにも、あのストーカーにはしっかり働いて貰おう。


「それにしても……ああもう、なんていじらしい子なのせっちゃんは」


 自分だって、今すぐにでもしたいのに。それを我慢して……こんな風に、ペットボトルを入れ替えて間接キスで済ましちゃうくらい我慢して。私のためだけに最高の運命のシチュエーションを模索している。

 頑張ってるご褒美にキスしたくなっちゃう。ていうか、したい。今すぐにでもキスしてあげたい。この眠り姫をキスで起こしてあげたい。

 でも、我慢我慢。せっかくせっちゃんが色々考えてくれているんだもの。せっちゃんから手を出してくれるのをじっくりと待とう。


「大丈夫、焦んなくても時間はたっぷりあるんだから」


 何せ私たちは、運命で結ばれているんだ。結ばれる運命なんだから。


 ……初めて彼女と出会った時。私はせっちゃんに運命を感じた。駆け込んで、私の隣に座ってきた彼女が輝いて見えた。直感的に、この子だってわかってしまった。

 その運命を証明してみたくて、私は彼女に色々試してみた。私の思った通り、せっちゃんは全部私が望む形で応えてくれた。これを運命と言わずして何という。


「ねえ……せっちゃん。やっぱり私たちは、運命で結ばれているのよ」


 愛しいせっちゃんの髪を撫でながらクスリと笑って呟く。だから私は、運命ってものを信じてる。

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それはきっと、運命の出会い みょんみょん @myonmyon

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