第23話 罰ー3ー
飛び掛かって来た男の拳を避け、腹に一発入れて、後ろから襲いかかって来た男を振り向きざまに蹴り飛ばし、二人同時に吹き飛ばす。
「っが!!」
「ぐぅっ!!」
短いうめき声を上げた後、折り重なる様にして床に伸びた。
残りの男達は、一瞬呆けたように固まったが、懐から次々に銃やナイフを取り出した。
あまりに歯応えがないのも、つまらないからこのくらいで丁度いいかもな。
バンッ!!バンッ!!
俺目掛けて撃たれる、複数の弾丸の軌道を予測し、避ける。
「ッこいつ‼すばしっこい」
「クソっ!!当たらねぇ!!」
弾を避けつつ、相手の懐に入り意識を刈り取っていく。
「ぐはっ!!」
「っ!!」
「⁉バケモノかよ…!!」
「っがぁ!!てめぇどこ狙ってんだ!!俺を撃ちやがって…!!」
この室内という限られた空間で、銃を乱射していれば仲間に誤射することもあり得るだろう。
一般人よりかは動けるかもしれないが、所詮は三下だな。
後、5「っう!!」4「…ッ」3「ガッ!」2「っぐあ!」1「ッう…」
トーレスの部下達、全てを気絶させる。
「…さぁ、次はお前だ、トーレス」
「ッ!!…少しは腕に覚えがあるようだな。だが、私には勝てない!!」
トーレスから放たれた炎が目前に迫り、俺の全身を呑み込む。
「っははは!!若造が、調子にのるからだっ!!丸焼きにしてやるっ!!」
覆っていた炎を掻き消すと、トーレスが驚愕した様に俺を凝視する。
「…お前の炎はぬるいな。さぞ自信があったようだが、もしかしてこれで全力か?この程度じゃ俺は燃やせない」
「っば、馬鹿な…⁉なぜ…何故、火傷一つさえしていないんだ…⁉」
「言っただろう?お前の炎はぬるいと」
手のひらの上に炎を出す。
「炎が触れる前に、俺の炎で体を覆いお前の炎を打ち消した。つまり、お前の魔法より俺の魔法の方が強いという事だな」
先程放った魔法で、魔力切れを起こしているのだろう。
肩で息をし、魔法を使う余力が無いようだ。
部下も全員倒れ、自慢の魔法も通用せず、魔力も枯渇。
自分の現状がいかに危ういのか、やっと気付いた様でトーレスの顔は面白いくらいに青褪めていた。
「…くそっ!!くそおぉっ!!こんな筈ではっ…」
「やっと自分の現状に気付いたか?お前の部下達は動けない上に、お前は俺に敵わず一人きり。…追い詰められる気分はどうだ、トーレス?」
ドアの方へ逃げようとしたのだろう、身じろぎした顔を掠める様に炎を放つ。
「ひぃっ!!」
トーレスはその場にへたり込んだ。
「…力で敵わない相手に追い詰められるという事が、どんなに恐ろしい事か。お前は知るべきだ」
カツカツと靴音をたて歩み寄ると、壁際へ後ずさり、震えた声で許しを請う。
「…っお願いします!許してください!!」
「…お前は今までそうやって懇願してきた者達を、許した事があるのか?お前のその態度は、あまりにも都合が良すぎると思うが。それに、俺はまだ掠り傷一つさえお前につけてはいない。だが、お前は俺を攻撃しただろう?…他者を傷付けるなら、自分自身も傷付けられる覚悟を持たなけれはならない」
目の前に立つと、よりいっそう怯えた様子を見せて、叫ぶ。
「ひっ!!っ来るなぁ!!」
バンッ!!
銃声が鳴る。
トーレスが懐に隠し持っていた、銃を撃ったのだ。
「ッ!!?」
「どうした?そんなに驚いて」
弾は俺の体に届くこと無く、床に落ちた。
風の魔法を使って、威力を失くしたのだ。
「まだ、弾は残っているだろう?…撃ってみるか?」
震える手で銃口をこちらに向けたままのトーレスに問う。
「…バ、バケモノめ…!!」
「撃たないならコレはいらないな」
銃口を握り、炎の熱で溶かす。
「ッああ!⁉」
トーレスは慌てて銃から手を離し、床に溶け落ちた鉄くずを目を見開いて見ている。
呆けている顔のすぐ横を蹴り上げる。
トーレスは声なき悲鳴をあげると、ズボンを濡らし失禁していた。
壁に穴が開いて亀裂が入り、パラパラと壁材が剥がれ落ちてくる。
「…少しは虐げられる側の気持ちが分かったか?」
トーレスは涙を流しながら必死に何度も頷く。
「…あの子が傷付けられた分を、同じ様に返してやろうかとも思ったが…弱い者を痛めつける趣味は俺には無いからな。一発で終わりにしてやろう」
胸ぐらを掴みあげると、トーレスの足が床から離れて、宙に浮き上がる。
「やっ、やめっ…!!」
「さあ、歯を食いしばれ!!」
右手の拳を頬目掛けて振り抜いた。
「ガッ!!…っうぅ!!」
左手を離すと、ドスンと音をたてて床に落ちる。
「うっ…うぅいたいっ、なん、で、私がこんな目にっ」
「…それは、お前が一番良く知っているはずだ」
鼻血や涙で汚れた顔を掴み、上から覗き込む様にして目を合わせる。
「俺の目を見ろトーレス」
「ひっ!⁉」
「お前が刑務所に入り刑期を終え、いずれ出ることが叶ったとしても、俺はお前を見ているからな。お前がまた、他者を踏みにじり、嬲る様な事をしたなら地の果てまで追い詰めて、必ず捕まえる。もし、お前があの子に危害を加えようとしたら…今度は殺す」
「っうぅ…うっ…」
「…分かったな?」
「っはい!!…もう、もうしませんっ。だから、許してくださいっ」
顔を掴んでいた手を、人の頭を簡単に覆ってしまうほど大きく、鋭い爪がある虎の姿に獣化していく。
「ひあぁぁ⁉な、なんだっ!⁉」
そのまま全身を虎の姿に変えると、トーレスを床に倒して押さえつけた。
「⁉ぐぅっ!!と、とらっ!‼」
「グルルルルルガアオオオオオオオ!!!」
大きく口を開け、牙を剥き出しにして吼える。
「!!!はひっ…」
トーレスは白目を剥いて気絶した。
ピクピクと痙攣している様子を獣化を解いて、一瞥する。
己の力や欲に溺れた男の結果がこのザマだ。
ほんの僅かな可能性かもしれないが、いつか更生する事が出来れば良いが…。
廊下に出て、隣の部屋に入ってみると電話が置いてあったので、そこからギルに電話をかけた。
「ギル、俺だ。事が済んだからトーレスの屋敷まで、人を寄越してくれ」
『その様子じゃ、クロだった様だな。分かった、何人か部下を連れて今から向かう。こっからだと、そうだな、だいたい30分ってとこか。それまで、少し待っててくれ』
「ああ、分かった」
受話器を置いて電話を切る。
最初に入ってきたバルコニーで待っていると、複数の足音が近付いて来るのが聴こえた。
ドアから姿を見せたのは、金色の短髪に切れ長の目、がっしりとした体躯の軍の制服を着たギルと、ギルの部下だろう、自警団の制服を着た男の三人だった。
「あーこりゃまた派手にやったな、エド。こいつら全員生きてるんだろうな?」
「問題無い。皆、気絶しているだけだ。加減したから、骨折一つしてはいない。ただ、そこに転がっている男の一人が仲間の流れ弾に当たって、腕を負傷している。応急処置だけ、済ませておいたから、怪我の程度はひどくないが、病院に連れて行った方がいいだろう」
「おう、そうか。了解。お前等、こいつ等を全員、護送車に連行しろ。一人は軍病院に連れていけ」
「はい!」
ギルの部下はキビキビと動いて、男達を連行して行く。
「なぁ、エド。コイツが例の男か?」
ギルがトーレスの前に立つ。
「ああ、その男が、ブランドン・トーレスだ」
「…お前から連絡が来るまで、調べてみたが、どうにもきな臭い男だな、コイツは。これから、じっくり本人に聞いてみるが、他にも余罪がゴロゴロ出てきそうだよ」
ギルがタバコに火を点ける。
「ん?てか、お前も怪我してるんじゃねェか?ココ、背中。血が付いてるぞ」
ギルが自分の背中を指差した。
手で撫でてみると、少しだけ手のひらに血がつく。
「…あぁ、本当だな。だが、大した事は無い。少し切れただけだろう。血も、もう止まっている様だし」
「…お前あれか?俺が正当防衛つったから、攻撃もらってやったとかか?じゃなきゃ、お前が怪我するワケねェからな」
ギルは少し気まずげに首をかく。
「ん、まぁな。だが、ギルが気にする必要は無いよ」
俺が微笑むと「…そうか、後で手当てしてやる」と少しぶっきらぼうに言った。
「もう、こんな時間か…」
ふと、腕時計に目をやると、時刻は深夜の2時を過ぎていた。
「あ〜だな。今日は完全に徹夜だぜ」
「悪いな。仕事を増やしてしまった」
「あ?んな事気にすんなよ。これが俺達の仕事なんだからよ。…むしろ、お前には感謝してるぜ。いつも、協力してもらってるし、今回はお前一人で解決しちまったしな」
ギルは少し照れくさそうにそっぽを向いて、頭をかいた。
素っ気なく見える事もあるが、正義感が強く、内に秘めた熱いものを持っている男だ。
今日は珍しく素直な親友に笑みがこぼれる。
「…俺に出来る事をしただけだから、気にするな。…さて、俺にも今から聴取があるんだろう?出来れば朝までには帰りたいんだが」
わざと、少し戯けた様に言う。
「あァ、約束はしてやれねェが、努力はするさ。さァ、詰め所に戻るとしますかね」
ギルは歯を見せてニッと笑った。
詰め所に着くと、トーレスの屋敷に着いてからの出来事と、俺が知っている情報を全てギルに話す。
話の中で、まだ捕まっていなかった最後の一人である仲介役のブローカーも、すでに目星を付けている男がいるから、逮捕するのも時間の問題との事だった。
屋敷に帰り着く頃には空が白み始めていた。
…フゥ、朝までには帰ることが出来たな。
自室のドアを音を立てないように、そっと開く。
ベッドを見てみると、穏やかな寝息を立ててソフィアは寝ていた。
その様子に安堵して、隣のバスルームへと入りシャワーを浴びる。
今日、ソフィアの家族へ連絡する。
…そうすれば、ソフィアと共に暮らすこともなくなる。
あの子が記憶を取り戻し、家族の元へ帰れるのを純粋に喜ばしいと思う気持ちと同様に、寂しくも思う。
日々の暮らしにソフィアが居ただけで、俺はずいぶんとあの子に癒やされていたようだ。
…いざ離れるとなると、自分で思っていた以上にソフィアのことを大事に思っていたことに気付く。
離れがたい自分の心情に苦笑した。
バスルームを出るとソフィアが起き上がっていた。
「ぅん…えどわーどさま、おはようございます…」
まだ、眠そうな目で俺を見るソフィアに笑顔を向ける。
「…おはよう、ソフィア」
カーテンの隙間から、太陽の陽射しが柔らかく部屋に差し込んでいた。
『猫』は猫生を謳歌する 柊 周 @amanehiiragi
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