那由多

安良巻祐介

 人のすっかりいなくなった廃村の一番奥にある、かつては長者の棲んでいたのであろう構えの立派な、しかし今や崩れ寂れて見る影もない一軒家の門前に、「那由多」と大書された古い看板がかかっており、迷いこんだ私のような者に、奇妙な戦慄を覚えさせた。

 それは、叶わず終わった恒久平和繁栄富楽の願いを骸晒むくろさらす無情というよりは、全てが朽ち果て去った後に現出した、この青暗い森のさ中の村跡の、静謐で厳かで果てのない時間の果ての空虚の大きさを、堂々と告げているように思えたからである。

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那由多 安良巻祐介 @aramaki88

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