明けない夜
ゆきまる書房
明けない夜
虫の声すら聞こえない、ある山奥の中。山奥にあるとは思えないほど大きな屋敷が佇んでおり、その屋敷の一室では今夜も女が涙を必死に堪えていた。
布団の上に正座し、自身の膝の上でぎゅっと拳を握る女。そんな女の耳に、こちらに向かって来る床が軋む音が聞こえてくる。床が軋む音が女のいる部屋の前で止まり、女は体を震わせた。ゆっくりと襖が開かれ、現れたのは筋骨隆々とした精悍な顔立ちの男だった。しかし、鋭い爪と牙、何より男の頭から生えた一対の角が、男を人ならざる者ということを証明していた。色素の薄い男の瞳が女を捉える。
「待たせてすまない。湯浴みに時間がかかった」
男は穏やかに微笑むと、部屋に入り襖を閉めた。布団に近付いた男が、俯く女と目線を合わせるようにしゃがむと、女は怯えたようにびくりと体を跳ねさせた。恐怖の色に染まる女の瞳を見て、男は変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「そんなに怯えるな。いつものように優しくしてやる」
男は楽しそうに目を細めると、女の頬に手を添え、女の唇を啄む。何度も唇を食まれ、女は諦めたように目を閉じた。男が女の唇をペロリと舐め上げると、女はおずおずと口を開いた。女の口の隙間から、男の肉厚な舌が入り込む。逃げようとする女の小さな舌を、男の舌は難なく絡め取った。舌と舌が絡み合う、ぴちゃぴちゃという水音が響く。女の口の端から、こぼれた涎が伝い落ちる。
口吸いの間に、男は女の着物を脱がせていく。露わになった女の白い肌には、いくつもの赤い痕と歯形がついていた。女の肌の上を男の筋張った手が這い、そのたびに女は体をビクビクと跳ねさせる。ようやく口吸いが終わり、男は女から唇を離した。唇と唇を銀糸がつなぐ。涎で濡れた女の唇を、男は指でそっとなぞった。呆けた顔をする女を見て、男は嬉しそうに笑う。
「いい子だ。すっかり口吸いが好きになったな」
男に軽く肩を押され、女は背中から布団に倒れる。男が女に覆いかぶさると、小柄な女の体が大柄な男にすっぽりと包まれた。女の滑らかな肌を味わうように這う男の手の冷たさに、女の体が震える。欲を孕んだ男の目に見下ろされ、これから始まる地獄のような時間に耐えるように、女は静かに目を閉じた。
女がこの男に囚われてから、もう三年が経つ。きっかけは、女が幼い頃、山で迷っていたところを男に助けられたことだった。村の子どもたちと山で遊んでいたところ、女は一人はぐれてしまい、山の中をさまよい歩いていた。日が暮れ始め、恐怖で女が泣いていた時、目の前に男が現れた。人ならざる男の姿に女は怯えていたが、男に手を引かれ山の麓までたどり着いた。笑顔になった女は男に礼を言い、自身の村へと帰っていった。
男が女を助けたのは、ただの気まぐれだった。女の泣き声がうるさく、最初は喰い殺そうと思っていた。だが、女のまっすぐな目を見た男は、女を喰う気が失せた。そして、山の麓まで女を連れていった。ようやく女は泣き止み、足早に村へと帰っていった。その後ろ姿を見た男は、『せっかくの餌を逃がしてしまった』としか思っていなかった。もう女と会うことはないと思っていた。
しかし、女は翌日、再び山に現れた。『助けてくれたお礼が言いたい』と、山の中を歩いていく。最初は無視していた男だったが、女の声がうるさいのに耐えかねて、女の前に姿を現した。『このまま喰い殺してやろう』と思っていた男だったが、女が嬉しそうに笑ったのを見て、毒気が抜かれた。
それからは毎日のように、女は男がいる山に来た。ただ山の中を歩き、男が知っている秘密の場所で過ごしたり、女が村で起こった出来事を話したりなど、他愛ない時間を共に過ごした。隙を見て女を喰おうと考えていた男だったが、女と過ごしている間は心が穏やかになった。次第に、女と過ごす時間が、男にとってかけがえのないものに変わっていった。
そんな日々の中、ある日、女が寂しそうな笑顔でこう告げた。『明日、村を出て行く』女は隣村の裕福な家の主に見初められ、嫁がされることになったのだ。『家や村のために仕方ないこと』と諦めたように笑う女を見て、男の中の何かが壊れた。山奥にある自身の屋敷に女を監禁し、女の村と隣村を襲った。鬼である男の襲撃に反撃できる訳もなく、村人たちは皆惨殺された。屋敷に帰ってきた男は、震える女を抱きしめた。血まみれの男の狂った笑みを見た女は、自身が犯した過ちに気づき、涙を流した。
「……もう、やめて、ください」
男の気が済むまで陵辱された後、女は涙を流して男に懇願した。ぐったりと布団に沈んだ女の体には、新しくつけられた赤い痕や歯形が浮かんでいる。煙管を煙草盆に置いた男は、女の上に覆いかぶさった。女の涙を指で拭った男は、穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「何を言っている? これは、俺たちの愛を確かめ合う行為だろう? ……お前は俺の愛が信じられないのか?」
男の最後の言葉に、女はひゅっと喉を鳴らした。男が纏う雰囲気に、どす黒い色が混ざる。男を刺激しないように、女はふるふると力なく首を振る。「そうか」と嬉しそうに目を細めた男から、先ほどのどす黒い感情は消えていた。女の頬に手を添えた男は、屹立した怒張を女の秘所にあてがう。逃げようとする女の腰を掴み、男は女の中を怒張で貫いた。衝撃で目を見開く女の額に、男はそっと口づけを落とす。
「……愛しているぞ、この世の何よりも」
ゆるゆると腰を打ち付けながら笑う男の声を聞き、女は諦めたように目を閉じた。今日で男に村を襲われて三年目。生き残った自分を恨む女の夜は、未だ明けない。
明けない夜 ゆきまる書房 @yukiyasamaru1
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