第3.5話【villains elegy-アクニンドモノバンカ-】(3)

 朱里が亡き者となった夫の姿を目撃してしまった同刻、彼女を拉致した当事者である余歯楕よしだはというと、郊外の林道を歩いていた。



「彼女、僕からの贈り物気に入ってくれたかなぁ。サプライズも兼ねているし、嬉し過ぎて失神してしまっているかもなぁ」



 ほくほく顔でそんな妄想を膨らませている彼には、真逆の理由で気を失った朱里の心中などおもんぱかれる筈も無かった。



 暫くして彼は、合流地点とおぼしき視界が開けた広場の様な場所に辿り着く。



 そこには2名の男女が向かい合い立っていた。



「もういいじゃろう。ほら、あ奴も来たようじゃし、いい加減に機嫌を直したらどうじゃ」



「やかましい。関係ねぇ。てめぇに対するうちの苛つきは収まっちゃあいねぇんだ。勝手に話すり替えてんなよジジイ。つーかさっさと死んで詫びろ老害」



 柔和な表情を浮かべながらまぁまぁとなだめる初老の男と、目が合うだけで今にも殴り掛かってきそうな鋭い三白眼の女性。




 彼らは今回余歯楕よしだと共に任務を遂行する仲間メンバーであった。




「会って早々何いきなり揉めてるんですか、貴方達は」



 やれやれと肩をすくめ、ため息交じりに余歯楕よしだは二人へと近付いていく。



「毎度毎度の小競り合い、飽きませんね本当に。口喧嘩ならまだしも、使でしょう。一般人に目撃されたら面倒が増えるだけだというのに」




 今三人がいる場所は本来、林道の一部分である。



 が、よくよく辺りを観察すれば、地面は月面のクレーターの様に所々円形に窪んでおり、また幹から上の部分を無くした樹々が至る所に点在していた。



「あぁん? てめぇうちまで悪いみたいな言い方してんじゃねぇぞ。こいつが先に吹っ掛けて来やがったんだ。手ぇ出されて当然だろうが」




 黄の蛍光色に黒い線が通ったジャージを上下に着た、目元が隠れるほどの長さにまで伸ばされたウェーブがかった前髪。



 真っ黒い下地に白い髑髏のアイコンがプリントされたマスクが印象的な彼女の名は、胡谷こたに零美ぜろみという。




「喧嘩を売ったつもりはなかったんだがのぅ。もっとも今の儂は金欠の身スッカラカンだもんで、高ぁく現金で買い取ってくれるならば、いくらでも特売してやるぞい」



 様々な大きさの陰陽タオマークが刺繍としてあつらえられた灰色の法衣に身を包み、髪の毛一本無い光沢のある坊主頭とは対照的に鼻から下全てがすっぽりと覆い隠れる程の髭を生やした、齢50を半ばに過ぎようとも己の欲望に忠実な男の名は、肌皿偽きさらぎ右左衛門うざえもんという。



 各々おのおのの言い分を半ば聞き流しつつ、余歯楕よしだは一人、前方へと歩みを進めながら二人へと苦言を呈する。



「殺し合いたいなら仕事が終わってからお好きにどうぞ。対象はこの先にいるんでしょう? ここで管を撒く時間すら、今の僕には勿体ないんです。さっさと行って、ちゃっちゃと片付けましょう」



「それが賢明じゃて。ほれ、さっさと行くぞチンチクリン」



「一々うるせぇんだよクソ坊主。さっさとくたばれやこのゴミカスゲロ野郎。つーかてめぇもてめぇだ。遅れてきたくせにリーダー面してんじゃねぇぞショーイチおいこら」



 つっかかる胡谷こたにとそれに対し都度茶々を入れる肌皿偽きさらぎは、未だ余歯楕よしだの後方にて言い合いをしていたが、いつものことなので彼は無視を決め込むことにした。



 少しでも気に食わないことがあれば秒で手が出る気性の荒さの持ち主である彼女と、本職は仏に仕える僧でありながら飲む打つ買うの三拍子に傾倒している彼とに、まともに取り合って得られるメリットなどは皆無であることを知っているからである。



 もっとも……そんな当人である余歯楕よしだが持つ異常で狂った趣味・性癖を二人は知っているので、客観的にみればこの三人は、それぞれ方向性が違うだけで健全という概念からは程遠い破綻者そのものでしかないのだが。




 名目上の雇い主である伽藍がらん端〆はじめから与えられた任務を遂行することで得られる褒賞――いわば金の為だけに、三人は目的地へと進んでいく。




 かつて緑夜叉村ろくやしゃむら壊滅の原因の一端をになった儀式の関係者、




 白石しらいしたかしとその子供を、確保あるいは抹殺するべく。


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