段階的値上げ

@HasumiChouji

段階的値上げ

「我が祖先と取引してきた悪魔よ……。世界と人類を救ってくれたなら……全人類の魂……今生きている者達のみならず……今後、生まれてくる者達全ての魂を捧げても良い」

 元々、中世ヨーロッパの辺境の領主だった我が一族の先祖は……やがて周辺の国々を服属させ、大国の王族となり繁栄を続けた。

 ……そして、今の時代、我が一族は、全世界の全ての国を属国とする帝国の皇族となった。

 だが……一族の未来は暗かった。

 何世代にも渡り放置されてきた様々な問題……人間が作り出した有害物質は環境を汚染し……人口の増加は環境の悪化に拍車をかけ……人口の増加は貧困その他の問題を引き起し……最早、人類が来世紀を迎える事は絶望的だった……。

 科学技術の発達の副産物として引き起された問題の解決方法は……極めて非科学的な手段しか残っていなかった……。

 我が一族に繁栄をもたらした「悪魔」との取引だ……。

 だが……悪魔は……出現した途端……とんでもない事を言い出した。

「すいません……ここでは……その商売は店仕舞いしてます」

「……待ってくれ……最早、君しか頼れる者は居ないんだ……」

「無理です。現在から……人類が滅ぶまでの全人類の魂を1つ残らずもらっても……出来ない事は出来ません」

「そうか……やはり、世界を救えと言うのは君にとっても難題なのか……」

「いえ……何と言うか……ああ、そうですね……貴方の願いが『都合の悪いヤツを1人だけ暗殺しろ』でも……もう、叶えるのが困難になってるんですよ」

「……? 何を言っている? どう云う事だ?」

「そうですね……。ここは……人類の存続に悪影響を及ぼすほど科学技術が発達してる世界なので、こんな概念は有りますよね? えっと『平行世界』に『エントロピー』」


 始まりは……些細な事だった。

 私に服属している農民達と、隣町の領主に服属している農民達との間で……農業用の水や、豚を放牧や狩りや薪を採るのに使っている森の使用権についての諍い……その辺りの良く有る事だった……。

 だが……それらの問題を巡って喧嘩が起き……その喧嘩で死人が出て……気付いた時には、私も隣町の領主も後に引けなくなっていた。

 しかし……豊かさせは隣町の方が遥かに上だ。戦争になれば……負けるのは我々だ……。

 最後の頼みの綱は……。

「では……隣町との戦争に勝たせる代償にお客様の魂をいただきます。あ……支払いは、死ぬ時で結構ですので……」

 何代か前の祖先が、家督を継ぐ前、あの有名な大都市に留学した際に、怪しげな学者から買い取ったと云う「魔導書」に記載されていた儀式を行なうと……あっさり現われた悪魔は、これまた、あっさりと私の願いを叶えてくれた。


 何代か前の先祖が、勝てる筈が無いと思われていた戦争に奇跡的に勝ってから……とんとん拍子に、我が一族は「田舎の小さい町の領主の一族」から「小国の王族」と呼べるまでになった。

 しかし……そのせいで、一族の中に諍いが起きた。

 私は、「王族ではあるが、王に成る望みはほとんどない」と云う、ある意味、最も気楽な立場を楽しむつもりだったが……兄弟や叔父達は……いつしか私が王位に対する野心を抱いている、と誤解し始め……気付いた時には「殺さねば、殺される」所にまで追い込まれていた。

 唯一の頼みは……我が一族の繁栄の基礎を築いた何代か前の先祖が使ったと云う「魔導書」だった。

 私は……その魔導書に記されている儀式を行ない……そして……。

「では……貴方を殺そうとしている御親族を一掃する代りに……」

「代償は私の魂か?」

「いえ……貴方の何代か前の御先祖と取引をした時とは、こちらの状況が変りまして……貴方だけではなく、貴方に味方しているか中立の立場の御親族全員の魂を頂きます」

「ま……待ってくれ……」

「御決断を……貴方が死ぬか生きるかの……」


 ここ数代で……我々の一族が治める国は「小国」から「そこそこの国」へと化していた。

 多分……我が子には……私が継承したものよりも少しだけは有るが、大きく豊かな国を譲り渡す事が出来るだろう……。

 そう思っていた矢先……未曾有の疫病と飢饉が、我が国のみならず近隣諸国をも襲った。

 仕方あるまい……。

 我が先祖が頼ってきた悪魔に再び頼らざるを得なくなった。

「悪魔よ……我が国と領民を……疫病と飢饉より救ってくれ」

「判りました……前回より大きな代償が必要になります。貴方の魂に加え、貴方の家族全員……そして、これから生まれるであろう貴方の子孫全員の魂か……今、生きている領民全員の魂か……お好きな方をお選び下さい」


 我が偉大なる祖父は、一代にして、単なる王から、王達を統べる王……皇帝となった。

 しかし……私が帝国を受け継いでから問題が起きた。

 その問題さえ無ければ……今頃、敬愛する私の祖父に「皇帝の中の皇帝」……大帝の諡号を送る事に、臣民達も賛同してくれていただろう。

 始まりは……痛ましいが良く有る事に過ぎぬ、さる国の要人の暗殺だった。それも我が国で起きた事ですら無かった。

 しかし……それが元で始まった戦争は、やがて、我が国をも巻き込み……。

 戦況は日に日に不利になっていった。

 しかし、祖父を本当の父以上に尊敬している私の代で、祖父が興した「帝国」を潰すなど、もっての他だ……。

 私は……一族に代々伝わる、あの方法を試す事にした。

「では……戦争に勝たせる代償として……帝国臣民全員の魂……そして、そのこれから生まれるであろう、その子孫全員の魂をいただきます」

 伝承に有った通り……「値段」は更に吊り上がっていた。


 悪魔の言ったエントロピーと云う言葉は……聞いた事は有る。

 物理学の概念だ……。

 エネルギーの総量は一定だが……エネルギーの在り方は……「使いにくい」「取り出しにくい」ものに変る事は有っても……「使い易い」「取り出し易い」ものに変る事は無い……そんな考えだった筈だ。

 そして……願いの度に吊り上がる「値段」。

 だとすれば……。

「『エントロピー』とは……ある事の喩えかね? ひょっとして、君が誰かの願いを叶える度に、この世界そのものが『より願いを叶えるのが難しい』状態になっていった……そのせいで、願いの代償は……後になるほど吊り上がっていった、と云う訳かね?」

「ご明察の通りでございます」

「では……平行世界と云う作り話に出て来る概念は、どう関係が有るんだね?」

「平行世界は……実在しております……。いえ、この世界にとっては……実在して『いた』と云う方が正確でしょう。平行世界は……この世界から見れば……『こう有ったかも知れない』『こうなるかも知れない』可能性でございます。そして……私が誰かの願いを叶える際に行なっていた事は……『お客様の願いに最も近い平行世界を乗っ取る』事でございます」

「待ってくれ……では……他の平行世界を乗っ取る前の世界は……どうなる?」

「消えます。放っておけば……1つの世界は可能性の数だけ平行世界に分岐し……我々悪魔より非情にして残酷な自然の摂理……もしくは超自然の摂理によって、そのいくつかのみしか生き残る事は出来ません。ですが……この世界……『貴方の先祖が私を呼び出した世界』から分岐した平行世界は……通常よりも、かなり急速に数を減らしました。私が、貴方の御先祖の願いを叶え続けた為に……」

「何となく……理解出来た……。理解したくは無かったが……」

「そうです……。この世界からは……あらゆる『可能性』が消えました。私と貴方の御先祖のせいで……。最早、この世界には……来世紀を待たずして人類が滅ぶと云う可能性≒平行世界しか残されておりません」

「……何とか……成らないのか?」

「成りません。私としても……極めて遺憾でございます」

「どうしても駄目か……全ての可能性は消えたのか?」

「……お勧めいたしかねる方法ですが……」

「何だね?」

「貴方の御先祖と私が最初に取引をした時点より遥か以前に分岐した可能性≒平行世界なら……まだ残っております」


 無数に存在する平行世界の1つの地球。

 そこでは、少なからぬ他の平行世界の地球において「22世紀」と呼ばれる時期になっても……ユーラシア大陸に移り住んだクロマニヨン人の子孫達は……自分達の文明を持つどころか……その大半が、未だにネアンデルタール人の奴隷の境遇に有った。

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