第3.5話【villains elegy-アクニンドモノバンカ-】(4)

「おや……珍しいですね、こんな夜更けに」



 銀縁の眼鏡をかけ白衣を纏った、いかにも医者という風体をした男。



 白石しらいしたかしは、真夜中の来訪者である余歯楕よしだ達へとそんな風に声を掛けてきた。



「見た所皆々様、いたって健康に見えるのですが。診療とは別の御用でお越しでしょうか?」



「えぇそうです。主にあなたとご子息に用があって」



 不敵な笑みを浮かべながら、余歯楕よしだは大量の指輪で埋め尽くされた左手をかちゃかちゃと鳴らしながら、たかしへと要件を告げる。



「私と息子に、ですか。はて、失礼ですがどなた様でしょうか。記憶を掘り返そうとも全く思い出せません。以前、何処どこかでお会いしていたとか?」



「いやいや、今日が初対面ですよ。改めて自己紹介をするならば、僕たちは神の七本足に最も近い存在。といっても分かりませんよね」



「今、何と? 神の七本足とは? 皆目見当が付きませんが……」



「あなたの嫁である伽藍がらん真衣まいの兄である伽藍端〆はじめの命にてせ参じた次第ですよ。それとも、緑夜叉ろくやしゃ村の関係者と言った方が理解が早いですかね」



 たかしの表情が一変する。



「なるほど……魔術師なのですね。皆々様は」



「理解が早くて助かります。通じた様で嬉しい限りです。さて、それではご同行いただけますか」



 選択肢を与えず、有無を言わせぬ様相で余歯楕よしだたかしへと願い出たが、



「断る、と言ったら?」



 意外にもたかしは、素直に応じる素振りを見せなかった。



「あなたが無益に痛い目を見るだけです。あるいはそれを通り越して、痛みすら感じない亡骸なきがらへと変わっていただくことになる」




 勿論これはおどしではなく、言葉通りの意味である。



 対象者ターゲットに関して、端〆からは生死は問わないという要件を言質取っている彼らからすれば、任意同行よりもむしろここでたかしとその子供を処理した方が楽という認識すらあった。




「そうですか。そうですよね。いつかこんな日が来るかもしれないと覚悟していましたが。答えはNO――「なら死んでろよ」――ッ!?」




 たかしが明白な拒絶の意思を見せたと同時に、胡谷こたには既に行動を開始していた。



 つむじ風の様な速度にてたかしとの距離を一気に詰め、側面からたかしのこめかみへと魔術で加速・強化された拳を叩き込む。



 電光石火の早業で繰り出された胡谷こたにの攻撃は、しかし咄嗟とっさに頭部をかばったたかしの右腕によって阻まれた。




「……いきなりにも程があるでしょう。何やってくれてんですか貴方は」



 冷や汗をかきながら、強襲者からの不意打ちをやり過ごしたたかしに対し、胡谷こたには歯ぎしりをしながら忌々いまいましげに不満を漏らす。



「ふざけんな。何いっちょ前に防御してくれちゃってんだよおっさん。つーか反応できたのは百歩ゆずったとして、



 その気になれば鉄板すら突き破る威力を誇る一撃が、生身の腕一本で防がれたという事実が示す符合ふごうとは、つまり。




「なー。なーなー。こいつさぁ、?」




「五体満足なところをみると、そうだと断定するのが賢明かのぅ」



「守護者の核を引継いだことによっての力なのかもしれませんね。止むを得ない。確保は諦めて、このまま一気に畳みかけて殺してしまいましょう」



 少なくとも白石たかしは魔術師ではない一般人である。



 そんな事前情報を持っていた彼らだったが、この有り様を目の当たりにし、認識を改めざるを得なかった。




「いや、ちょっと待ってください。何やら盛り上がっている所、水を差すようで恐縮ですが……。いきなり殴りかかってきて謝罪も無しに、あまつさえ殺害予告なんて正気の沙汰さたとは思えません」



「……あぁ? お前今なんつったコラ」



「ですから。ひかえめに言っても異常なんですよ、貴方達は。明確な説明をせず目的も不明なのに、対面早々強制的に同行を促し、拒否した瞬間に暴行に及び、のみならず集団私刑リンチを実行しようなんて、普通じゃあり得ませんってば」



 たかしは至って普通の所見を述べたつもりだったが、窮地に陥りながらも一切命乞いをしない姿勢と態度とが、結果として相対する3人の魔術師の暴虐性への着火点となってしまう。



「かかかっ! わしらは常識に囚われない、個々が自己の好きなように振舞う破綻者の集まりじゃ! 普通であってたまるかよ。個人的にお前さんには恨みはないが、博打の資金たねせんの為に人身御供になってくれや!!」



 高笑いし肌皿偽きさらぎは、額に指を当てて詠唱を紡ぎ始めた。



「とくあのくたらさんみゃくさんぼだい」



 直後、爆竹を鳴らしたかのような破裂音が足元から鳴り、地面が揺れる。



 そしてたかしの周囲には、黒褐色の柱じみた複数の物体が出現する。



 彼の周りをぐるりと取り囲むそれらは、たかしを押し潰さんと一気に倒れ込んできた。



「なっ……? あっ! うぉおおぉおおお!!?」


 

 たまらずたかしは垂直に飛び上がり、これらを回避。



 一蹴りで優に4~5メートルはジャンプした彼だったが、




 しかしその後地に足つける事は叶わず、




「???」



 身体の至る箇所を縄の様な何かで縛られている感覚はあるにもかかわらず、何故か視認はできなかった。




「捕まえた。大した運動能力とめたい所ですが、もう終わりですよ」



 肌皿偽きさらぎの魔術の発動後、次いで余歯楕よしだもまた詠唱を行っており、たかし捕縛ほばくに成功したのであった。



「ただの一般人に、魔術師が寄ってたかって同時攻撃とは……ズルいんじゃあないですかね」



 宙に縛り付けられ動けないたかしは嘆息まじりに愚痴をこぼした。



「おやおや知らないのですか? 魔術師同士の対戦に限らず、すべての勝負の基本とは“相手が嫌がることをやる”その一点のみだということを」



「お主は多少運動神経が優れていて、それなりに頑丈であるのは認めよう。だがのぅ単騎で如何に強かろうとも、型に嵌めて、実力を発揮する機会など寸分も与えず、何もさせない・起こらない状態にして一気に刈り取る。それが儂らのやり方なんじゃなこれが」



 即席の連携によってたかしを完封した余歯楕よしだ肌皿偽きさらぎは、笑みを浮かべながら自分たちのやり方について得意げに語る。




 そんな両者の間に割り込むようにして、右方より胡谷こたにが疾駆しながら跳躍し、



「これ以上手間ぁかけさせんじゃねぇよ。とりま眠っとけやおっさん」




 引き絞られた弓の弦の如く後方に引かれた両腕が前方へと押し出され、無防備なたかしの腹部へと炸裂した。



「ッッッ!? ッっがッ……はッ……」



「あん? だからなんで貫けねぇんだ? うちの腕前が鈍ったか? んな筈ねーし、どんだけ硬ぇんだよてめぇはよぉ」



 悶絶もんぜつし項垂れるたかしを意に介さず、胡谷の怒気がふつふつと高まっていく。



「まぁいっか。このままボコり続けりゃそのままくたばんだろ。あーめんどくせー」



 余歯楕よしだの魔術により宙に浮いたまま項垂うなだれるたかしを見上げ、再び攻撃を加える為に飛び上がろうとする胡谷こたに



 しかし、その行動は中断されることになる。




「お父さん。その人たち、だれ?」




 携帯ゲーム機を片手に持った、パジャマ姿の子供。



 たかしの実子である、白石しらいし日和びよりの登場によって。

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