運命を信じない女、せつ子

 ~Side:せつ子~


 あたし、田中せつ子は運命ってやつを


 だってそうでしょう?運命ってものがあるんなら、自分の人生は生まれた時点で決まってるなら……それじゃあどんな事をしてもどんな努力をしても意味がないって事になるじゃない。

 そんなのってつまらない。人生とか未来って、自分の選択で切り開いていくものだってあたしは思ってる。


 元々そういう可愛げのない考えの持ち主だったあたしだけど、そう強く思うようになったのはあの人と……あずささんと出会ってからだ。


 去年の春。遅刻しそうになって駆け込んだ電車であたしはあずささんと出会った。


 電車の中で優雅に本を読んでいたあずささん。汗だくになりながらなんとか間に合って隣に座った私に、優しく微笑んで……そっとタオルを取り出して『お疲れ様。間に合って良かったね。良かったらこれで汗でも拭いて』と見知らぬ私に手渡してくれた。

 ……一目惚れだった。こんなに綺麗な人がこの世に存在するんだって……衝撃だった。あずささんと違って……その。元々あたし、そのケはあった自覚はあるけど……そういうの差し引いてもあたしは一目見て恋に落ちた。引き寄せられるような感覚に酔った。


 その日から、あたしはあずささんだけを見るようになった。文字通り、あずささんだけを。


「……ただいま」


 鍵を開け、誰もいない家に帰る。……一人暮らしだけど、ついつい『ただいま』と言ってしまうのは、大好きなあの人の写真があるからだろう。


「……ただいま、あずささん」


 廊下を歩きながら、あたしに微笑んでくれるあの人の―――ついさっき分かれたあずささんの写真一枚一枚に挨拶を交わす。


「今日のデート。本当に、楽しかったよ。いっぱい遊んで貰えて、いっぱいお話して貰えて……幸せだった。面白い事なんて出来ないし、気の利いた事も禄に言えないあたしだけど……あずささんは、あたしのやること全部に喜んでくれたよね。あたしの言うこと全部真剣に聞いてくれたよね。嬉しかったよ。……デートの最後には……て、手を……握って貰えて……とてもどきどきしたよ。触れた先のぬくもりも、絡み合った指も、やわらかさも……まだハッキリ覚えてる。お別れ間際には……あのきらきら輝る綺麗な瞳で……あたしを見つめて貰えて……あの視線を浴びてあたし、あたま蕩けそうになったよ」


 デート中に全部は言い切れなかった、伝えきれなかったあずささんへの気持ち。それを写真の向こうの彼女に一生懸命言葉にする。……そういうのはデート中にちゃんと本人に言えって?

 言えるわけないでしょ。下手に本人を前に伝えようとしたら、今以上に言葉の泉が湧き上がり。早口で溢れ出る想いをぶつけてしまいかねないもの。そうなったらあずささんに重いって思われるわ。ドン引きされるわこんなの。


「……こんなキモいあたしが……あんなに素敵な人と結ばれるとか……夢みたいだ……」


 大きくため息を吐き。今日盗撮したばかりの撮りたてほやほやの彼女の写真を現像しながら思う。我ながら……ホントうまくやったものだ。


 ……さっきの話に戻るけど。偶然とか、運命ってものをあたしは信じない。


 欲しいものがあったとして、それを運命ってやつが引き寄せてくれるのをただ待っているだけじゃ……永遠に手に入らない。自分の手で掴み取らないと。『求めよさらば与えられん』ってことわざもある通り、欲しいものがあるならば掴み取るための相応の努力をしないとダメだ。

 考えてもみてほしい。片や超絶美人で性格も素敵なお嬢様学校の人気者。片やブスで頑固で意地が悪くて親にも勘当された素行不良人物……釣り合わないにもほどがある、接点も何もないそんな二人が偶然により引き合わされ友情を重ね、ついには女の子同士という壁も越えて恋に落ちる―――そんなあたしに都合の良い話、あるわけないじゃない。


 じゃあ都合が良いようにするにはどうするのか。接点がないのなら、作ってしまえばいい。偶然なんてない、運命なんてない。この世にあるのはそう、必然だけだから。

 あずささんと出会ったその日から、あたしはすぐさま行動開始した。死に物狂いであずささんを追いかけ始めた。あずささんを手に入れる為に。


 まず彼女と一緒の電車に乗れるように、毎日駅のプラットホームで待ち伏せした。あずささんは大体毎日、7時10分に着く電車の3番目の車両に乗っているけれど。それでもそれが毎回毎回同じってわけではない。予定が合って早い時間に乗ってくる事もあるし、家の用事があって遅い時間のに乗ってくる事だってある。車両が混んでいて別の車両に乗り込んでる事ももちろんあるはず。

 そういうイレギュラーがあっても対応できるように、毎日始発の電車が来る時間からプラットホームで彼女が来るのを待っていた。電車が来るたびに急いで彼女が乗っているか否かを確認し。乗っていなければ次を待つ。それを繰り返し、あずささんが乗っているのを確認したら……何食わぬ顔でその車両に乗ったのだ。


 電車の中ではあずささんの隣の席に座り。スマホを弄るふりをしつつ。仲良くなるきっかけを作るために横目で一瞬たりとも目を離さず、必死にあずささんを観察した。あずささんは電車の中では大抵本を読んでいる。その本をのぞき見てジャンルをチェックしたり。あずささんの持ち物を見てどんなものが好きなのか、どういうものが好きなのか網羅した。

 そうやって彼女を何気ない顔で観察し、情報収集しながらあたしは機会を静かに待っていた。……そしてその日、ついにチャンスがやって来た。しっかり者のあずささんにしては珍しく、スマホを席に置いたまま電車を降りていったのだ。


 しめたと思った。あたしはスマホを他の誰かに拾われる前にさっと拾い、いかにも慌ててスマホを拾って追いかけてきた風を装いあずささんに接触した。スマホを受け取り、思った通りとても丁寧になんどもなんどもお礼を言ってくれたあずささん。


(違うんです、お礼を言われるような人間じゃないんです。善意で拾ったんじゃない。貴女とお話しするためにこういう機会を待っていただけなんです)


 少しだけそんな罪悪感に苛まれながらも……ようやく生まれた彼女との接点にあたしは内心小躍りしていた。

 ……そうだ。お察しの通り、あたしはいわゆるストーカーってやつだ。


 弁明させて貰えるなら、最初はただ……純粋に憧れのあの人とお友達になりたい。仲良くなりたい、ただそれだけだった。それなのに、一体どこからあたしは道を踏み外し始めたのだろう。仲良くなればなるほどに、自分の欲求はエスカレートしていった。


『せっちゃんと電車の中以外でも一緒にいれたら良いのにねー』


 そんなあずささんの一言で、どうやったら自然と彼女と一緒に居られるかを考えた。考えて、考え抜いて。彼女の一週間の予定を探りバイト先を調べあげ、何食わぬ顔で新人バイトとして電車の中以外でもあずささんの隣に居座るようになった。


『休日もせっちゃんと遊びたいけど……家も離れてるし中々会えないよね。寂しいなぁ』


 そう言われた週末。あずささんのお出かけ先に一足先に待ち伏せし。そして偶然を装ってあずささんの前に現れた。彼女がより運命というものを意識してくれるように、彼女とお揃いの服も忘れずに着ていった。


『せっちゃんが一緒なら……ストーカーなんか怖くないのに……』


 彼女を付け狙うストーカー男の存在を聞いたとき、怒りよりも先にこれは利用できるぞと思ってしまった。……あたしも立派なストーカー故に、思考回路や行動パターンはよくわかる。あずささんの帰り道で、いかにも人気の少ない襲われやすそうな場所を調べ上げ張り込みし、現れたストーカーをストーキングした。

 より劇的に、あずささんにあたしの存在を意識して貰えるようにチャンスを待ち。そうしてあずささんとストーカーが鉢合わせるのをじっくりと待った。……ストーカーがあずささんに手をかけようとしたところに合わせて、あたしはあずささんを助け出した。


『私とせっちゃんの出会いは、運命なのよ』


 純粋無垢なあずささんはこんな最低なあたしと違って運命を信じている。あたしとの出会いを、これまで積み重ねてきたあたしとの日々を。運命だっていつも言ってるけど。……違う。こんなの運命じゃない。あたしがそうあずささんに思い込ませているだけ。


『平日でも、休日でも!家が離れているのに毎日会うなんて、これは運命よね!』

(違うんです、あたしがあずささんを追いかけてるだけなんです)

『趣味がこんなに合うなんて、これは運命よね!』

(違うんです、あずささんの趣味を徹底的に調べ上げて趣味を合わせただけなんです)

『おとぎ話の王子様みたいに助けてくれるなんて、これは運命よね!』

(違うんです、ホントはもっと早く助けに行けたんです)

『せっちゃんは知らなかっただろうけど、今日は私とせっちゃんが初めて出会った日なのよ。そんな記念日にこんな素敵な告白をしてくれるなんて、これは間違いなく運命よね!』

(違うんです、知ってました……あずささんが運命を感じてくれるように……この日を狙って告っただけなんです……)


 仕組まれた運命は、運命とは呼ばない。決して。

 だからきっと……このことがバレたら。あずささんが大好きな『運命』じゃない導きで結ばれたものって知られたら。……あたしはきっとあずささんに軽蔑される。嫌われて、捨てられて。もしかしたら警察に通報されちゃうかもしれない。

 それでも、あたしは……


「あずささん……ああ、あずささぁん……」


 今日もあたしは、あずささんの動向を探り。デート中に示し合わせたように同じ飲み物を買ってきた。そして……あずささんがトイレに行っている隙を狙って……自分のペットボトルと、彼女のペットボトルをすり替えた。

 今日のデートで盗撮したあずささんの写真を見つめながら、彼女を思いつつ……あたしはまたペットボトルの飲み口にちゅ、ちゅっと口づけする。


 ……恋人同士になったとはいえ。まだあたしとあずささんはプラトニックな関係のままだ。……正直に言うと、早く先に進みたいんだけど。関係を進めようと躍起になって下手を打ってはこれまでの努力も水の泡だ。いきなり迫ってキスを強請り、拒まれでもしたら最悪だ。

 キスするならちゃんと演出しないと。あずささんが喜んでくれるような……運命を感じるような素敵な体験を、彼女の為に考えて最高のシチュエーションを用意しないと。

 それまでは、この間接キスで我慢しよう。正直不毛でサイテーな行為なんだけどね……


「……待っててね、あずささん。あたしが、きっと……今度は素敵な運命のキスを用意してあげるから……」


 そんなことを思いながら、あたしはペットボトルに残っていたジュースを思い切り飲み干した。

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