第3.5話【villains elegy-アクニンドモノバンカ-】(5)

「ッ!? 来るな日和びより! 早く家に戻りなさい!」



 状況をよく呑み込めていないまま姿を現した息子へと、たかしは普段よりも語気を荒げて注意を促した。



 しかし胡谷こたにはその隙を見逃さない。



「遅ぇ」



 彼女は一瞬で日和びよりの背後へと回り込んだ。



「わっ。わわっ。お姉ちゃん、だれ?」



 不意に両肩を抱き寄せるようにつかまれた日和びよりはそんな驚きの声を上げるが、胡谷こたには構わず仲間である余歯楕よしだへ淡々と確認を行う。



「おい、ショーイチ。こいつも対象ターゲットなんだろ? 何かされる前にこのままっちまってもいいか?」



「まぁまぁ胡谷こたにさん。そう事を急がなくともよいじゃないですか」



「やめろ! 息子は関係ないだろう! さっさと解放しろ!」



「ハァ? てめぇ自分の立場がわかってんのか? わかってたらそんな言い分は吐けねぇ、つーことはわかってねぇっつーことだ。じゃあわからせる必要があるよな? わからせるためにうちがどうするかっつったら――」



 こうする訳だと言いながら、胡谷こたり日和びよりの首元へゆっくりと手をかける。



 頸椎部けいついぶを粉砕しようと力を込めかけた彼女だったが、突如としてその行為はピタリと停止した。



せっつってんだろ。耳腐ってんのかお前は。ぶっ殺すぞ」



 銀色の指輪で埋め尽くされたてのひら胡谷こたにへと向けながら、余歯楕よしだは冷徹な表情のまま彼女を制する。



「……わーったよ。はいはい、やめたやめた。もうしねーからくれねぇかな、これ」



「この馬鹿ゴリラ女。初めっから素直にそうしろ。相手はまだ子供なんだぞ? 無駄に怖がらせる必要なんてないだろうが」



 罵倒されたことに対し瞳孔どうこうを開き威嚇いかくする胡谷こたにを無視し、余歯楕よしだはきょとんとしたままの日和びよりへと近付いていく。



「やぁ。驚かせてごめんね。ぼく、怪我はないかな?」



 相手を安心させようと、膝を折って日和びよりと同じ高さまで目線を落としながら、余歯楕よしだは柔和な表情で安否を気遣った。



 彼は何も特段子供が好きな訳では無い。



 日和びよりの身柄を押さえたことでいつでも好きなように出来るのだということを、父親であるたかしに示したかっただけである。



 流石に実子を人質にされたならば、たかしとて無茶はしないだろうという余歯楕よしだ目論見もくろみは、しかしこの後日和びよりが発した言動によっていとも容易たやす瓦解がかいすることになってしまう。




「ねぇおじさん。あのね、変なにおいしてくさいし、そのお手てすごく気持ち悪いから、どっか行ってほしいかも。おぇ~。おぇ~~!」




 鼻をつまみながら吐く素振りを見せる日和びより




「……………………」



 余歯楕よしだの顔面は、もはや能面のような無表情に変わり果てていた。



「……あの、息子に悪気は無いんです。とりあえず気の済むまで謝るし、金で解決するなら出せるだけ出すから、その……早まらないで欲しい――」



 たかし余歯楕よしだなだめようと声を掛けるも、時すでに遅し。




 ボキリッ、と。




 余歯楕よしだの操る魔術によって日和びよりの首が折れる音がした。




「あっ……う、あ……あぁあ……」



 喉の奥底より、意味のない音を漏らすたかし




「おーおーおー。手が早いのぅ」



「改めて認識させられるんだが、ショーイチ。てめぇほんと狂ってんのな……。うちがやろうとしたことを止めた上で自分で殺るとか、サイコパスにも程があんだろ」



 呆れる肌皿偽きさらぎ胡谷こたに他所よそに、余歯楕よしだは発狂したかのように両腕を滅茶苦茶に振り回し、絶叫していた。




「くさいだぁ? 気持ち悪いだぁ?? ハァ……ハァ……ッん舐めやがって……クソガキがぁあアぁああぁああア!!!」




 両腕の動きと連動し、バツンッバツンッと鞭を叩きつけるような風切り音とともに、既に事切れているであろう日和びよりの身体には次々に細長い傷跡が刻まれて行き、その度に血が噴水の如く舞っている。



 そんな見るに堪えない残虐行為が1分ほど続いた後、ようやく余歯楕よしだは動きを止め、深く息を吸い呼吸を整えた。



「ふぅ~~。さぁて。気分がすっきり晴れたところで、我が子を失った父親はどんな具合なのか見て見ましょうかねぇ」



 すこやかな笑顔と共に、未だ宙へと縛り付けられているたかしへと視線を移す余歯楕よしだ




 彼はうつむきながらつぶやいていた。




「まずいぞ……こんなパターンは初めてだ……不意の事故ならまだしも……明確な敵意を受けて死んでしまった場合……どうなるんだ……?」



茫然自失ぼうぜんじしつなところ恐縮ですが、次は貴方の番です。その辺りしっかりわかってらっしゃいますか?」



 余歯楕よしだの呼びかけにも、たかしは応じようとしない。




「状況を整理しよう……俺は直接手を下していないが……しかし、原因となった当事者には変わりはない……であれば、俺も含まれるのか……? 分からないが、はたして今回は止められるのか……」



「先程から何をおっしゃっているのです? 家族を失った悲しみから、気でも触れてしまいましたか?」



「いや、気は確かですよ。ちゃんと自我はあるし、状況も分かっています」



 目の前で我が子を惨殺されたとは到底思えないぐらい、精悍せいかんおもてを上げて、たかしは言う。




「でもね、だからこそ私は怖いんです。が、その度に訪れる凶事というか後始末イベントをこれから行わなければと思うと、正直気が重いんです」



「ちょっと何を言っているか分かりません。やはり現実を受け止め切れず、狂ってしまったのですね」



「もはやそんな問答はこの際無意味なんですよ。ほら見てください、そこにある息子の遺体を」




 余歯楕よしだが視線を足元へ戻すと、いつの間にか日和びよりの遺体はきれいさっぱり消え失せており――代わりに黒緑色のさなぎにも似た大きな何かが出現していた。




「これは?」

「あぁん? んだよこれ」

「おや? 死体がなくなっとる」



 胡谷こたに肌皿偽きさらぎを含めた三人の魔術師が疑問符を浮かべている中で、唯一その場にいたたかしのみがその事象の後に起こる事態を予想出来ていた。



「悪い事は言いません。この場からすぐに離れるのをおすすめしますよ」



「と言っても、もう手遅れでしょうけど……」




 たかしが溜息をついたのを皮切りに、さなぎの様な物の全身に亀裂が走る。




『ヲォオオォォオオォオオオォォオォオォォオオオオ』




 大気を震わす獣の咆哮を轟かせながら、殻を突き破ったは出現した。

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Death×By×Familia 宮園クラン @miyazono-9ran

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