第3.5話【villains elegy-アクニンドモノバンカ-】(6)

「おや……珍しいですね、こんな夜更けに。見た所皆々様、いたって健康に見えるのですが。診療とは別の御用でお越しでしょうか?」



 銀縁の眼鏡をかけ白衣をまとった、いかにも医者という風体をした男。



 白石しらいしたかしは、真夜中の来訪者である余歯楕よしだ達へとそんな風に声を掛けてきた。



 たかしのすぐ横、かたわらには、パジャマ姿のまま携帯ゲーム機に興じている10歳にも満たない子供が立っている。



「…………」

「…………」

「…………」



 余歯楕よしだ胡谷こたに肌皿偽きさらぎの三名は、何も答えない。



 否、正確には答えないのでは答えられない。



 奇しくも彼らは、皆同じ事を考えていた。




 余歯楕よしだたかしの息子である日和びよりを惨殺した後に出現した謎の異形によって、三人は瞬く間に殺害された筈なのに、と。




「ふむ。どうやら皆さまの神妙な面持ちを見る限り、ある程度記憶は引き継がれているようですね。私はどうにも曖昧あいまいなので、可能であれば詳しいお話を聞きたいのですけれど」



「あれは、催眠術の類か?」



 余歯楕よしだたかしの問いかけを無視し、そうたずねた。



「いや、違うだろ。ショーイチもうちもこのジジイも、確実に殺られてた筈だ」



 胡谷こたにが口を挟む。



「だのう。いやはや、わしともあろうものがなーんもする間なく制圧されてしまうとは。あの感覚、夢にしてはいささかリアル過ぎだと考えるのが賢明じゃて」



 何かにつけて犬猿の仲である肌皿偽きさらぎも、彼女に同意する様な私見を述べる。



 すると、そこで。




んだよ」




「「「ッッッ!!?」」」




 三人の魔術師の背後へと、いつの間にか白石日和しらいしびよりが移動していた。




「あのままだとおさまりがつかないと思ったから、というよりもむしろ。おじさんたちは特別なんでしょう? だから、分かったんだ。ぼくの中にいるアレがなんなのかも、そしてぼくが持っている力がどんなものかっていうのも、分かっちゃたんだ」



 子供らしさを微塵も匂わせない抑揚よくようのない声で、日和びよりはつらつらと言葉を紡ぐ。



「だから、お父さん。今までごめんね、いっぱい痛いことしちゃって。でも大丈夫、もう分かったから。これからはお父さんに後始末させることはたぶん、無いと思う」



日和びより……お前は……」



 言葉に詰まるたかしに構わず、日和びよりは軽くはにかみ、三人の魔術師へと向き合った。



「で、だよ。もうおじさんたちも分かったでしょ? 自分たちじゃどうしようもないくらいに力の差があるってことがさ。今のぼくなら、アレが出てくる前におじさん達をせんめつすることだってできる。そうなりたくないのなら、あきらめて今日の所はかえってくれない? ほら、もう夜もおそいし」



 日和びよりからすれば、厄介事を避けるため双方円満な形で事を終わらす提言をしたつもりだったのだが、それはまるっきりの逆効果。



 殺害対象である幼子から憐れみを受ける――魔術師としての矜持プライドを踏みにじられてしまった彼らの、激昂げきこうを誘う結果となる。




「ガキに言われちゃ世話ねぇな。つっても、確かにてめぇの中にいるアレはうちらの手に負えねぇバケモンだっつーのは正しい。でもよーだとしてもよー」



「要はアレが出てくる前に行動不能にしたら良いのじゃろ。であれば儂らにも勝機はあるし、これより先一切の油断なく迅速に事を運べば無問題じゃて」



「ですね。死ぬのが発動条件と仮定するならば、殺さず行動不能にしてしまえばよいだけのことです」




「往生際わるっ! はぁーあ。大人って大変なんだね。面子メンツっていうの? そんなしょうもないもののために命を投げ出すって、正直どうかと思うんだけど」



 敵意を剥き出しにした襲撃者に対し、欠伸あくび交じりに辛辣しんらつな挑発を返す日和びより




「その辺にしておきなさい。彼らはどうしようもない無法者です、これ以上刺激するのはよろしくないし、それに小っちゃい内から汚い言葉をみだりに使うものじゃありませんよ」



「でもお父さん」



「大丈夫。お前がどうこうしなくても、お父さんがこの場をなんとかしてみせるから。先に家に戻ってなさい」



 我が子の肩を優しく叩きながら、この場から立ち去るよううながたかし




「はぁん。手も足も出ずにボコられてた癖に子供の前だとそんな事言えるたぁ、親って奴はもの凄い見栄っ張りなんだなぁオイ」



 額に手をあてけらけらと笑う胡谷こたに一瞥いちべつし、たかしはやれやれと溜息ためいきをつきながら、言う。




「貴方はまだ若い。説明したところで分からないでしょう。だが……」



「は……!?」




 天の左腕と両膝から下の箇所が、赤黒く変色し、ボコボコと音を立てながら隆起りゅうきしていく。



「血の通った息子を目の前で嬲られて、和平交渉ネゴシエートを続けられる程、私は人格者じゃあないんですよ――五体満足で帰れると思うなよ悪人共」




 衣服を突き破りあらわになったそれらは、もはや人の体を為していない、異形の肢体したいそのものであった




「魔術師ではないが只の人間でもない。一体あなた何なんですか?」



「答える必要は、ない」




 余歯楕よしだの問い掛けを無視し、たかしはいよいよ臨戦態勢を整え終えたのだが、そこで。




 日和びよりがちょこんと、そばの樹の根元へと腰かけた。




「これがお父さんの本気かぁ。うろ覚えだけど、改めてすごいね。でも、たぶんそれでもちょっぴりしんどいと思うから、これはアドバイス」




「気持ち悪くてくさいおじさんは左手から見えない透明なヒモみたいな束を伸ばしてくるよ。捕まっちゃうと抜け出すのにひと苦労しそうだし、ムチみたいにして叩きつける時には殺傷力も上がってるから気を付けて。基本見えないけど、腕の動きと連動してるから注意すればかわせるはずだよ」

「あのヒゲがもじゃもじゃしたおじいさんは、土砂や岩石で構築した大きな腕とか脚とかを地面からたくさん出せるよ。一度に出せる数は十数体が限界だと思うけど、囲まれると面倒だし先に本体を潰しちゃうのが楽かも」

「でもってあのお姉さんが一番厄介。あれは圧縮した空気……を纏っているのかな? 三人の中で一番早く動けてたし、殴ったり蹴ったりの威力が凄まじいから、かなり苦戦すると思う。今のところ対応策はちょっと思い付かないかな。でもまぁ、お父さんがどうしてもっていうなら、あのお姉さんは僕が対処してあげてもいいよ」




 日和びより自身、対魔術師戦は今夜が初であった。



 圧倒的に経験値が不足している、否、無に等しい対象から、的確に自分たちの魔術の特徴ネタを暴かれた彼らは。



 それでも怯まず臆さず殺意を高めていく。  




「おいお前ら。言うまでもねぇけど、手を抜く余裕なんて一切ないからなこの状況」



「こんなガキっころにあぁまで虚仮こけにされてしまうとは。だがのぅ、儂らにも多少なりともプライドがあるんじゃわ」



「こればっかしはジジィに同意だな。まずはてめぇを、うちら三人の全身全霊フル・マックスでぶっ潰す」





 肉浴槽ミートリウムの細胞を身に宿した非魔術師である、白石天しらいしたかし 。



 下級魔術師では生涯かけても会得し得ない、詠唱不要の魔術――通称、魔性スタイルを所持している余歯楕よしだ胡谷こたに飢皿偽きさらぎ




 両者は三度、激突する。

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Death×By×Familia 宮園クラン @miyazono-9ran

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